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第4章
4-01輸血
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その光景は全く現実味がなかった。
湧が隅田川護岸公園の佃大橋たもとに着いた時、毛むくじゃらの何かが、ボロ布のようなものを高々と掲げた。
「い、いずみっ!」
それは既に人体と呼べるものではなかったが、間違いなくいずみだと判った。
途端に湧の全身に怒りがこみ上げ、視界が赤く染まる。
モンスターは先の殺人事件の犯人、小菅豊に間違いない。
なぜこんな化け物じみた姿をしているのかは不明だが、湧にとってはもはやそんなことはどうでもよかった。
モンスター小菅は湧の姿を認めると、“ニタッ”と気味悪く笑った。
そして、手にしているものに興味が無くなったとばかりに、無造作に隅田川に放り投げた。
「あっ!」
もうそれだけで充分だった。
湧は突進し、同時に右手に力を込める。
力は目に見えるほどの輝きを示し、光り輝き、湧の全身を包んだ。
速力は瞬間的に音速を超え、モンスター小菅に突進する。
そのまま湧は小菅の身体を突き抜けた。
いずみを散々いたぶったモンスター小菅は、あっけなく塩の粉になって爆散した。
湧はそのまま隅田川に飛び込み、川底に沈んで行くいずみを追う。
隅田川の水は濁っていてほとんど先が見えない。
まして、夕暮れ間近のこの時間帯では、真っ暗なのだ。
それでも湧はいずみを感じて、どんどん潜っていった。
水面から10mほど潜ったところで血の匂いを感じた。いずみに間違いない。
湧は能力でいずみの周囲の水ごと、水面に持ち上げようと試みた。
幸いにもいずみの身体はバラバラにならずにいたので、この方法は最良だったと言える。
湧はゆっくりゆっくりと護岸に近づき、水ごとコンクリートの床まで持ち上げた。
湧も公園の岸に上がり、水の梱包を解いてゆく。
いずみの顔は崩れ、鼻もアゴの骨も原型を留めていなかった。
身体はさらにひどく、手足の区別がかろうじてできるほど破壊されていた。
あまりの惨状に湧ですら、触れることを憚られた。
「いずみ…お、俺がもっと早く駆けつけていれば…」
湧は悔やんだ。
いずみが狙われていると判った時点で、即座に行動していれば…。
いずみの傍に座り込み、途方にくれた。
「な、なにやってるんですかぁ! YOU!」
その声に驚いて振り向くと、頭から血を流したルイーナが片足を引きずりながら近づいてきた。
「ルイーナ? さん? その怪我は…早く治療しないと…」
「そんなことは後でいいです! YOU! いずみにあなたの血を飲ませなさい! 早くっ!」
ルイーナは怒鳴りながら、湧を指差した。
「血? 俺の血? を飲ませる?」
「そうです。いずみを助けたかったら、早く飲ませなさい! 間に合わなくなりますよっ!」
有無を言わせない強い口調で命令する。
「君は一体…」
と言いかけたところで、質問してる場合ではないと気付く。
「ええい! もう!」
そう言って自分の腕に噛みつき、血を滴らせた。
そのままいずみの口元に寄せる。
しかし、いずみが自発的に飲み込めるはずがなかった。
「だからっ! なにやってるのよっ! 口移しでなきゃ飲ませられるわけないでしょ!」
教室とは全く違い、高圧的なルイーナの命令に逆らうことは許されなかった。
「判ったよっ!」
湧は口いっぱいに自分の血を含み、いずみに口移しで自分の血を流し込み続けた。
かなりの量を飲ませ、湧自身も貧血を起こしかけた頃、やっといずみの身体に温もりを感じた。
「時間がないわ。どこか安静にできるところに移動しましょう」
「なら、お社がいい。ルイーナ、君も来てくれ」
湧は迷うことなくルイーナを水無月家に誘った。
「おやしろ? そこなら人目を避けられる?」
「それは…、事情を説明すれば大丈夫だと思う」
宗主や大介が反対するとは思えなかった。それに、このルイーナにはまだまだ不可解なところがある。ここで解放するのは今後の不利益になるように感じた。
「いずみっ!」
大介がいずみの惨状を見て絶望的な悲鳴をあげた。
この男がこんな声を上げたのは恐らく初めてだろう。幼い頃から兄弟のように育ち、さくらを含めた3人はとても仲が良かった。
大介にとっては二人とも愛しい妹なのだ。それが二人とも…。
「大介さん。ルイーナは何か一連の事件について、我々の知らない情報を持っているようです」
湧の進言により、いずみの治療はルイーナに任せることとなった。
市井の医療機関で受診できない以上、宮内庁病院まで搬送せざるをえず、現状ではそこまでの体力は残っていない。
その上、今のいずみのような状態では、医療行為では死を待つ以外、手の施しようがないのだ。
「YOU! あなたの協力が必要です。一緒にいてください」
「判った。で、何をすれば?」
「いずみの横に寝てください。直接あなたの血を輸血します」
ルイーナはこともなげに言うが…、
「輸血? 君は医師免許を持っているのか?」
ありえないことだ。高校生のしかも留学生だ。インターンですらない。医療行為が許されるはずがなかった。
「問題ありません。医療行為は許可されています」
「へ?」
さすがに湧も驚きを隠せない。一体ルイーナって何者?
