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第9章
9-06流一星
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流一星は、元々水無月家ではごく普通の修行者であり、能力的にも特化したものはなかった。
しかし、常に安定した能力は本人の努力もあって、後方支援の要として信頼されていた。
その当時、宗主率いる空手道場では、映画会社からスタントのオファーが度々あり、門人の何人かは撮影協力という形で依頼を受けていた。
流も特撮に興味があり、時代劇から現代劇、SF映画などに参加する。
ほとんどはヤラレ役で、高所からの飛び降りや爆発シーンでの飛ばされ役だった。
主役級の派手さはほとんどないものの、そのリアルな演技は見事で多くの監督から絶大な賞賛を受けていた。
その経緯から、湧の叔父がスタント派遣会社のYAC(八重洲アクションクラブ)を立ち上げた時に、真っ先に引き抜かれたのが流だったのだ。
そして特撮ヒーロー戦隊というスタイルがマンネリ化し始めた頃、YACはグリーンバックでアクションスーツにコンピュータに連動するマーカーをつけたままスタントを行う方法を全面的に採用する。
シーンに必要なモーションデータを組み合わせ、作品の画像は全てCGによる描画とする。
単なるモーションキャプチャーとは異なり、人物も怪人も舞台となる街並みも通行人も全てCGの世界に構築されているので、違和感が全くないのが最大の売り物だった。
スタントはグリーンバックとはいえ、平らな広い室内で安全に行えるし、全方向からセンサーによる挙動の数値化によるため、一度のアクションで異なるアングルからのカメラワークにも対応できる。
ただ、それでもスーツアクターの身体能力は必須なので、派手な立ち回りができるアクターが必要だった。
流一星はまさにそのアクターの条件にぴったり合致し、香港映画やハリウッドに匹敵するアクションを提供した。
流一星の人気はうなぎ登りだった。
「あの流さんが本当にベータ? なのかなぁ」
いずみは疑念を口にした。
「俺もにわかには賛成できない。でも、ベータだとしたら納得できることが多いのも確かなんだ」
湧は何か思い当たることがあるらしい。
遠くを見つめるような湧の視線を追って、いずみも何処へと視線を送った。
「しかし、流さんがベータだとして…、目的はなんなのかな?」
「「「えっ?」」」
いずみの何気ない呟きに3人が驚いた。
「それは如月君を襲うことじゃないか? さっきルイーナが言ったように…」
大介が代表して答える。
「そうじゃないの。確かに湧はずっと襲われていたみたいだけど、それは湧を殺すつもりだったのかな? ってことが言いたいの」
「どういうことだ?」
湧は驚きを隠せない。今までクリーチャーがいつ襲ってくるか気が気じゃなかったからだ。
それに…。
「俺は一度殺されてるんだ。そのクリーチャーに…」
「わかってる。でも、それはもしかすると湧が死なないっていう確信があったのかも…って、思ったの」
「いずみ。いくらなんでもそれは少し乱暴じゃないか?」
さすがに大介も黙っていられなかったらしい。
「私もさっきまではそんなこと全然思ってなかったよ? でもね、湧が5歳の時に一度死んだって聞いた時から、なんていうか…妙な違和感を感じて…」
「ん? どういうこと?」
湧も何かを感じたらしい。
「もしクリーチャーを操ってるのがベータで、乖離した時に本当に湧が死んでいたらこんなことはしなかったと思うし、そもそも湧の身体が無くなってるわけだからできないよね?」
「そりゃ確かに…」
「何で…。何故、乖離した人間が生きているのか不思議に思ったんじゃないかな? って」
「ん?」
またいつものいずみの妙なこだわりだと思っていた大介は、一瞬返答に窮した。
「いずみそれはありえないと思う」
大介に代わって湧が答えた。
「なぜ? 何か思い当たることでもあるの?」
「そ、それは…」
湧は複雑な表情で言い淀む。いずみも初めて見る湧の苦悩の表情だった。
「奴らは…、人間を単なる物質エネルギーとしか見ていないんだ」
絞り出すように言葉を続ける。
「だから、俺が死んだ時も残留しているエネルギーを絞り摂ろうとしたらしい」
「残留したエネルギー? それは何ですか?」
ルイーナが割り込んできた。
