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第2章

2-04イオン

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 「さくら。気をしっかり持って聞いてほしい。…は、生き…」
 「…は…い?」
 泣き疲れて意識が朦朧としてきたため、さくらは兼成の声が良く聞こえなかった。
 「まだ、確かなことは言えないが、如月君は特殊な能力を持っておってな。彼の身体は今再生しようとしているらしい…」
 兼成が何を言っているのか、さくらは全く理解できない。
 「…?…、は?…はい?」
 「実は死亡確認後、検死を行おうとしたところ…」
 兼成自身理解出来ていないため、医師から伝えられた言葉をそのままさくらに聞かせた。
 さくらもその話をにわかに信じる事は出来なかった。
 しかし、さくらにとっては湧が死亡したと言われるより、たとえ蘇生であっても生きていてくれる方がどれだけ喜ばしいことか…。
 とはいえ、完全に元に戻る可能性があるのかは不明だ。

 湧の身体が医師団の言う“さなぎ”の状態になってから、もうじき一週間になろうとしていた。
 さくらは毎日毎日見舞いに来たが、会えるわけもなく、処置室の前の控え室で過ごしていた。
 いずみが能力発動で昏睡してることは知っていたし、同じ院内にいることも知っていた。
 だが、どうしてもいずみの病室を見舞う気になれなかった。
 (まだ意識が回復してないっていうし…行ってもしょうがないよね…)
 という言い訳をさくらは何度も繰り返していた。
 「さくら、急いで滅菌処理室に入ってくれ」
 院長自ら控え室に、さくらを迎えにきた。
 最近では院長もさくらを呼び捨てにしていた。
 「湧くんに何かあったんですか?」
 滅菌処理室に入る前に問いかけたが、
 「我々にもまだ状況が把握できていないのだ。ただ、説明するより専門家でもある君にも立ち会ってほしい」
 と逆に協力を依頼されてしまった。
 滅菌処理はレベル1なら着衣のままで、衛生服を着たあとエアシャワーのみで済むが、湧はレベル3なので、入室の為には全裸での紫外線照射後、全身シャワーと洗髪が義務付けられている。
 着衣は下着から高度衛生服まで不織布で作られ、使い捨てとなっている。
 最後にエアシャワーを通るが、レベル3エリアまで少なくとも2時間ほどかかってしまう。
 これだけで疲労困憊だ。
 さくらはげっそりしながら、院長が待っていたレベル3エントランスに入ってきた。

 「さくら、これを見たまえ」
 院長に促されてガラス越しに処置室を覗く。
 「湧くん!」
 それはまさに如月湧そのものだった。
 どこにも怪我をしている様子が無い。
 「せ、先生? 確か湧くんは大怪我して…死んだ…と、どこを怪我したんですか?」
 「あ、そうか。さくらは如月君の怪我の状況は知らなかったんだね。彼は左肩口から背中に至る胸の切断傷が致命傷になった。他にも左大腿部切断。右下腹部切開など、致命傷となりうる重傷が3箇所あった」
 さくらの顔は蒼白になっていたが、院長は気付かずに淡々とカルテを読み上げた。
 「で、でもあの湧くんの身体には傷が見えませんが…、どういうこと?」
 「それなんだよ。実はさっきまで彼の身体は、我々が“さなぎ”と呼んでいた彼の血でできた結晶体で包まれていて、X線で観察する以外には何もできなかった」
 医師でありながら何も治療できなかったのだ。院長は忸怩たる想いで呟いた。
 さくらは返す言葉も無く、ただ湧を見つめている。
 「それが3時間前に“さなぎ”にひびが入り、直後に塩の結晶になって崩れた」
 「塩の結晶? それって…」
 「塩化ナトリウムなのだが…」
 院長は成分を聞かれたのだと勘違いしたが…さくらはそれどころではなかった。
 (校長先生の娘さんが殺された事件と関係が?)
 思えば湧に関しては、さくらはあまりにも知らない事が多かった。
 何かあるなら、宗主が話してくれただろう。
 それがないから、湧は一般人だと思い込んでいたのかも知れない。
 湧が弓道教室を辞めた時、父であり、道主の保が何か含んだ言い方をしていたのを思い出した。
 (湧くん…あなたは一体…)
 「自発呼吸が1時間前に始まり、心拍も35まで回復しました」
 「あ、あの先生…ところで…」
 「ん? 何かな?」
 さくらはとても言いにくそうに指を差して…
 「アレ…はナンでしょうか?」
 直視できずに俯く。
 「ははは、男には当たり前のことだよ。気にすることはない」
 「いやいやいや、ち、ちょっと何とかしてもらえませんか?」
 さくらは湧の下半身付近のシーツが、とてつもなく盛り上がっているが気になって仕方なかった。
 「彼の身体はさなぎから出て、全身に生命力が戻っているのだろう。その象徴がアレなのだよ。男はね最低限の生命力でも子孫を残す本能が最優先される。安定するまでは我々でもどうにか出来るとは思えない」
 「先生~。楽しんでませんかぁ?」
 さくらはもっともらしい理屈を宣っている院長をジト目で睨んだ。
 でも、湧が復活する望みが現実的になって、さくらは少しだけ嬉しかった。
 「君も能力者として怪異と渡り合っているなら、心得ていた方がいい」
 院長が極めて真剣に話し出した。
 「人間に限らず、生物の最も基本的な本能に“性欲”がある。自分の命を賭けても子孫を残すというね…」
 「え? ええ。まあ」
 さくらはこの手の話しが苦手だ。すぐ顔に出てしまう。
 「生存の危機に陥った時でも、最後まで性欲だけは失わないと言われているのだ。そして今まさに如月君の身体は蘇生したばかりだが、その少ない生命力の一部が優先的に性欲の部分に廻っているようだ」
 「あの、それは? 本能なんですか?」
 「うむ。例えば、蘇生したもののすぐに寿命が尽きる可能性もある。その際、その短い時間であっても子孫を残せる可能性がある」
 院長は実際にそんな事ができるかどうかは解らないが…ね。と手を挙げた。
 「まあ、如月君が無事に回復したらその部分も含めて、優しくしてあげてほしい」
 「…?… ぁ! ち、違います! 湧くんとはそういう関係じゃないんですっ!」
 院長の少しニヤけた顔がものすごく頭に来たけど、否定だけはシッカリした。
 …つもり…だった。
 「…、? あ! そうか、そういうことか!」
 院長は不可思議な顔でさくらを見ていたが、一転して全てを納得した良い笑顔で…
 「片思いなのか…」
 と、さくらにクリティカルヒットを叩き込んだ。

