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第5章

5-02亜空間ゲート

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 夜空に投影される自分たちの映像が、どんな仕組みで映し出されているのか?
 湧も考えあぐねていた。少なくとも今までこんな不可解な状況は経験がない。
 公衆トイレの外に出ると、即座に画像が浮かび上がる。
 その間約3秒。
 結構余裕があるように感じるが、アルファクリーチャーの攻撃を躱しての突破は不可能だ。
 脱出の方法を考えていて、気づくのが遅れたが、いずみがやけに静かだった。
 狭い公衆トイレの中、二人は背中あわせで洗面台の前に立っていたが、いずみは奥の個室の方を見つめている。
 後ろ手で、湧の袖を探るように手を伸ばしてきた。
 その手を掴むとひどく冷たい。
 しかも僅かに震えている。
 不審に思って湧は尋ねた。
 「いずみ? どうかした?」
 「あ、あのさ…湧。ちょっと確かめたいことがあるんですけど…」
 他人行儀な口調が、湧に不安感を与える。
 「どのような事でしょうか?」
 湧もつられて敬語になってしまった。
 「え~と。…今、この辺は全てのエネルギーは絶たれているのよね?」
 「ああ、敵が使えるエネルギーを極力抑えるためにね」
 「…でもさ…」
 「?」
 湧の不安感はますます強くなる。
 「それなら…、あの蛍光灯の電源ってどこから?」
 そう言って指を指す。
 「あ!」
 湧も気づいた。
 電力はおろか、ソーラー発電のエネルギーすら験力によって絶っているはずだ。
 蛍光灯が灯るはずがない。
 湧は蛍光灯の下の個室の中を覗き込み、おもむろにタイルの壁に指弾を撃ち込んだ。
 「ああっ!」
 いずみが驚きの声を上げる。
 しかし湧はそれには構わず、さらに指弾を打ち込んでみた。
 <フッ!>
 という音が聞こえそうな感じで、指弾が壁に消えてゆく。
 「これって…」
 「壁に見せかけただ」
 「…… は? …」
 いきなり中二病的単語を言われ、いずみは一瞬惚けた。
 「あ、そ…そうね。つまり、抜け穴? ってこと?」
 「そういうことかっ!」
 イマイチ噛み合っていない二人の会話。
 自分でボケておいて、いずみのセリフで湧の中の疑問が解消されたらしい。
 「今まで、勘違いしてたんだ!」
 「な、なんのこと?」
 いずみには全く意味が解らない。

 暗い公園。今にも消えそうな弱々しい蛍光灯が灯る公衆トイレは、全く違和感を与えていなかった。
 ここに逃げ込んだ時も、その明かりが頼りだったことは否めない。
 アルファクリーチャーが攻撃してこなかったのも、こういう仕掛けがあるからだろう。
 まんまと敵の罠にはまったと、湧は思った。
 しかし、あの狙撃以外明確な攻撃はない。
 しかもその攻撃は、簡単に破壊できそうなこのコンクリート製のトイレに、一発たりとも撃ち込まれていない。
 「となると、ここは罠じゃなくて…」
 「わな?」
 いずみが不安そうに聞いてきた。
 「罠じゃなくて、じゃあなんだろう?」
 「だからさっき湧が言ってたように抜け穴なんじゃない?」
 「あ、そうだよ。ただ、普通の抜け穴じゃない。これは…」
 そう言って、もう一度タイルの壁に指弾を撃ち込んだ。
 <フッ!>
 という音すらせずに、湧の指弾は壁に消えた。
 「これならどうだっ!」
 そう言って、今度は氷のかけらを撃ち込んだ。
 氷は一瞬、壁に貼りついたように止まり、真下に落ちた。
 <カラン…>
 床に落ちて、澄んだ音を放ち、砕けた。
 「? どういうこと? 今一瞬壁にくっついたように見えたけど…」
 いずみが見たままの感想を呟いた。