「そのままのものです。体内に残っているアルファブラッドのエネルギーを絞り摂ろうとしたようです」
「え? そんなことができるの?」
初めての告白にいずみが驚愕して叫んだ。
「一体どういうことなんだ? 如月君詳しく話してくれ」
「詳しくと言われても、俺は科学者じゃないから論理的には説明できませんが…」
そう前置きして湧は5歳の頃の記憶を辿る。
自分が死んだことを察した湧の意識は、単に傍観者のごとくそこに留まっていた。
やがて実体のはっきりしない靄のようなものが湧の身体を包み込む。
湧にはそれがアルフだと直感した。
そしてそれが湧の意識を少しずつストローで吸い込むように感じた。
そう確信した途端に、湧は極度の嫌悪感を感じてアルフを拒絶した。
「拒絶したって、それでアルフを撃退できたの?」
「うん。なんだか靄がいきなり弾け飛んだような感じだった」
「… … は、弾け飛んだぁ?? 意識でアルフをぉ??」
ルイーナが絶叫した。
「わ、びっくりしたぁ。何よルイーナいきなりぃ!」
「そりゃ驚きますよ! 意識を…思念体に干渉したんですよ! これが驚かずにいられますかっ!」
「どういうことだ? ルイーナ」
大介も驚きのあまりルイーナに問う。
「物質ではない思念体はエネルギー体とはいえ、それは物質に干渉できないの。だからアルフも精神干渉で人の精神に融合するんです」
「それはわかってる。でもクリーチャーのような怪異を物質化させているじゃないか? 矛盾してるよな」
「ええ。大介さんの言いたいことは理解してます。でも可能性としてですが、クリーチャーはもしかすると塩化ナトリウムでできているんじゃないかと最近気づきました」
「塩化ナトリウム? つまり塩?」
「そうです。被害者が塩の結晶にされていたことで、その可能性に気づくのが遅れました」
「あ!」
「大介さんも気づきましたか?」
「ああ、そういうことか。ならば如月君がアルフを撃退することも可能というわけだ」
「何二人で納得してるのよぉ!」
いずみが絡んでくる。
「いずみ。ベータ(アルフから分離したもの)が、アルフの意識から乖離した理由もわかるかもしれないぞ」
大介は力強く拳を握っていずみの前に掲げた。
「へ?」
いずみは意味もわからずにその拳を見つめた。
<続く>
しかし、常に安定した能力は本人の努力もあって、後方支援の要として信頼されていた。
その当時、宗主率いる空手道場では、映画会社からスタントのオファーが度々あり、門人の何人かは撮影協力という形で依頼を受けていた。
流も特撮に興味があり、時代劇から現代劇、SF映画などに参加する。
ほとんどはヤラレ役で、高所からの飛び降りや爆発シーンでの飛ばされ役だった。
主役級の派手さはほとんどないものの、そのリアルな演技は見事で多くの監督から絶大な賞賛を受けていた。
その経緯から、湧の叔父がスタント派遣会社のYAC(八重洲アクションクラブ)を立ち上げた時に、真っ先に引き抜かれたのが流だったのだ。
そして特撮ヒーロー戦隊というスタイルがマンネリ化し始めた頃、YACはグリーンバックでアクションスーツにコンピュータに連動するマーカーをつけたままスタントを行う方法を全面的に採用する。
シーンに必要なモーションデータを組み合わせ、作品の画像は全てCGによる描画とする。
単なるモーションキャプチャーとは異なり、人物も怪人も舞台となる街並みも通行人も全てCGの世界に構築されているので、違和感が全くないのが最大の売り物だった。
スタントはグリーンバックとはいえ、平らな広い室内で安全に行えるし、全方向からセンサーによる挙動の数値化によるため、一度のアクションで異なるアングルからのカメラワークにも対応できる。
ただ、それでもスーツアクターの身体能力は必須なので、派手な立ち回りができるアクターが必要だった。
流一星はまさにそのアクターの条件にぴったり合致し、香港映画やハリウッドに匹敵するアクションを提供した。
流一星の人気はうなぎ登りだった。
「あの流さんが本当にベータ? なのかなぁ」
いずみは疑念を口にした。
「俺もにわかには賛成できない。でも、ベータだとしたら納得できることが多いのも確かなんだ」
湧は何か思い当たることがあるらしい。
遠くを見つめるような湧の視線を追って、いずみも何処へと視線を送った。
「しかし、流さんがベータだとして…、目的はなんなのかな?」
「「「えっ?」」」