 「まあ、冗談はさておき…」
 全く冗談では済まされないほどの心の傷を負わされたさくらも、これ以上この話題を続けたくなかった。
 「今回の様な事例は前代未聞です。先ず、蘇生に関しては常軌を逸してるのでお判りでしょうが、そこに至るまでも医学的には超常現象としか言えません」
 院長は一変して、柳瀬川家次期宗主として対応を始めた。
 「彼は…、彼の肉体は我々の治療の一切を拒否しました。しかも死亡確認後です。ということは彼の意思ではなく、彼の身体の意志なのです」
 「はぁ…。意思ではなく意志?」
 さくらは院長が何を言いたいのか、ますます解らなくなっていた。
 「率直に言いましょう。さなぎ化した時の主な成分は彼の血液です。しかし、あり得ない量がどこから来たのか? それからして不明です」
 「私もそれは感じました。ガラス越しにでしたけど、確かに彼を包んでいた結晶体は、単に血液が固まっただけには見えませんでした」
 「そう! それです。しかも最後は瞬間的に塩の結晶になり、砕け散った」
 「砕け散った? 塩の結晶になったのですか? 瞬間的に?」
 「そうです。しかもその時には、彼の身体は傷一つなく完全に再生していました。欠損した左足も含めてです」
 「左足? 切断されてたんですかぁ?」
 「さっき説明しましたよ? 身体状況は…」
 「ごめんなさい。私取り乱していたので…」
 良く考えてみたら、さくらは湧の状態を詳しくは理解していなかった。聞きたくなかったと言うのもあるが…。
 「ま、まあ、普通は亡くなったと聞いたら、状態云々どころじゃないですから…申し訳ない」
 「いえ、それで、左足が再生って、今はちゃんと…あるんですよね?」
 「もちろんです。見ますか?」
 といって、例のシーツをめくろうとしたから、さくらは慌てて院長を止めた。
 「もう! セクハラですよ。それ!」
 院長は“ハハハ”と笑って、話しを戻した。
 「現在も如月君から採血しようとすると、皮膚が硬化してしまうため不可能です。そこで、あなたの血液で代用できないかと考えました」
 「私の血? でもそれは今までに何度も検査で採血してますよ?」
 「それは血液成分等の検査であって、血液の検査ではないのです」
 「…?…は?」
 同じ意味じゃないの? ソレとさくらは口にしようとしたが、院長が言う以上、別の意味があるのだと察した。
 「つまり、赤血球や白血球、血小板などの主成分自体の細胞分析やその他の成分の調査という意味です。私が気になったのは血液だったものが、最後に純度の高い塩化ナトリウムのみになったということなのです。その他の成分はどこに行ったのか?」
 「ああ、そういうことですか! でもなんで最後に塩の結晶だけなんでしょう? 塩はどこから?」
 「さくらさんは血液中のイオンをご存知ですか?」
 「イオン? スーパーのことじゃないですよね?」
 「ハハハ、違います。人間の細胞にはナトリウムイオンや塩化イオンが大量に含まれています。なにがしかの方法で、この二つが結合すれば塩化ナトリウムとなります。そして、それ以外の成分がエネルギーとして消費されれば…あるいは」
 「それはどういう意味ですか?」
 さくらは院長がどこまで怪異の現状を知っているのか、掴みかねていた。こういう時は自ら情報を漏らしてしまう可能性が高いので、さくらは口をつぐんだ。
 「如月君がさなぎから出て来た時に感じたんだよ。あの結晶はエネルギー体じゃないかと…」
 「エネルギー体?」
 「まあ、解り易く言えば、スマホのバッテリーが切れかけた時に外付けのバッテリーで充電することがあるだろう。あれと同じ原理なのでは? と思ったんだ」
 塩化イオンやナトリウムイオンは様々な細胞に含まれている。しかしそれ以外の成分は細胞ごとに異なる。つまり二つのイオンはエネルギー体の受け皿だと考えれば、最後に塩の結晶が残ったことも理解できる。と院長は言った。
 「もしあなたの血液も同じ様な仕組みが組込まれているならば、あなたの血液でその可能性を探ってみたいのです」
 「は、はあ。よく解りませんが、私一人の判断ではお答えできないので、水無月家宗主に伺ってみます」
 「お願いいたします」
 さくらは電話で連絡を取ろうと考えていたが、レベル3では外部との連絡は取れなかった。
 「外線はレベル2に行かないとないので、申し訳ありませんが連絡が取れたら、また滅菌処理室に行って来てくださいね」
 「あ、そうか…また…」
 “面倒くさい”とは辛うじて言わずに済んだ。
 さくらはもう一度湧の顔を見て、レベル2への扉に向かった。
    <続く>
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