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第一章

第1話 Kスポーツクラブ1

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 そのスポーツクラブは兵庫県西宮市中心街にある駅からほど近い場所にあった。 
 一階は駐車場、二階は子供の体操教室、そして三階がスポーツクラブになっている。
 このKスポーツクラブは別館で、近隣にある本館と違い利用者はまばらである。

 長年の会員である神野宏は、いつものように有酸素運動を中心に一通りのメニューを終え更衣室から出てきた。チェックアウトのキーを返す前に、長いカウンターの手前の方にいた馴染みの受付係の女性と目が合ってしまった。彼女は野々宮奈穂といい、高卒後入社7年めのベテラン社員である。身長は150cmほどで童顔でチャーミングであるが、思春期に入っても成長しない身長と扁平なままの胸に大きなコンプレックスを抱いていた。
 神野は更衣室を出る前にケータイをチェックすることを習慣にしているがこれにより、かって一世を風靡した元女性歌手の死を知ってしまった。馴染みの女性社員と目が合ったことでつい、

「やあ奈穂ちゃん、ジェット最終便という曲を昔歌っていた朱里エイコさんが亡くなってたの知ってた?」
と訊いてみた。

「いいえ。どんな人ですか?」
「もう40年以上も前にね、ジェット最終便という曲で一世を風靡した女性歌手」

 ここまでにしておけば良かったがつい口が滑って、ジェスチャーを交えながら
「こういう立派な胸をして脚がすごくきれいで長く、いつもミニのタイトスカートで膝をくねらせながら歌い踊っていた。ちょうど、奈穂ちゃんとは正反対の体形やね」

 神野はほんの軽い冗談のつもりだったが、胸と脚に大きなコンプレックスを抱えている彼女の胸にはグサッときたようだ。

「失礼だね!」
 怖い顔で神野を睨み返していた。このときを境に、奈穂は神野に対して強い憎悪の感情を抱くようになった。

 神野はトレイルランナーであった。Kスポーツクラブに来る前に5kmほど離れた森林公園でひとしきり走り込みをするのを日課にしていた。
 彼には親しいランナー仲間が何人かいたが、かって藤谷慶もその一人であった。以前よく彼女と二人で近くの河川敷に走りに行ったり、スタジオが開放されているときは親しげにペアでストレッチングを楽しんでいた。
 パーソナルトレーナーを目指す慶が練習も兼ねて神野にパーソナルストレッチングを行い、その後神野が慶に背中や腰のマッサージをすることもあった。
 慶は163cmほどで、身体全体に無駄がなく引き締まった健康的な姿態の美女で、その美しいボディーラインは多くの女性会員の羨望の的であった。今は退会して他
のスポーツジムでパーソナルトレーナーとして、多忙な中にも有意義な日々を過ごしている。

 奈穂の胸には受付カウンターから二人の親密なストレッチングを見せつけられていた羨望と嫉妬の日々が蘇ってきた。この憎い神野は、健康的でスラリとした長身の胸の形の良い脚の美しい女性が好みで、自分のことを蔑んでいるに違いないと思い始めていた。

 慶が退会してから神野にはペアストレッチングをするパートナーはいなくなったが、稀にトレーニング仲間の女性会員にストレッチングの指導なりサポートなりをしている姿は見かけられていた。

(この無遠慮に女性の身体に接触できる性格を利用して復讐できないか?) 
 奈穂は本気にそんなことを考え始めていた。だが、なかなかチャンスはやって来なかった。

 そして、2年の歳月が流れた。

 以前からKスポーツクラブの経営は芳しくなかったが更に経営悪化は進行していた。フロアの清掃の手抜き、トレーニングマシンの機能の削除、新聞のサービス停止、月会費の度重なる値上げetc.………会員からのクレームは増え、会員数はずいぶん減っていた。

 Kスポーツクラブでは週に一度会議を開き、一週間の出来事を話し合うが、クレーマーとしてずいぶん以前から神野は時々話題に上っていたようだ。
 神野自身は正当なクレームで真っ向から本店長に異議を申し入れても、毎回居留守で逃げられていた。代理の社員が対応していたが埒があかないままだ。

 彼はアルバイトの女子大生にはかなり受けは良かったようだ。雑学の広さでフロアー担当のアルバイターには好かれていたが、気の毒なのは彼女たち。特定の会員との話が長過ぎるとのことで正社員のおば様たちから時々注意を受けていたようだ。
 そんなことも会議の話題になり、神野は正社員からは要注意人物にされていたようである。
 もっとも神野自身はそんなことには全く気づいてはいなかった。


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