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第7章

7-02フラッパーズ

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 約1000年前に朝廷より勅命を受けて以来、水無月家は人知れず人外から人々の暮らしを護ってきた。
 それは朝廷制度が天皇制度に変わっても、水無月家のお役目は変わらなかった。
 しかし、ソウルコンバーターに絡む一連の騒動は、全世界規模ならぬ多次元宇宙にまで及び、一つの世界の問題ではなくなっていた。
 米当局はその事実を正しく受け止め、6次元人であるルイーナの協力のもと、対抗勢力の構築に踏み切った。
 それは今から約70年前、第二次世界大戦終了直後のことだった。
 「…つまり、ルイーナはそれ以前から一人で闘っていた…と?」
 いずみは無表情に呟いた。
 ルイーナは一瞬“ビクッ!”っと震えたが、いずみ以外には誰も気付かなかった。
 「ルイーナって、いつ頃からこの3次元にいたの?」
 いずみは微笑みながらもさらに追求する。微笑んではいるが、目は笑っていない。
 「ま、まあ待て! いずみっ! 怒る気持ちも分かるけど…」
 湧まで妙なことを言い出したことで、さすがに大介も不穏な気配に気付いた。
 「一体どうした? 二人とも…」
 ルイーナを庇うように割り込んできた。
 「どうしたもこうしたもないわよ。大ちゃんはおかしいと思わないの?」
 いずみは涙目になって訴えるが、大介には届いていないようだ。
 それがさらにいずみの怒りを煽った。
 「大介さん。俺もずっと疑問に思ってたんです」
 「疑問?」
 「いずみが最近、特にイライラしてたの気付きませんでしたか?」
 湧はいずみの肩を優しく抑えながら、大介に向き合った。
 「いずみは気分屋だから、しょっちゅうイラついてるだろ?」
 ハナからいずみの性格上のことだと決めつけていた。
 「だ、大介さんっ!」
 さすがに湧も呆れて叫んでしまった。
 「いずみがイラついているのは、ルイーナの行動があまりにも的確すぎるからなのが解りませんか?」
 その言葉を聞いて、いずみは湧を驚きの眼差しで見つめた。
 “湧は分かってくれていた”
 それがいずみに勇気を与えてくれた。
 「私はずっと違和感を感じていたの。まず湧の自宅の調査の時、その地下でのルイーナの異常な高速行動。そして、6次元への転移。どれ一つとってもとても行き当たりばったりで、こなせるもんじゃない」
 いずみは努めて感情を込めずに告げた。
 「でもそれは、あの時に私はエルフの末裔だと説明しましたけど…」
 「私も最初はそれで納得しようとしたわ。でもね、それじゃあ“調査”と言いつつ、事前に私たちに次元跳躍に耐えられるようにプロテインを与えていたのは? それに新型爆弾と言いつつ、この3次元には存在するはずのない“爆縮弾”を準備したのは誰?」
 間違いなくルイーナしか準備できない。
 いずみには確信があったのだ。
 「6次元に私たちを連れて行き、特訓させる。初めからそのつもりじゃなかったの?」
 湧も横で静かにうなづいていた。
 湧といずみは話し合っていたわけじゃない。というより、ルイーナのことは二人とも敢えて口にしないできた。
 「そもそも私が死んだ時だって、ルイーナは湧の血を利用することをためらわなかった。普通の人間なら体内の3分の1も失血したら死んでしまうことぐらい知ってるわ。でも湧の特殊な血は自己再生能力がずば抜けていた。そんなこと誰に聞いたの? 湧が自ら教えるわけないじゃない」
 ルイーナはいずみの迫力に圧されていたが、徐々に表情が薄れ、最後には今まで一度も見せたことのない、真剣のような冷たい、本当に人を斬り伏せそうな冷徹さを醸し出した。
 「ルイーナ?」
 大介もその異常な冷たさに戸惑った。
 「私たちのこともそう。このお社についても知っていたようなそぶりだし…何もかも完璧すぎるのよっ!」
 「ルイーナ、そろそろ全てを話してほしい。俺もそう感じていたし、いずみに至ってはもう爆発寸前…というより精神崩壊でも起こしそうなところまで来てるんだ」
