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百二十三話 いよいよですわ ④
しおりを挟む陛下が悔しそうに唇を噛んで話を続ける。
「私はレティシアだけを愛していた。
出会いは私が十三歳の時茶会でだ、私の一目惚れだった。
しかしレティシアはそんなに力のある伯爵家の娘ではなかった。
私は父上である当時の国王陛下にレティシアを私の婚約者にしたいと何度も願い出た。
しかし私には弟がいるが弟はまったく国政に興味がなく、芸術家としてたった一人で放浪の旅に出るなど、いつ国に帰ってくるかわからない状態で、私はもうその頃には立太子していて王太子になっていたのだ。
王太子たるもの貴族の力関係や後ろ楯のこともあり、自分の感情だけで婚約者を決めることは出来ないと国王陛下に何度も諭された。
陛下は何も言わなかったが、どうしてもレティシアを己の婚約者にしたくば、私一人で動きその力を見せてみよと私を試したんだと思う。
だから私はそれからレティシアを何としても婚約者にする為にあらゆることをして奔走するようになった。
でも私が外堀を埋め手立てを講じている間はレティシアを婚約者にすることは出来なかった。
レティシアを何人かいる婚約者候補の一人にするのが精一杯だった。
そしてやっと有力貴族や陛下を説得し、レティシアを正式な婚約者に出来るという時に、レティシアの両親の伯爵夫婦が馬車の事故で亡くなり、続いてすぐにレティシアの兄も剣の稽古中の事故で亡くなった。
それでレティシアは婚約者候補から下ろされてしまい、同じ婚約者候補だった王妃が正式に私の婚約者と決まった。
その時、私は王妃とケラッドンリー侯爵家がレティシアの両親と兄を事故に見せかけて殺したのではないかと疑った。
王妃は表面上はレティシアや他の婚約者候補と争う姿勢を見せていなかったが、王妃が昔から私に懸想しており何が何でも私の婚約者になると発言していたのを、私は知っていたし王妃の私への態度でも私もわかっていたからだ。
それから私はレティシアの両親と兄を殺した相手を探して証拠を掴むことに必死になった。
だがアカデミーの卒業間近になっても私はその証拠を掴むことが出来なかった。
それに陛下も手を貸してはくれなかった。
陛下は昔からよくある政争のひとつだと判断したのであろう。
だから優秀な影などを動かしてもらうことも出来なかった。
それでレティシアはアカデミー卒業後平民となることが決まってしまった。
この国では平民は貴族だけでなくもちろん王族とも結婚出来ない。
レティシアをどこかの貴族の養女にと私は考えたが、それをレティシアは拒否したのだ。
レティシアは自分のことでこれ以上私に負担と迷惑をかけたくないと思ったのだ。
このままでは私に対する有力貴族の支持がなくなってしまうと思い身を引く決意をしたようだった。
私はレティシアとは婚約どころかもう会えなくなってしまうことが決まってしまったのだ…」
陛下の辛そうな顔を見ていると本当にレティシア様という女性を愛していたんだと胸がズキッとして切なくなってくる。
「これは私の力不足だ、私が何も出来なかったからだ。
私はレティシアをちゃんと私が何とか出来るまで婚約者候補にしない方が良かった。
私がレティシアを婚約者候補にしたばっかりに、レティシアが政争に巻き込まれてしまったんだ。
それか私を廃嫡にしてもらうか、出奔でもして平民になりレティシアと一緒になれるようにすれば良かったのかと思ったが…これも現実的ではないし…当時の私はその勇気もなかった…」
「何を仰るのです!ヘルナンド!貴方様ほど王太子殿下、国王陛下に相応しい方はいらっしゃいませんわ」
「触るな!」
王妃殿下は立ち上がり陛下に近寄り腕を取ろうとするが、陛下がその直前に立ち上がりそれを避け声を上げる。
王妃殿下はそんな陛下に目を瞠り縋るように見つめる。
「私は王太子、国王に相応しいなどとそんなことはどうでも良かったんだ。
ただレティシアに側に居て欲しかっただけなんだ。
でも私はずっとレティシアの側に居る為に道筋を間違ってしまった。
私は自分なら出来ると奢ったからだ…私は愚かだった。
でもレティシアはそんな私をずっと変わらずに愛してくれていた。
