HighSchoolFlappers

ラゲッジスペース

文字の大きさ
上 下
45 / 154
第4章

4-01輸血

しおりを挟む
 その光景は全く現実味がなかった。
 湧が隅田川護岸公園の佃大橋たもとに着いた時、毛むくじゃらの何かが、ボロ布のようなものを高々と掲げた。
 「い、いずみっ!」
 それは既に人体と呼べるものではなかったが、間違いなくいずみだと判った。
 途端に湧の全身に怒りがこみ上げ、視界が赤く染まる。
 モンスターは先の殺人事件の犯人、小菅豊に間違いない。
 なぜこんな化け物じみた姿をしているのかは不明だが、湧にとってはもはやそんなことはどうでもよかった。
 モンスター小菅は湧の姿を認めると、“ニタッ”と気味悪く笑った。
 そして、手にしているものに興味が無くなったとばかりに、無造作に隅田川に放り投げた。
 「あっ!」
 もうそれだけで充分だった。
 湧は突進し、同時に右手に力を込める。
 力は目に見えるほどの輝きを示し、光り輝き、湧の全身を包んだ。
 速力は瞬間的に音速を超え、モンスター小菅に突進する。
 そのまま湧は小菅の身体を突き抜けた。
 いずみを散々いたぶったモンスター小菅は、あっけなく塩の粉になって爆散した。
 湧はそのまま隅田川に飛び込み、川底に沈んで行くいずみを追う。

 隅田川の水は濁っていてほとんど先が見えない。
 まして、夕暮れ間近のこの時間帯では、真っ暗なのだ。
 それでも湧はいずみを感じて、どんどん潜っていった。
 水面から10mほど潜ったところで血の匂いを感じた。いずみに間違いない。
 湧は能力でいずみの周囲の水ごと、水面に持ち上げようと試みた。
 幸いにもいずみの身体はバラバラにならずにいたので、この方法は最良だったと言える。
 湧はゆっくりゆっくりと護岸に近づき、水ごとコンクリートの床まで持ち上げた。
 湧も公園の岸に上がり、水の梱包を解いてゆく。
 いずみの顔は崩れ、鼻もアゴの骨も原型を留めていなかった。
 身体はさらにひどく、手足の区別がかろうじてできるほど破壊されていた。
 あまりの惨状に湧ですら、触れることを憚られた。
 「いずみ…お、俺がもっと早く駆けつけていれば…」
 湧は悔やんだ。
 いずみが狙われていると判った時点で、即座に行動していれば…。
 いずみの傍に座り込み、途方にくれた。
 「な、なにやってるんですかぁ! YOU!」
 その声に驚いて振り向くと、頭から血を流したルイーナが片足を引きずりながら近づいてきた。
 「ルイーナ? さん? その怪我は…早く治療しないと…」
 「そんなことは後でいいです! YOU! いずみにあなたの血を飲ませなさい! 早くっ!」
 ルイーナは怒鳴りながら、湧を指差した。
 「血? 俺の血? を飲ませる?」
 「そうです。いずみを助けたかったら、早く飲ませなさい! 間に合わなくなりますよっ!」
 有無を言わせない強い口調で命令する。
 「君は一体…」
 と言いかけたところで、質問してる場合ではないと気付く。
 「ええい! もう!」
 そう言って自分の腕に噛みつき、血を滴らせた。
 そのままいずみの口元に寄せる。
 しかし、いずみが自発的に飲み込めるはずがなかった。
 「だからっ! なにやってるのよっ! 口移しでなきゃ飲ませられるわけないでしょ!」
 教室とは全く違い、高圧的なルイーナの命令に逆らうことは許されなかった。
 「判ったよっ!」
 湧は口いっぱいに自分の血を含み、いずみに口移しで自分の血を流し込み続けた。
 かなりの量を飲ませ、湧自身も貧血を起こしかけた頃、やっといずみの身体に温もりを感じた。
 「時間がないわ。どこか安静にできるところに移動しましょう」
 「なら、お社がいい。ルイーナ、君も来てくれ」
 湧は迷うことなくルイーナを水無月家に誘った。
 「おやしろ? そこなら人目を避けられる?」
 「それは…、事情を説明すれば大丈夫だと思う」
 宗主や大介が反対するとは思えなかった。それに、このルイーナにはまだまだ不可解なところがある。ここで解放するのは今後の不利益になるように感じた。

 「いずみっ!」
 大介がいずみの惨状を見て絶望的な悲鳴をあげた。
 この男がこんな声を上げたのは恐らく初めてだろう。幼い頃から兄弟のように育ち、さくらを含めた3人はとても仲が良かった。
 大介にとっては二人とも愛しい妹なのだ。それが二人とも…。
 「大介さん。ルイーナは何か一連の事件について、我々の知らない情報を持っているようです」
 湧の進言により、いずみの治療はルイーナに任せることとなった。
 市井の医療機関で受診できない以上、宮内庁病院まで搬送せざるをえず、現状ではそこまでの体力は残っていない。
 その上、今のいずみのような状態では、医療行為では死を待つ以外、手の施しようがないのだ。
 「YOU! あなたの協力が必要です。一緒にいてください」
 「判った。で、何をすれば?」
 「いずみの横に寝てください。直接あなたの血を輸血します」
 ルイーナはこともなげに言うが…、
 「輸血? 君は医師免許を持っているのか?」
 ありえないことだ。高校生のしかも留学生だ。インターンですらない。医療行為が許されるはずがなかった。
 「問題ありません。医療行為は許可されています」
 「へ?」
 さすがに湧も驚きを隠せない。一体ルイーナって何者?
 と、考えてる間にもルイーナは手際よく治療の準備を進めていた。
 「さあ、早く!」
 否やを認めない強い口調。ルイーナはある種独特のカリスマ性を発揮していた。

 ルイーナは湧から相当量の輸血をするが、常人の数倍に及ぶ輸血を行っているにもかかわらず、一向に終わらせる気配がない。
 「お~い、ルイーナさん? 俺の血はもうほとんど残ってないんですけど」
 「あなたは大丈夫。全身の血を抜いてもすぐに戻るから安心して」
 とんでもないことをさらっと言い放った。
 「? え? 全身の血を抜いても? すぐに戻る?」
 「それよりいずみにはあとあなた3人分の血が必要なの。修復には相当時間がかかるわ。それまで一緒にいてあげて」
 さらにとんでもないことを言う。
 「俺の3人分? 俺の血はどこから来るのかなぁ~」
 湧はごまかすように言うが、冷や汗が流れていた。
 この女何者? 湧の秘密を知り尽くしていないと出てこないセリフのオンパレードだ。
 「YOU…、いずみが回復したら全部話すから…それまで、私を信じて…お願い…」
 「…判った…信じるよ。だからいずみを助けてくれ…」
 そう、最優先事項は何をおいてもいずみを助けることなのだ。
 湧は一切を後回しにして、静かに目を瞑った。
 「しばらく安静に…、気持ちを落ち着かせてくれると、あなたの血の生成速度が速くなります。だから少し眠ってください」
 天使のようなルイーナの笑顔を見ているうちに、湧は深い眠りに落ちていった。
    <続く>
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...