 湧はいずみの心中を思いやり、少し軽い感じで申し入れた。
 「YOU…分かりました。…そう…ですね」
 ルイーナは諦めたような、少し優しい表情で続けた。
 「長くなりますが、全てをお話ししましょう。ただし、この話を聞いたらもう後には引けなくなることを覚悟してください」
 「もちろん。どっちにしても私たちに選択権はないの。生まれた時からの宿命だから…」
 いずみは水無月家に生まれたことを後悔したことはない。でも別の生き方ができないことに多少の寂しさは感じていた。
 湧は自嘲気味に笑って、ルイーナを促した。
 一度大きく深呼吸をして、ルイーナは意を決したように語り出した。
 「さっきいずみに指摘されたように、私はこの世界で第二次世界大戦という、人間同士の争い以前にやってきました。本当は平安時代と言われる頃に来たかったのですが、色々な事情で無理でした」
 その当時の世界には魑魅魍魎が跋扈する混沌とした時代で、ルイーナが何度も転移設定を行ったが、成功しなかったらしい。
 「なんで平安時代に?」
 湧が口を挟んだ。
 「それは…」
 言い淀んでしまうが、全てを話すと約束したばかりだ。すぐに顔を上げ、いずみと大介を見つめた。
 「その頃のアルフは、初代水無月兼成氏と融合していたようです」
 「…!」
 大介は目を見開いて絶句した。
 「…へ?」
 いずみは素で惚けた。
 「そ、それって…」
 湧は事の重大さに何を言うべきか判らなかった。
 しばしの沈黙を破ったのは、やはりいずみだった。
 「え~~~~~~~~! それって…私たちって、アルフの子孫ってことぉ??」
 「あっ!」
 大介も驚いて声を上げてしまう。
 「なるほど…」
 湧だけが合点が行ったとばかりに納得顔になった。
 「そういうことです。つまりアルファブラッドは、アルフが融合した人の子孫に引き継がれます」
 「じ、じゃあ、ご先祖様と闘うことになるの?」
 いずみが困惑した顔でルイーナに迫った。
 「正しく言うと、闘うべきアルフはご先祖様とは言えないと思います」
 「でも湧のお父様が、お母さんにしたように人体改造をしてた可能性もあるんだよね?」
 半泣きで必死に訴えるいずみ。
 自分たちが護ってきた人々に対して、人体改造もしくはそれに近いことをしていたとしたら… いずみは水無月家を許せないだろう。
 「はっきりと調査できてはいないのですが、初代水無月兼成氏は、アルフと融合する前から特殊な能力を有していたようです」
 「はい?」
 いずみはルイーナの言葉の意味が理解できなかった。
 「初代水無月兼成氏は、道教を修行中に思念体と交感していたようです。当時は精霊や妖精といった人間に好意を…もしくは興味を持っていたものが多かったようです。そして、彼らの力を借りて将棋のコマに魂を込めていたらしいのです」
 「あ、それ聞いたことがある。水無瀬書体という文字で、今も使われているのよね」
 「そうです。その功績により、朝廷の勅命を受けてコマの製作工房を組織したのです」
 そこまで言って、ルイーナは急に暗い表情になった。
 「水無月家の製作した駒は、精霊によって様々な力が宿るようになりました」
 その時まで攻略の作戦計画は、ただの木片を兵に見立てて行われていた。
 兼成の考案した駒は、能力がある者が使うと、的確な戦略をシミュレートしてくれるというものだった。
 「その様に精霊や妖精を使役して、人々の未来までも予測できる様になっていました」
 「? あ、あれ? それって…」
 いずみが何かに気付いたが、湧が引き継いで言葉にした。
 「陰陽師そのものじゃないか!」
 二人は顔を見合わせて、目を丸くした。
 「その通りです」
 ルイーナは淀みなく即答した。
 「ただ日本で改良されたものではなく、より道教の教えに則したものです」
 「? どゆこと?」
 いずみは全く解らないとばかりに両手を広げた。
 「陰陽師も元をたどれば道教につながりますが、途中から日本独自の考え方が加味されて、一つの術式に仕上がりました」
 「へえ」
 「…いずみが不思議に思うのも無理はありません。本来、陰陽師とはまつりごとや豊作凶作天候などを占うもので、人外と闘うものではないのです」