いずみの何気ない呟きに3人が驚いた。
「それは如月君を襲うことじゃないか? さっきルイーナが言ったように…」
大介が代表して答える。
「そうじゃないの。確かに湧はずっと襲われていたみたいだけど、それは湧を殺すつもりだったのかな? ってことが言いたいの」
「どういうことだ?」
湧は驚きを隠せない。今までクリーチャーがいつ襲ってくるか気が気じゃなかったからだ。
それに…。
「俺は一度殺されてるんだ。そのクリーチャーに…」
「わかってる。でも、それはもしかすると湧が死なないっていう確信があったのかも…って、思ったの」
「いずみ。いくらなんでもそれは少し乱暴じゃないか?」
さすがに大介も黙っていられなかったらしい。
「私もさっきまではそんなこと全然思ってなかったよ? でもね、湧が5歳の時に一度死んだって聞いた時から、なんていうか…妙な違和感を感じて…」
「ん? どういうこと?」
湧も何かを感じたらしい。
「もしクリーチャーを操ってるのがベータで、乖離した時に本当に湧が死んでいたらこんなことはしなかったと思うし、そもそも湧の身体が無くなってるわけだからできないよね?」
「そりゃ確かに…」
「何で…。何故、乖離した人間が生きているのか不思議に思ったんじゃないかな? って」
「ん?」
またいつものいずみの妙なこだわりだと思っていた大介は、一瞬返答に窮した。
「いずみそれはありえないと思う」
大介に代わって湧が答えた。
「なぜ? 何か思い当たることでもあるの?」
「そ、それは…」
湧は複雑な表情で言い淀む。いずみも初めて見る湧の苦悩の表情だった。
「奴らは…、人間を単なる物質エネルギーとしか見ていないんだ」
絞り出すように言葉を続ける。
「だから、俺が死んだ時も残留しているエネルギーを絞り摂ろうとしたらしい」
「残留したエネルギー? それは何ですか?」
ルイーナが割り込んできた。
「そのままのものです。体内に残っているアルファブラッドのエネルギーを絞り摂ろうとしたようです」
「え? そんなことができるの?」
初めての告白にいずみが驚愕して叫んだ。
「一体どういうことなんだ? 如月君詳しく話してくれ」
「詳しくと言われても、俺は科学者じゃないから論理的には説明できませんが…」
そう前置きして湧は5歳の頃の記憶を辿る。
自分が死んだことを察した湧の意識は、単に傍観者のごとくそこに留まっていた。
やがて実体のはっきりしない靄のようなものが湧の身体を包み込む。
湧にはそれがアルフだと直感した。
そしてそれが湧の意識を少しずつストローで吸い込むように感じた。
そう確信した途端に、湧は極度の嫌悪感を感じてアルフを拒絶した。
「拒絶したって、それでアルフを撃退できたの?」
「うん。なんだか靄がいきなり弾け飛んだような感じだった」
「… … は、弾け飛んだぁ?? 意識でアルフをぉ??」
ルイーナが絶叫した。
「わ、びっくりしたぁ。何よルイーナいきなりぃ!」
「そりゃ驚きますよ! 意識を…思念体に干渉したんですよ! これが驚かずにいられますかっ!」
「どういうことだ? ルイーナ」
大介も驚きのあまりルイーナに問う。
「物質ではない思念体はエネルギー体とはいえ、それは物質に干渉できないの。だからアルフも精神干渉で人の精神に融合するんです」
「それはわかってる。でもクリーチャーのような怪異を物質化させているじゃないか? 矛盾してるよな」
「ええ。大介さんの言いたいことは理解してます。でも可能性としてですが、クリーチャーはもしかすると塩化ナトリウムでできているんじゃないかと最近気づきました」
「塩化ナトリウム? つまり塩?」
「そうです。被害者が塩の結晶にされていたことで、その可能性に気づくのが遅れました」
「あ!」
「大介さんも気づきましたか?」
「ああ、そういうことか。ならば如月君がアルフを撃退することも可能というわけだ」
「何二人で納得してるのよぉ!」
いずみが絡んでくる。
「いずみ。ベータ(アルフから分離したもの)が、アルフの意識から乖離した理由もわかるかもしれないぞ」
大介は力強く拳を握っていずみの前に掲げた。
「へ?」
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<続く>
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