レティシアは私にアカデミー卒業間近に私に国の為、民の為には殿下が必要なのです。殿下には立派な王太子、そして国王になって頂き国をさらひ繁栄させて欲しい、自分はずっと遠くでお祈りしていますと言ったんだ。
だから私はレティシアの言葉で踏み留まることにした。
そしてレティシアはアカデミーを卒業する時に最後にわたくしに夢を下さいと言ってきた。
私と愛し合ったという夢を一度だけ下さいと…だから私はたった一度だけレティシアと夜を共にした。
そしてその翌日レティシアは私の前から姿を消した。
私はレティシアが平民になってもレティシアを保護してどこかでひっそりと匿うつもりだったのに、レティシアは忽然と私の前から姿を消した。
私はレティシアにちゃんと保護して匿うからと言ってレティシアも納得してくれたのに…恐らくレティシアは私の為に姿を消したのだろうとすぐにわかった。
私はレティシアから良い返事をもらったからと油断してしまったんだ。
私はそれから周りに悟られないように必死にレティシアを探したが、レティシアの行方はようとして知れなかった。
そして私はアカデミー卒業から一年後に王妃と結婚した。
これは国の為、民の為だ。
自分が王太子を辞めないのならやるべきことはしなけらばならない。
そして王太子として子は必ず必要だ、拒否など出来なかったし、するつもりはなかった。
私は王太子だったから。
だから嫌でも王妃とあの王家の秘薬を使っての初夜、その後何度か閨を共にしてギルバードが生まれた。
ギルバードはレティシアの家族を殺した者から生まれたのかもしれないと私は思った。
でもそれは私がレティシアをレティシアの家族を守り切れなかったから私が間違ったから私の力が足りなかったからだ。
ギルバードは間違いなく私の子だ。
私はギルバードを憎んだり恨んだりしていない。
ギルバードには生まれた子には罪はない。
生まれた時も今も私の愛する大切な子だと思っている。
子には罪はない…いくら憎むべき相手から生まれた子でも、私が望んで生まれた子なんだ。
いくら国の為でも私が望まなかったらその子を憎んでしまうなら子を作らない方がよいと私はわかっている。
でも私は自分の後継を望んだのだ。
そしてこの子が立派に成人して時期がきて国王となった時に私は引退して平民となり、レティシアと暮らそうと思っていた。
私はギルバードを国王にするとその時に自分の私情で決断したのだ。
私はギルバードが生まれた後にレティシアを見つけ出していたんだ。
あちこちに住むところを変えながら平民としてレティシアは私の子を産みひっそりと暮らしていた」
「えっ?嘘っ!レティシアは死んだはずじゃ?…えっ?レティシアに子ですってぇ!…」
陛下の話に王妃殿下が顔色を悪くして声を荒げる。
陛下は王妃殿下の言葉を無視するように話を続ける。
「あのたった一度でレティシアは懐妊して私の子を産んでいた。
私はレティシアを見つけてから誰にもわからないようにレティシアを見守って、生活の援助もしてきた。
レティシアのところにあまりにも度々人が訪ねて行ったり、レティシアに急に援助を増やして裕福になどなったら、怪しまれて気付かれるかもしれないし、またそれとは別で誰かに襲われてしまうかもしれない。
だから慎重に徐々にやるようにして、誰にも知られないように匿った。
そして住む所を度々変えさせていた。
でも私は会いに行けなかった。
下手に私が会いに行き、レティシアが生きていること、そして子がいることが知られてしまえば、レティシアもその子も殺されると思ったから、レティシアと子の安全を守り、ひっそりと生活しているのを見守ることにした。
そして時が来たら私が引退したら会いに行くつもりだ、それでも私に会いたいと思ってくれるなら待っていてくれと、ある男にレティシアにそれを伝えてもらうように頼んだ。
レティシアからはいつまでもお待ちしておりますと返事がきた。
だが、その数年後にレティシアは急な病で治療する間もなく呆気なく亡くなってしまったんだ」
いろいろ衝撃的過ぎて息を詰めてしまって声が出なかった。
フィンレルも周りみんなもそうみたいだった。
王妃だけでなくギルバード様も驚愕に目を見開いて固まっていた。
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