 「つまり、いずみが言ったように…」
 と言いつつ、タイルの壁を指差す。
 「この表面にエネルギーだけを転送する仕掛けが施されているんだよ」
 「エネルギーだけ? どういうこと?」
 “どういうこと?”としか、いずみは言えなくなっていた。
 全てが非日常の中にあって、いずみの想像力では追いつけなかった。
 「つまり、純粋なエネルギーは転送されるけど、氷のような“物質”は転送されないらしい」
 「壁を通り抜けられないってこと?」
 「ちょっと違うかな? 今、氷がぶつかっても音がしなかっただろ?」
 「うんうん。それに一瞬貼りついていたように見えたけど?」
 「そこなんだよ。氷の慣性エネルギーは奪われたけど。物質的なエネルギーはそのままだから、真下に落ちた。一瞬貼りついたのは、その時に慣性エネルギーが奪われたんだと思う」
 「音も吸収されたってこと?」
 「音は衝撃があって、物質が振動するからで、衝撃のエネルギー自体が奪われたから音は出なかった」
 湧は話しているうちに段々確信してきた。
 「じゃあこの壁って衝撃吸収材でできてるの?」
 「あ、そうじゃないよ。壁はごく普通のタイルだから…」
 「へ?」
 「仕掛けは、壁の表面に厚みがない膜のようなものでできてるんだと思う」
 「厚みがない?」
 「つまりこの世界の物質じゃあないってことだ」
 いずみはポカンとした顔で、
 「高次元のものってこと?」
 と、核心を突いた答えにたどり着いた。
 「やっとソウルコンバーターの仕組みが理解できてきたよ」
 「全然わかんないヨォ~」
 いずみがブーたれたが、湧はニコッと微笑むだけで特にそれ以上の説明はしなかった。
 「大介さんたちと連絡が取れればいいんだけど…」
 「インカムなどは電波を飛ばすから、吸収されて使えないし、そもそもバッテリーなどはエネルギー体として敵の標的になるからって、使わせてくれなかったんだよね」
 「そりゃそうだよ。電波自体がエネルギーだしね…?」
 「? どうかした?」
 「あ、いや。ルイーナって高次元を経由して話ができないのかな? って思ったけど、俺たち相手じゃ無理なのか…」
 「あ、そか!」
 いずみは湧の言葉を遮って、意識をルイーナに集中してみた。
 {いずみっ! 何やってるですかっ!}
 即座にいずみの頭の中にルイーナの怒声が轟いた。
 「ギャン!」
 「いずみ?」
 急に悲鳴をあげたいずみに湧も驚く。
 心配していずみの顔を覗き込む湧に、手で“大丈夫”と返しておいて、ルイーナに思念で怒鳴り返す。
 〈いきなり大音響で怒鳴らないでよっ!〉
 {怒鳴るのは当たり前ですっ! はぐれたらすぐに思念で会話しなさいって、作戦会議の時に説明したはずですっ!}
 〈そうだっけぇ? 記憶にありませ~ん〉
 いずみはチロリと舌を出しながら、湧にウインクした。
 「今ね、ルイーナと思念で会話してたの」
 「いずみ、ルイーナと思念通話できたのか?」
 「私一人じゃ無理だけど、ルイーナが拾ってくれるから、とにかくルイーナのことを考えろって言われてたの」
 「…おいおい。それじゃあ俺たちの居場所は伝わっているのか?」
 「うん」
 全く悪気無い笑顔で答えるいずみ。
 「ハァ~。いずみぃ~…」
 脱力して湧はそれ以上言葉が出なかった。
 〈ところで、私たちの場所がわかる?〉
 {いずみが返答しないから、思念で空から探したわよ}
 ルイーナは思念体を飛ばして、空から二人の姿を探しまわったとぼやいた。
 〈…あれ? 空 から? どうやって?〉
 {思念の目であちこち探したのよ}
 〈じゃあ、湧が足を狙撃されたの見た?〉
 {あ、そうそうYOUは無事ですかっ?}
 〔あれ? ルイーナの声が聞こえる…〕
 意識を湧に向けたため、湧にもルイーナの思念が伝わった。
 {OH! YOU大変でしたね。足は大丈夫なんですか?}
 〔ああ、いずみに治療してもらったから大丈夫。ところで気になることがあるんだけど〕
 {どんなことでしょうか?}
 湧は公衆トイレの状況を説明し、指弾が吸収された時のイメージを伝えた。
 言葉や映像ではなく、思念なので時間はほとんどかからない。
 こういう時は最高に有効な手段だ。
 {解りました。すぐに大介さんたちとそっちに向かいます}
 〔あ、ちょっと待って。このトイレの上空に奇妙な仕掛けがあって、近づくと狙撃される〕
 {どこからですか?}
 〔それがかなりの上空で、撃たれる前に俺たちの映像が浮かび上がるんだ〕
 イメージを思念で伝える。
 {あ、あれ?}
 〈どうしたの? ルイーナ…〉
 {これが空に映写されてたんですか?}
 〔そうだよ。そして狙撃地点はこの映像の真ん中あたりなんだ〕
 ルイーナの思念がブレる。二人が、何かあったかなと危惧した直後、
 {あ~、なんというか。これは私の思念が捉えた映像…なんですが…}
 〈〔あんた(君)の仕業かぁ~!〕〉
 {はい?}
 〈ルイーナっ! あんたの思念の映像を利用して、敵が狙撃したんじゃない。敵に利用されてたのよっ!〉
 ルイーナが、いずみや湧を狙撃する理由はない。だとしたらこの状況下である、敵にルイーナの思念を利用されたとしか考えられない。
 {ええっー!?}
 〈空が明るくなったと思ったら、ぼんやりと空に映像が浮かんで、見つめていたら撃たれたのよ〉
 {確かにいずみと目が合った気がしたんだけど、すぐにYOUに引っ張り込まれたから、イチャついてるのかと思いはしたけど…}
 〈イチャ? ばっかじゃないの! こんな時にっ!〉
 いずみは途端に赤面した。
 {あ、ゴメンなさい。冗談です。私の軽率な行動で危機に陥らせてしまいました}
 〔そんなことより、ここの仕組みを調べて欲しい。すぐに来られるかな?〕
 〈…そ、そんなこと…〉
 いずみがなんか凄い形相で湧を睨んだが、湧は気づかないふりをして続けた。
 {大介さんから、とにかくその場に留まるように、という指示です}
 〔わかった。アルファクリーチャーに気をつけてと伝えて欲しい〕
 逆探知でもされたら防御できないので、思念のリンクをカットした。

 4人が湧たちと合流したのは、それから1時間後だった。
 たった50mの移動に何度かの死闘が繰り広げられたようだ。
    <続く>
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