と、考えてる間にもルイーナは手際よく治療の準備を進めていた。
「さあ、早く!」
否やを認めない強い口調。ルイーナはある種独特のカリスマ性を発揮していた。
ルイーナは湧から相当量の輸血をするが、常人の数倍に及ぶ輸血を行っているにもかかわらず、一向に終わらせる気配がない。
「お~い、ルイーナさん? 俺の血はもうほとんど残ってないんですけど」
「あなたは大丈夫。全身の血を抜いてもすぐに戻るから安心して」
とんでもないことをさらっと言い放った。
「? え? 全身の血を抜いても? すぐに戻る?」
「それよりいずみにはあとあなた3人分の血が必要なの。修復には相当時間がかかるわ。それまで一緒にいてあげて」
さらにとんでもないことを言う。
「俺の3人分? 俺の血はどこから来るのかなぁ~」
湧はごまかすように言うが、冷や汗が流れていた。
この女何者? 湧の秘密を知り尽くしていないと出てこないセリフのオンパレードだ。
「YOU…、いずみが回復したら全部話すから…それまで、私を信じて…お願い…」
「…判った…信じるよ。だからいずみを助けてくれ…」
そう、最優先事項は何をおいてもいずみを助けることなのだ。
湧は一切を後回しにして、静かに目を瞑った。
「しばらく安静に…、気持ちを落ち着かせてくれると、あなたの血の生成速度が速くなります。だから少し眠ってください」
天使のようなルイーナの笑顔を見ているうちに、湧は深い眠りに落ちていった。
<続く>
湧が隅田川護岸公園の佃大橋たもとに着いた時、毛むくじゃらの何かが、ボロ布のようなものを高々と掲げた。
「い、いずみっ!」
それは既に人体と呼べるものではなかったが、間違いなくいずみだと判った。
途端に湧の全身に怒りがこみ上げ、視界が赤く染まる。
モンスターは先の殺人事件の犯人、小菅豊に間違いない。
なぜこんな化け物じみた姿をしているのかは不明だが、湧にとってはもはやそんなことはどうでもよかった。
モンスター小菅は湧の姿を認めると、“ニタッ”と気味悪く笑った。
そして、手にしているものに興味が無くなったとばかりに、無造作に隅田川に放り投げた。
「あっ!」
もうそれだけで充分だった。
湧は突進し、同時に右手に力を込める。
力は目に見えるほどの輝きを示し、光り輝き、湧の全身を包んだ。
速力は瞬間的に音速を超え、モンスター小菅に突進する。
そのまま湧は小菅の身体を突き抜けた。
いずみを散々いたぶったモンスター小菅は、あっけなく塩の粉になって爆散した。
湧はそのまま隅田川に飛び込み、川底に沈んで行くいずみを追う。
隅田川の水は濁っていてほとんど先が見えない。
まして、夕暮れ間近のこの時間帯では、真っ暗なのだ。
それでも湧はいずみを感じて、どんどん潜っていった。
水面から10mほど潜ったところで血の匂いを感じた。いずみに間違いない。
湧は能力でいずみの周囲の水ごと、水面に持ち上げようと試みた。
幸いにもいずみの身体はバラバラにならずにいたので、この方法は最良だったと言える。
湧はゆっくりゆっくりと護岸に近づき、水ごとコンクリートの床まで持ち上げた。
湧も公園の岸に上がり、水の梱包を解いてゆく。
いずみの顔は崩れ、鼻もアゴの骨も原型を留めていなかった。
身体はさらにひどく、手足の区別がかろうじてできるほど破壊されていた。
あまりの惨状に湧ですら、触れることを憚られた。
「いずみ…お、俺がもっと早く駆けつけていれば…」
湧は悔やんだ。
いずみが狙われていると判った時点で、即座に行動していれば…。
いずみの傍に座り込み、途方にくれた。
「な、なにやってるんですかぁ! YOU!」
その声に驚いて振り向くと、頭から血を流したルイーナが片足を引きずりながら近づいてきた。
「ルイーナ? さん? その怪我は…早く治療しないと…」
「そんなことは後でいいです! YOU! いずみにあなたの血を飲ませなさい! 早くっ!」
ルイーナは怒鳴りながら、湧を指差した。
「血? 俺の血? を飲ませる?」
