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第11章

11-05明治時代

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 「なんでこぉ~なるのっ!」
 昭和時代に流行ったギャグのようなセリフを叫びながら、いずみは更衣室から飛び出してきた。
 ミーティングルームで、作戦の最終確認をしていた他のメンバーは“またか…”という冷めた表情でいずみに視線を向ける。
 「良く似合ってるじゃない!」
 ルイーナが目を輝かせていずみに近づいてくる。
 いずみはまるでどこかの大学生が、卒業式に出席するような羽織袴姿だ。
 この世界にやってきて久しいルイーナだが、日本以外での生活が長かったために、羽織袴というものを見たことがなかった。
 「いやいやいや。そうじゃなくて、なんでこんな目立つ服装で作戦遂行しなくちゃいけないのよっ!」
 「仕方ないだろ。明治初期の女性は着物やドレスが外出着なんだ。それこそ作戦遂行できるコスチュームじゃないだろう」
 大介が宥めるでも説得するでもなく、淡々と呟いた。
 「え~、でもこれじゃ目立つんじゃないの?」
 「現代なら卒業時期以外じゃ目立つだろうな。でも明治初期の学生なら大概そんな服装だったらしい」
 「本当にぃ? でもやっぱり動きにくいんだけどぉ~」
 不満そうに袴をつまみあげる。
 「わわ、いずみはしたないよ!」
 湧が慌てて袴を押し下げた。
 4人は生暖かい目で見守るだけだ。
 「さて、各自準備が終わったと思うので、早速出発してくれ」
 「「「「「「はい」」」」」」
 流の合図で作戦ルーム横の修練場に向かう。
 いずみの奇行に関しては完全にスルーだった。
 各々、亜空間ゲートを展開し、それぞれの時代に旅立って行く。
 湧もいずみを振り返り、笑顔でサムズアップする。いずみも同じように返し、いよいよゲートに進入した。

 「・・・・・・え?」
 明治初期の京都に転移したいずみは、目の前の光景に絶句した。
 「・・・・・・ええっ!?」
 そこは一面の廃墟だった。
 「なんで? ここには解散したばかりの陰陽寮の建物があるんじゃないの?」
 時刻は深夜1時半。この時代、この時刻になれば繁華街から離れた二条城付近には通行人はいない。
 いずみへの指令は、解散した陰陽寮内に残留する思念の消霊だった。
 指令通りなら、ここには土御門家が明治政府を掌握するために組織しようとした『新・陰陽寮』の本拠地が置かれるはずだった。
 しかし、明治政府は陰陽寮の解体を命じる。
 職を失った陰陽師たちは全国で悪事に手を染め、一種の社会問題へと発展する。
 陰陽師の総元締めとも言える土御門家は『陰陽道取締本所』を設立し、陰陽師の統率を試みる。
 まだ正式には認められていなかったが、強引に計画を進めているはずなのだ。
 「…間違って…ないよね? なんで何もないの?」
 ブツブツ呟きながら辺りを窺う。
 しかし、聞こえてくるのは虫の声だけだ。
 「やばいかも…一旦戻った方がいいかなぁ?」
 いずみは亜空間ゲートを展開できる場所を探すために、敷地の周りを歩き始めた。
 この時代にも水無月家は存在しているが、接触して状況を説明するわけにもいかない。
 少なからず歴史に影響を与えてしまうため、バックアップは一切期待できないのだ。
 「ここなら大丈夫そうね」
 少し道から外れた暗がりを見つけ…とは言っても、21世紀の京都とは違って街路灯などはないからどこもかしこも真っ暗だが、それでも万一通行人が来ない保証はないから、植え込みの中に潜り込んだ。
 いずみは目を瞑り周辺の人外を探索する。下級な動物霊がかなり離れたところに数体いるが、特に危害を及ぼす危険性はないようだ。
 「(そういえばゴーストサーチなんて久しぶりにやったわね)」
 以前はお務めの最初には必ず人外を探索していた。
 それは対象外の霊を脅かすことなくお務めを遂行するためだ。
 「さて、では…」
 と言いつつ、両手を掲げイメージする。
 「?」
 両手を突き出す。
 「ハレ?」
 いずみの眼前には何も変化がない。
 「ぉぃぉぃ。ゲートは?」
 亜空間ゲートが展開できない。
 「ち、ちょっと、ちょっとぉ!」
 験力は発動している。その証拠にいずみの両腕はほのかな光に包まれている。
 「何でよ。今まで開かなかったことなんてなかったじゃん! えいっ! 開けっ!」
 渾身の験力を発動する。しかし、ゲートが開く気配は全くなかった。
 「… … え? ええっ!? 帰れ…ない?」
 亜空間ゲートが展開できないと、当然元の世界には戻れない。
 作戦を遂行するにも肝心の屋敷がない。
 陰陽師の残党どころか、残留する思念の欠片すら感じ取れなかった。
 初めての単独任務で、いきなり八方塞がりになってしまった。
 明治6年の京都でいずみは途方に暮れた。
    <続く>
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