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第5章

5-10タイムリミット

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 〝大変なことになりました。神奈川県相模原市付近を中心とした広範囲に、突如ドーム状の巨大な雲が発生しました。雲は直後に急激な収縮が始まり、周辺の建物や樹木などあらゆるものが吸い込まれていきます〟

 午前8時5分、日本中のテレビ局は全ての番組を中断し、相模原で起こった前代未聞の事件の報道を開始した。

 〝何が起こったのか全く不明ですが、本日午前8時より相模原市内で開始された不発弾撤去作業に関係があると思われますが、現在調査中です〟

 テレビでは、報道ヘリから撮影されたドーム状の雲が収縮してゆく様子や、周辺の建物や樹木、自動車などが吸い込まれてゆく映像が繰り返し流されていた。
 日本政府からの公式な発表がない限り、テレビ局では無責任な報道ができないために殺到する抗議の電話にすら返答できないストレスが極限まで達していた。
 細菌兵器の可能性もあるため、現場周辺5km圏内は完全に封鎖されており、自衛隊員すら安全が確保できないという理由で立ち入りができなかった。

 時間経過とともに混乱が加速度的に広がり、野次馬が現場周辺に集まってきた。
 各所で封鎖している米軍兵士との間で小競り合いが発生して、暴動にまで発展し始める。
 当局もこれ以上抑えられないと判断して、同日正午に日本政府に調査結果を報告したため、政府発表が午後1時に行われることとなった。

 〝米軍司令本部より事件の第一報がもたらされたようです。この後、午後1時から日本政府から今回の事件の概要が発表されます。国民の皆さんは動揺せず、落ち着いて発表をお待ちください〟

 アナウンサーの方が動揺を隠せていなかったが、それでも事件概要が判ると安心したらしい。口調が若干穏やかになっていた。

 しかし、この前代未聞の大事件が簡単に解明できるはずもなく、政府発表も“不発弾撤去作業によるもの”、“爆弾の性質や威力は不明”、“事前に広範囲の避難が行なわれていたことでの一般市民の犠牲者はなし”、“作業に従事していた米軍兵士521人が不明”、“被害総額は概算で55兆円前後”など、一般市民が知りたい情報はほとんどなかった。
 ただ、爆弾は大戦中に極秘裏に研究・開発が進められていた“爆縮弾”であろうという追加情報がもたらされた。
 “爆縮弾”とは、通常の爆弾と異なり、火薬などの爆薬によって破裂し、破片や内蔵された鉄塊を吹き飛ばすものではない。
 爆弾そのものを中心に一定の範囲にミニブラックホールのような空間を生み出して、周囲の物質を飲み込んでしまう。
 理屈ではそうなるが、実際問題としてどうやったらミニブラックホールを作り出せるのかは全く不明だ。だから空想の産物とされていた。
 しかし、大戦中に理論はおろか試作品を作っていたことは、当局ですら把握してなかった。
 爆縮の範囲は約1km圏内。これが最小なのか最大なのかすら判っていない。
 ただ今回の爆縮によって、深さが500mほどの大穴が開いたことで上下左右問わず、球状に作用していることが判明した。
 問題はそこにあった“もの”がどこに行ったか? なのだ。
 爆縮後に吸い込まれた周辺の建造物や樹木は、大穴の底に瓦礫となって堆積していることが確認された。
 つまり、作用範囲内のすべての物質が消失したため、真空状態になり吸い込まれただけなのだ。
 細菌兵器の疑惑は無くなったものの、地盤が安定しないために一般人の立ち入りは半径6kmと広げられた。
 被害状況を調査するために自衛隊員の活動範囲は、半径3kmまでが許可された。
 もっともそれ以内は荒野の如く、一面むき出しの地面しか確認できなかった。
 復興の目処どころか、どこから手を付けていいのかすら誰にも解らない。

 「目下、日本政府は今後の具体的な対策を検討していますが、消失した空間の扱いに苦慮してる模様です」
 「そうか。しかし当局もいつまでも情報開示を行わないわけにはいかないだろうな」
 報告を受けて、兼成は渋い表情で返答した。
 「現在も水無月と宮内庁の関係を疑う警察や防衛庁のエージェントが、宗主のご自宅周辺に張り付いています。尻尾を掴まれたら今度は強硬手段に出るでしょう」
 「判っておる。しばらくは感づかれないように細心の注意を払ってくれ」
 「わかっております。ところで学校はいかがいたしますか?」
 「いつも通りに登校する。準備が出来次第、病気療養とするがな…」
 「承知致しました」
 分厚いファイルを閉じ、軽い礼をして男は退室した。

 ・ ー ー ー ・ ー ー ー ・

 「早くこの中に入ってください!」
 今、開けたばかりの扉 ー奥にソウルコンバーターのオリジナルが設置されているだろうと思われたー の中に入るのは大介でも勇気が必要だった。
 大介や坂戸、大山の3人にとって、扉を開いてからの時間の経過はない。
 それだけにルイーナの指示が理解できなかった。
 とはいえ、爆発までもう1分もない。
 ルイーナだけでなく、いずみや如月湧も事態を把握しているらしいと気づき、即座に応答した。
 意外なことに坂戸が真っ先に指示に従い、部屋に飛び込んでいく。
 6人が扉を通り、湧が扉を閉めた直後に地鳴りが起こり、世界が震えだした。
 そして…

