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第五話

デッドライン

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 デッドが使命を完遂するために誠心誠意努力する…などということはありえない。
 「あ~、めんどいでする。なんでこんなに“エゴ魂”が溢れてるんでするか? このミッドガルドはぁ!」
 人間界に来てからかなりの数の“エゴ魂”を処理してきたはずだが、一向に減る気配がない。
 そろそろデッドの我慢も限界に来ていた。
 「こうなったら、自動で処理するしかないでするね…」
 デッドは多くの人が行き交う駅のホームで、人間の動向観察をしてみた。
 「あ、あの女子高生、飲みかけのコーヒーをあんなところに放置でするかっ?」
 みれば階段の真上で、手すりにコーヒーの紙カップを置いたまま電車に乗って行った。
 案の定、近くを通りかかった別の女子高生の“デカバッグ”がぶつかり、カップはそのまま階段に落ちてゆく。
 「うわっ!」
 運悪く、階段を上がってきたサラリーマンに直撃。
 サラリーマンは怒鳴って階段を駆け上がり、女子高生に文句を言うが、そもそもその女子高生のものではないので、悪意どころか気づいてもいなかった。
 サラリーマンに不当な言いがかりをつけられたとして、口論が白熱した。
 「ありゃりゃ、あれはどちらもかわいそうでする」
 と言ったところで…、
 「! そうでする! あのコーヒーを置いていった女子高生は“エゴ魂”認定して消えてもらうでするね」
 と言って、デッドはクルリと手を回した。
 すると時間が巻き戻どり、口論をしていたサラリーマンは再び階段を上り始め、デカバッグの女子高生も階段上の手すり付近に戻り、そのまま電車に乗って行った。
 階段上の手すりに置かれていた紙コップのコーヒーも消えていた。
 時間が巻き戻った時点で、元凶の女子高生は次元の狭間に飛ばされ、自分がなぜそこにいるのか分からないまま、永久に孤独な世界を漂い始めた。

 「そか、いいこと思いついたでするの」
 そう言ってデッドは悪そうな微笑みを見せた。

 その男は、その日まで自由奔放に生きてきた。
 と言うと、素晴らしい心の自由な男だと思われがちだ。
 もっとも彼本人は、全くそのつもりなのである。
 ただ、周りの人間からは単なる“自己中野郎”でしかなく、協調性も思いやりもないため敬遠されていた。
 男に意見をする奴は容赦なく叩き潰されてきたため、今では誰も積極的に関わる物好きはいなかった。
 ファッションにもうるさいが、自分の好みでなければ一切認めない。
 全ては男の気分次第なのだ。

 ある晩、男は深酒した挙句、駅のベンチで眠りこけていた。
 元々自制心とは無関係なので、適度な飲酒で終わらせることができない。
 ベンチで寝ていても、酔ってるんだから仕方ないと言い訳をし、自ら頑張って起き上がろうという意思など微塵もなかった。
 いつまでもベンチで眠っていた。
 心配して声をかけてきた駅員に、
 「気持ち悪いんだからしょうがないだろっ! 病人に無理させる気かっ!」
 と言って、自己弁護する。しまいには、
 「オイ! 水買ってこい!」
 と命令する。
 やむなく駅員がペットボトルの水を渡すと、半分ほど飲み込んだ。
 少し気分が良くなったらしく、次が最終電車だと言われたので仕方なく乗り込んだ。
 電車のドアが閉じ始めた時、男は手にペットボトルを持っているのに気付き、
 「なんだこれ? 俺に荷物持たせるんじゃねぇ!」
 と、理不尽な文句と共にホームに投げ捨てた。
 ペットボトルは見送っていた駅員の頭に当たり、ホーム反対側に飛んで行った。
 <ファアアアアア~~~~~ン、キィィィィィィィィィっ!>
 運悪く、下り線側を歩いていた親子の足元を直撃したペットボトルは、親子を線路に転落させた。

 ー  ・  ー !デッドライン! ー ・ ー

 男は気晴らしにペットボトルを投げて、笑った。
 <ファアアアアア~~~~~ン、キィィィィィィィィィっ!>
 次の瞬間、男の目の前は激しい光が占領した。
 蛇の頭のような連結器が男の目前に迫る。
 『うおおおおーっ! なんだこりゃあ!』
 鉄の蛇に顔を殴られ、のしかかられた。
 身体じゅうに激痛が走る。
 『!…!!!!』
 男の断末魔は電車のタイフォンとブレーキのきしみ音に消された。

 男の身体は木っ端微塵ミジンコに爆散したが、男は死ななかった。
 いや正確には死ねなかった。
 小さな無数の蛆虫となり、コピーされた空間と共に次元の狭間に飛ばされた。
 男の意識はこうして永遠の時を過ごすことになった。

 デッドは自動処理を行った。
 他者に危害を加える原因を作った者は、その起点となった行動から対象物を入れ替える。
 今回は男が投げたペットボトルと男そのものを入れ替え、親子にはぶつからずに男だけがレール上に落ちたのだ。
 電車に身体が轢かれる瞬間に、次元の狭間に封印された。
 デッドは効果を確認して満足げに、
 「これで少しは楽になりましたでするの。デッドラインをあちこちにしかければ、いちいち作業をしなくて済みまする」
 そう言って、虚空に消えていった。
    <第五話 デッドライン終わり>
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