 「あ! そうか。なんか映画にもなって、術式での激闘シーンが印象的だったから、平安時代の機動隊のようなものだと思ってたわ」
 いずみはやっと合点が行ったとばかりに明るく言った。
 「多くの人がそう感じていると思います。それは意図的にそういうイメージを植え付けてきたからです」
 「え? そうなの?」
 ルイーナは笑いを堪えているような複雑な表情で続けた。
 「水無月家のお役目はトップシークレットですよね? だから、それは陰陽師が行っている様にカムフラージュしてきたのです」
 「へえ…」
 「あ! なるほど。そういうことかっ!」
 いまいち理解できていないいずみに代わって、湧は真相を的確に捉えていた。
 「なになに? どういうこと?」
 「つまり表向き、または歴史上は人外と闘ってきたのは陰陽師ということにして、実際には水無月家が対処してきたんだ。まあ、一部の陰陽師も怨念などと闘ってはいただろうけど、ほとんどは返り討ちにあっていたと思う」
 湧は、いずみと共闘する前、一人で闘ってきた時の苦しさを思い出していた。
 「そ、そうなの? ルイーナ?」
 「そうですね。YOUの言うとおりだったと思います」
 「? なにその含みのある言い方。言いにくくても…どんなに酷いことでもちゃんと聞くから話してよ」
 「そう…でしたね。実は陰陽師にも極秘だったため、水無月家の存在に気づいた数人の陰陽師は、水無月家によって処分されていたのです」
 「え?」
 「まあ、当然だろうな…。陰陽師は決して味方ではないだろうから…」
 「ゆ、湧?」
 湧はいずみに微笑んでからルイーナに向き直った。
 「ルイーナ、以前から疑問に思っていたんだけど…。水無月家って、アルファブラッド保有者って、どうやって子孫を残してきたんだ?」
 「子孫を残す? どういうこと? それ…」
 約1000年も連綿と家系を繋げることは容易なことではない。
 しかも、門外不出であるはずの血のつながりは、水無月家内で完結しなくてはならないはずだった。
 ところが近親者同士の婚姻は危険であり、1000年も続けられるはずはないのだ。
 湧はそのことにいち早く気付いたのだった。
 「もちろん同族内の婚姻で継続できるはずもないので、…人体改造が行われていたのは確認しています」
 「人体改造って言っても、どうやって? 現代でも一部の人造内臓などが開発された程度で、改造とまで言えるレベルじゃないだろう?」
 「輸血です」
 「え? そんな昔にそんな技術があったの?」
 「当然ありません。ただ、初代兼成氏の血は特殊な能力が備わっていると信じ、家族や工房の職人に飲ませたり、注射器のようなもので体内に押し込んだりしたようです」
 「うわぁ。それで成功したの?」
 いずみは苦い顔をして聞いた。
 「当然、全て失敗です。家族や職人のほとんどを失いました」
 「だろうねぇ。無謀すぎる」
 湧も嫌気を隠そうともせずに呻く。
 「初代兼成氏は追い込まれていました。人外の被害が多くなり、朝廷からも対処するように厳命されてしまいました。しかし、初代兼成氏一人では到底手が足りず、早期に能力者を集める必要があったのです」
 「でも、実験は失敗ばかりなんでしょ?」
 「ところが、ある日生まれて間も無い初代兼成氏の息子が大怪我をしたのですが、三日もすればすっかり怪我が治ってしまったそうです」
 「それって、まさか…」
 「そうです。初めてのアルファチルドレンだったのです。こうしてアルファブラッドの増殖方法が判りました」
 「あ、あのさルイーナ。判りましたって言ったって、出産は年に1回というか、産んだ後も育てるのにすっごく時間がかかるわよ?」
 「分かってますよ。そんなこと。だから初代兼成氏は…」
 さすがにルイーナも言い憎そうだが、さりげなく続けて言った。
 「50人程の女性に産ませました」
 「… … はい?」
 いずみは一瞬理解できなかった。
 しかし、フツフツと怒りのような感情が湧きあがってきた。
 「お、男って! 何て身勝手なのよっ!」
 ソファにあったクッションを思い切り湧に叩きつけた。