 世界が眩い光に包まれて、大介の意識もろともすべてが消失した。

 ・ ー ー ー ・ ー ー ー ・

 〝夢を見ている〟

 いずみはそう考えていた。
 〝絶対に夢だ! これは夢に違いない〟
 強く確信した… …かった。
 〝夢でなきゃ…困るっ!〟
 もはや…何が何でも“夢”のせいにしたかった。

 が、すぐそばで微笑む優しい顔は、“夢”にしたくない。

 そんな矛盾した考えがいずみを満たしていた。

 (なぜ?)
 そっと問いかける。

 すると…

 (ここは、心の世界だから…)
 と、愛しい人の声が心に響いた。

 (ああ、そういう… …! ことじゃないわよっ!)
 突如 いずみは吠えた。

 (愛しいって… この私がっ? それも…)
 “湧”という固有名詞を、口に…心の中に現せない。

 なぜならそれが目の前にいるから…
 愛しくて苦しくてたまらない。
 だから力一杯抱きしめていた。

 しかも、一糸まとわぬ姿で…

 赤面なんてぬるい表現では言い表せない。

 マグマの如く、心が熱く赤々といる。

 怒りと違って、いや同じように限りなくヒートアップしてゆく。

 いずみはもう自分がわからなかった。
 こんなに湧を…アイシテイタ…?
 その言葉が心に紡がれた時…

 いずみの意識は“果て”た。

 ・ ー ー ー ・ ー ー ー ・

 初美は昔から真面目な性格だった。
 それが良いのか悪いのか、消極的に見られることが多かった。
 しかし、実際には好奇心旺盛な17歳の少女だ。

 ただ、己の身体的秘密を他人に悟られないよう厳命されていたため、必要以上に用心深い性格になってしまったという方が正しいだろう。

 坂戸の家と大山家は互いに水無月一派であった。
 家族ぐるみの交流があったため、まるで兄妹のように育てられた。

 …初美が坂戸に対する気持ちに気付くまでは…

 坂戸を異性として意識することになったのは、本当につい最近のことだった。

 初美は小学校に入学する前に、自分の使命を伝えられた。
 それは…
 ー水無月いずみと柳瀬川さくらを陰ながらサポートすることー
 そのために3人は必ず同じクラスに編入されてきた。
 具体的にボディガードのようなことをするのではなく、主に二人に近づくものの監視を行うことだ。
 さらに学業成績に関してのサポートもする予定だったが、これはさくらのおかげで初美の出番はなかった。
 二人に怪しまれないようにするためにクラス委員長を続けてきたが、これはお務めに関係なく、クラスメートの絶大な人気のおかげでいつも難なく任命されてきた。

 如月湧のことは転入時から知っていた。
 最初はただの内気な男子程度にか考えていなかった。二人との接点もほとんどなかったために、特に注意はしていなかった。
 が、如月湧が柳瀬川道場の弓道教室に通い始めた頃から事態は大きく変わった。
 学校では明るくクラスのイメージリーダーになり始めていた。

 この頃から、さくらが如月湧にほのかな恋心を抱いていたことは気づいていた。
 が、さくらも柳瀬川家の次期宗主という立場上、その恋を公にはできなかった。
 しかも湧がさくらではなく、いずみに気があることも…。
 さくらの辛さがこの時の初美には理解できなかった。

 そして…

 さくらが死んだ。

 その事実を初美が知ったのは、戦闘が終結してお社に帰還した後だった。
 身を挺して守るべきさくらが、別働隊だったことで役目を果たせなかったのだ。
 初美は身体が引き裂かれるほど後悔した。
 もちろん初美には一切の責任はなく、誰に咎められることもないが、初美は自分を苛んだ。
 その後、珍しく高熱にうなされ、3日間意識を失っていた。
 その間、坂戸がつきっきりで看病してくれたことを後日知る。

 さくらの無念を思い、初美はふさぎこんでいたが、坂戸は何も言わずに初美の愚痴とも泣き言ともつかぬ暴言を受け止めてくれていた。
 初美は坂戸がさくら達のすぐそばで、作戦をバックアップしていたことを知らなかった。
 初美の愚痴は、そのまま坂戸自身が抱えていた自責の念と何一つ変わらない。
 それでも何も言わずに、初美の暴言を聞いてくれた。

 だからではない。

 その坂戸の心の広さに初美は救われた。
 と、気づいてしまった。

 初めて、坂戸を異性として意識した。
 そのことが恥ずかしくて、妙にくすぐったくて、そして…
 愛おしく感じた。

 坂戸にはまだ初美の気持ちを伝えてはいない。
 今更恥ずかしくて、改まって告白する勇気がなかった。
 今までの関係が失われそうで、怖かった。

 でも、

 伝えておけばよかった…

 でも、もう遅い。
 もうすぐ何もかも無くなってしまうだろう。

 白い光の中で、
 遠のく意識の中で、

 初美は悲しく、後悔の涙を流した。

 6人の意識は白い光に塗りつぶされていった。
    <続く>
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