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第12章

12-01 泉

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 ーーーEDO CITYーーー
 それはいずみの世界とは異なる未来世界。いわゆる平行世界というものだ。
 動乱の江戸末期、慶応2年に孝明天皇が急死した頃から大きく分岐したらしい。
 いずみの世界では明治6年に政変があり、陰陽寮も廃止された。
 が、EDO CITYにつながる世界は、廃止に反抗した陰陽師によって日本は支配された。
 朝廷はもちろん明治政府は陰陽師の息のかかった者たちに独占されてしまった。
 そして日本は、いずみの世界の大正・昭和初期よりも過激な戦闘国家に強化される。
 本来陰陽師は、占いによる吉凶で朝廷の政をサポートする役職だったが、この頃から朝廷を廃し、政府による国家統一を成し遂げる。
 人外との戦い(除霊)に使う“呪”を悪用して敵勢力を殲滅、権力を強化してゆく。
 やがてその勢いは国外に向けられ、東アジア一帯を蹂躙する。
 もはや大陸東側は日本の占領地帯となった。
 だが、1940年頃からアメリカを筆頭とする連合軍の侵攻により、国土のほとんどが焦土と化してしまう。
 東アジア一帯も解放され、本来の日本国土に戻る。
 アメリカ軍に占領されたこの時、元号が廃止されて西暦に統一される。
 アメリカ軍は日本再興において、陰陽師の排除を試みたが、呪術により意識操作されたために陰陽師に新政府の権力を与えてしまった。
 復興は陰陽師の理想郷とするべく進められ、反対勢力は徹底的に排除された。
 そしてその後80年以上に渡り、日本は陰陽師の独立恐怖政権に支配される。
 湧似の泉たちは、陰陽師の支配から逃れた、いわゆるレジスタンスなのだ。
 つまり日本國独立から80年以上も政府に反抗してきたことになる。
 政府もレジスタンスを排除すべきものとして、各地で討伐してはいたがアメリカによる攻撃のために全人口が4,000万人まで激減し、陰陽師支配の勢力人口も2,500万人のためになかなか討伐できなかった。
 レジスタンスがこれほどまでに長期間、陰陽師に対抗できたのは方術の賜物だった。
 皮肉なことに同じ大陸由来の道教から派生したもので、優劣はつけ難かった。
 それもそのはず、陰陽師とは本来人類に仇なす人外に対抗する力だったからだ。
 それを歪ませたのが“導尊”という怨念から生まれた“人外”なのだ。

 「え? 方術? あんたも使えるの?」
 いずみは目を見開いて叫んだ。
 「でなきゃ今まで生き延びられるわけないだろ?」
 当然のように湧似の泉は呆れ顔で答えた。
 「だって、そんなこと今まで一言も言ってないじゃない」
 「なんでそんな事、一々お前に説明してやらなきゃいけないんだよ」
 「だって普通は使えないから、まさかあんたが使えるなんて考えもしなかったわよ!」
 いずみの返答はいまいち的を外していたが、気にしてる場合ではなかった。
 「それにお前だって方術師なんだろ? でなきゃ時間遡行なんてできるはずないものな」
 「うっ! それは…」
 もはや“なぜ知ってるの?”などと聞ける状況ではない。彼らも時間遡行してきたことは説明されていたからだ。
 「ま、いいや。でだ」
 湧似の泉は口の端を少しつり上げて笑う。
 嫌な予感しかしなかったが、悔しいのでいずみは聞き返した。
 「何よ。私に何かやらせたいんでしょ? まあ導尊の敵なら共闘も厭わないけどね」
 「おし! じゃあお前にも参戦してもらうぞ」
 「わかったわよ。で、いつどこで導尊と戦うの?」
 「理解が早いな。作戦は今夜だ。場所はこの先の二条城西側、朱雀門跡付近だ」
 「… …、え? 今晩?」
 あまりに急なのでつい驚いてしまう。
 「何言ってんだよ。え~と、明治だっけ? お前たちの世界での元号は」
 「うん」
 「その元号で今は何年だ?」
 「ん~、明治6年。…あ! 政変があるのは今年?」
 「お前、本当に大丈夫か? 何のためにこの世界に来たんだ?」
 湧似の泉は訝しむより、残念な子を見るような目つきになっていた。
 「俺たちだって、この世界に何年も、いや何日もいられないんだ。さっさと目的を達成して戻らないとな」
 「そ、そうよねぇ~、あははは」
 「だから協力しろよ。まずはお前の得意な術式を教えてくれ、それで役割を変更する」
 湧似の泉は坂戸にアイコンタクトでメモを準備させる。
 「まず悪霊を消滅させるときに使う術式名は?」
 「術式名? そんなの一々考えてないわよ」
 思えば特撮戦隊モノで使われた技名を叫んでることはあった。
 「…なら、どういう方術が使えるか話せ」
 「その言い方。なんか上から目線でムカつく」
 「あ? 上から? ムカつく? なんだそれ?」
 湧似の泉に伝わるはずがない。しかし、いずみの不満は伝わった。
 「お前が不機嫌になろうが、作戦に変更はない。ただ、最低限の力量を知らないと足手まといにしかならないからな」
 「ち、ちょっと待って。さっきからその“お前”ってのがすごく気に触るんだけど」
 「お前が俺と同じ名前なのが悪い」
 湧似の泉はにべもなく返す。
 「そんなの私だってやだよ。名前変えたら?」
 いずみも引かない。
 「ふざけるな。なんで闖入者のために自分の名前を変えるんだよ」
 「ち、闖入者ぁ?」
 「作戦の下見に行ったところで予定外の不審者がいたら、それは闖入者でしかないだろ?」
 湧似の泉たちは今晩の作戦決行に向けて、現地の下見に赴いていた。
 そこに自分たちと同じように時間遡行してきたものの気配を察知した。
 援軍の派遣はないので、敵対勢力(湧似の泉たちの未来世界からの追っ手)だと判断したのだ。
 しかし、いずみからは陰陽師とは異なる波動を感じたため、事情聴取することになった。
 「で、私の嫌疑は晴れたんでしょ? だったら協力しなさいよっ!」
 「お、おま…。自分の立場をわかってるのかぁ!」
 「まあまあ、リーダーもう時間もないですから、そうですね彼女の名前は平仮名のようですので、リーダーの方を一時的に“せん”と呼ぶのはどうでしょうか? 普段は“リーダー”と呼んでるので、“せん”と呼ぶ場面は少ないと思いますし…」
 見るに見かねて坂戸が折衷案を告げる。多分いずみの名前を聞いた時から考えていたのだろう。
 「せん?」
 「いいんじゃない? 結構似合ってるわよ せん!」
 調子付いていずみが冷やかす。
 「お前ぇ~わぁ~!」
 「だから、私は“お前”じゃないって!」
 「わかったよ! いずみと呼べばいいんだろ! ったく。自分を呼んでるみたいで変な感じだ」
 不満気な“せん”とは対照的に“いずみ”は満足そうに頷いた。
 「ただ、作戦は俺たちの計画に従ってもらう。わかったな」
 「はいはい。」
 「“はい”は一回だけだ! 今度やったらぶっ叩くからな」
 「あ~ヤダヤダ。女性に手を挙げる最低なリーダーねぇ」
 拳を握りしめた“せん”は、怒りの矛先を得られず肩を震わせた。
    <続く>
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