 湧は黙ってされるがままになっていた。
 「い、いずみぃ、YOUが悪いわけじゃないですよぉ」
 「わかってるけど、なんかムカついたから…」
 「俺は大丈夫だから、ルイーナ先を続けてくれ」
 湧は全く平静な声で促した。
 「は、はい(汗)。それで、5年ほどの間に75人が生まれ、そのうちの60%、45人がアルファブラッドの保有者、つまりアルファチルドレンでした」
 「ご、先祖さまぁ~」
 「その45人は大陸に送られ、道教の修練場に預けられました」
 「え? まだ小さい子は2歳くらいじゃないの?」
 「そうです。ただ、日本国内では特異な能力を隠しておけないので、やむをえないと思います」
 「どういうこと?」
 幼いうちから親と離れ離れにされる子供たちが可哀想だと思った。
 「いずみは幼い頃に、自分の身体の秘密を友達に話してましたか?」
 「ううん。私とさくらだけの秘密で、他の子には絶対に知られないようにしてた…
あ、そうか」
 「同じように水無月家の子供であっても、アルファチルドレンとそうでない子との間には決定的な違いがあり、一緒に生活するのは無理がありました」
 当時は他と違うこと自体が忌み嫌われる時代。ましてや同じ家の中に得体の知れないモノは決して受け入れない。
 「そういう子供たちを守るためにも、一刻も早くアルファチルドレンだけの生活環境を整える必要があったのではないでしょうか?」
 「なるほどね。ご先祖様も親心が少しはあったのかもね」
 いずみは苦々しく呟いた。
 「45人の子供たちは厳しい修行に耐え、全員が帰国しています。しかも全員が陰陽師以上の能力者として…」
 初代兼成氏は涙して子供たちの帰国を喜んだ。
 しかし、都は悪霊・妖怪などが押し寄せ、地獄の様相を呈していた。
 もはや一刻の猶予もない。初代兼成氏は即座に子供たちを悪霊討伐に乗り出した。
 「それが最初のお務めなの?」
 「そうです。約半年かかって悪霊を討伐し、巨大な結界で都全体を覆い、侵入できないように整備しました」
 その後、朝廷から特命を受け、水無月は正式に人外討伐を担うことになった。
 「で、それから約1000年間日本国内において、水無月の立場は変わりなくお務めを請け負ってきました」
 「うんうん。そうだった。そうだった」
 いずみは思い出したように頷いた。
 「今まではそれでよかったのですが、今後は米当局の指令を受けるので、便宜上コードネームが必要になりました」
 「コードネーム?」
 「そうです。今までは宮内庁からの要請のみでしたが、今後は米当局から直接指令を受けることもあるんです」
 いずみはしばらく惚けていたが、“ハタッ”と気付いた。
 「それって、特撮ヒーロー戦隊のチーム名みたいなものっ??」
 嬉々として叫んだ。
 「まあそんな感じです。ただ…」
 「じゃあ、じゃあディメンジョン戦隊ソウルガーディアンとかがいい!」
 ルイーナの声を遮って、痛々しい名前を宣言した。
 「あ、もうコードネームは決まっていて…」
 「ええっー!? そんなぁ、う~まあ、いいか。で、どんな名前?」

 「フラッパーズです」

 「… へ?」
 「フラッパーズです」
 ルイーナは再度その名を口にした。
 「… なにそれ?」
 眉間に縦皺を刻み、不満顔で抗議する。
 「仕方ありません。相談し合っている間に漏えいする危険もあるので、大抵は当局の方で決定するのです」
 「だって、それ、フラッパーって“お転婆”って意味でしょ? 酷すぎない?」
 「最近では、活発な、とか活き活きしてる様子だとか、いい意味でも使われてますよ?」
 ルイーナは額に汗を浮かべる。
 「それに、私たちの活動を表現してもいるのです。航空機の主翼についてる“フラップ”のように必要な時に必要な作用を行います。その様子が私たちの任務にぴったりだと言われて…」
 「… 言われて? 誰に?」
 「まあ、それは知らない方が いい と思います」
 「… … …」
 いずみは三白眼でルイーナを睨みつけた。
    <続く>
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