「そうです。いずみを助けたかったら、早く飲ませなさい! 間に合わなくなりますよっ!」
有無を言わせない強い口調で命令する。
「君は一体…」
と言いかけたところで、質問してる場合ではないと気付く。
「ええい! もう!」
そう言って自分の腕に噛みつき、血を滴らせた。
そのままいずみの口元に寄せる。
しかし、いずみが自発的に飲み込めるはずがなかった。
「だからっ! なにやってるのよっ! 口移しでなきゃ飲ませられるわけないでしょ!」
教室とは全く違い、高圧的なルイーナの命令に逆らうことは許されなかった。
「判ったよっ!」
湧は口いっぱいに自分の血を含み、いずみに口移しで自分の血を流し込み続けた。
かなりの量を飲ませ、湧自身も貧血を起こしかけた頃、やっといずみの身体に温もりを感じた。
「時間がないわ。どこか安静にできるところに移動しましょう」
「なら、お社がいい。ルイーナ、君も来てくれ」
湧は迷うことなくルイーナを水無月家に誘った。
「おやしろ? そこなら人目を避けられる?」
「それは…、事情を説明すれば大丈夫だと思う」
宗主や大介が反対するとは思えなかった。それに、このルイーナにはまだまだ不可解なところがある。ここで解放するのは今後の不利益になるように感じた。
「いずみっ!」
大介がいずみの惨状を見て絶望的な悲鳴をあげた。
この男がこんな声を上げたのは恐らく初めてだろう。幼い頃から兄弟のように育ち、さくらを含めた3人はとても仲が良かった。
大介にとっては二人とも愛しい妹なのだ。それが二人とも…。
「大介さん。ルイーナは何か一連の事件について、我々の知らない情報を持っているようです」
湧の進言により、いずみの治療はルイーナに任せることとなった。
市井の医療機関で受診できない以上、宮内庁病院まで搬送せざるをえず、現状ではそこまでの体力は残っていない。
その上、今のいずみのような状態では、医療行為では死を待つ以外、手の施しようがないのだ。
「YOU! あなたの協力が必要です。一緒にいてください」
「判った。で、何をすれば?」
「いずみの横に寝てください。直接あなたの血を輸血します」
ルイーナはこともなげに言うが…、
「輸血? 君は医師免許を持っているのか?」
ありえないことだ。高校生のしかも留学生だ。インターンですらない。医療行為が許されるはずがなかった。
「問題ありません。医療行為は許可されています」
「へ?」
さすがに湧も驚きを隠せない。一体ルイーナって何者?
と、考えてる間にもルイーナは手際よく治療の準備を進めていた。
「さあ、早く!」
否やを認めない強い口調。ルイーナはある種独特のカリスマ性を発揮していた。
ルイーナは湧から相当量の輸血をするが、常人の数倍に及ぶ輸血を行っているにもかかわらず、一向に終わらせる気配がない。
「お~い、ルイーナさん? 俺の血はもうほとんど残ってないんですけど」
「あなたは大丈夫。全身の血を抜いてもすぐに戻るから安心して」
とんでもないことをさらっと言い放った。
「? え? 全身の血を抜いても? すぐに戻る?」
「それよりいずみにはあとあなた3人分の血が必要なの。修復には相当時間がかかるわ。それまで一緒にいてあげて」
さらにとんでもないことを言う。
「俺の3人分? 俺の血はどこから来るのかなぁ~」
湧はごまかすように言うが、冷や汗が流れていた。
この女何者? 湧の秘密を知り尽くしていないと出てこないセリフのオンパレードだ。
「YOU…、いずみが回復したら全部話すから…それまで、私を信じて…お願い…」
「…判った…信じるよ。だからいずみを助けてくれ…」
そう、最優先事項は何をおいてもいずみを助けることなのだ。
湧は一切を後回しにして、静かに目を瞑った。
「しばらく安静に…、気持ちを落ち着かせてくれると、あなたの血の生成速度が速くなります。だから少し眠ってください」
天使のようなルイーナの笑顔を見ているうちに、湧は深い眠りに落ちていった。
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