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第1章

13フレンズ

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 「本当に見えるのか? って、腕掴んでるし…」
 湧はマジマジといずみの手を見つめた。
 「それより…この人って…」
 「うわっ! 判ったんなら口に出さないでくれっ!」
 湧が慌てていずみの口に手を当てた。
 「ふんぐっ! がいふゆをよっ(何するのよっ)!」
 「ごめん。ただ落ち着いて話しを聞いて…ん?」
 いずみが何か言ってるのに気付く。それは…
 「(…たまえ…我が盟約に従い……大納言…)」
 「ああっ! 止めてくれっ! それ除霊の経文きょうもんじゃないかっ!」
 湧はいずみの手を引きはがし、女性を後ろにかばう。
 「如月君どういうつもりっ! この人は人外なのよっ! さては、あなた怪異と関係があるのね」
 「そうじゃない。俺の話しを聞いてくれ」
 今までこんなに動揺した湧を見た事が無かったから、いずみも戸惑った。
 それでも半身に構え、臨戦態勢は崩さないところは、その道のプロだった。
 「なら、洗いざらい話してもらいましょうか? 今、ここで!」
 いずみは高圧的に出る事にした。といっても、いつもこんな感じだったが…。
 湧はあたりを見回して、チラホラと見える人影を気にしていた。
 「あ、あのさ水無月…さん? ここじゃとっても具合が悪いので、どこか二人で話しが出来るとこに移動しないか?」
 半眼で睨みながら、いずみは湧によこしまな感情がないか見定めた。
 「二人きりになったら、口封じするつもりじゃないでしょうね。二人で…あれ? 三人きりっていうのかな?」
 どうでもいいことで悩むいずみに、湧は苦笑を漏らす。
 「あ、ごめんごめん。あまりにも物騒なこと言う割に、面白い事に拘るから…つい」
 後頭部をボリボリかきながら、湧は屈託ない笑顔で謝った。
 「あ~でも、どこか近くで人目のないところって、知ってる?」
 「この辺りは民家が多いから、人目の無いとこなんてないわよ」
 いずみの家の傍なので、いずみは幼い頃からこの付近で遊んでいた。
 特に南高橋周辺は住宅地なので、夕方のこの時間帯は買い物帰りの主婦があちこちに歩いている。
 「そうね、仕方ないから私のうちに行きましょ。私の部屋なら防音完備してるから、だれかに聞かれる事ないし…」
 いずみがとんでもない事を言い出したので、湧は即座に返答できなかった。
 「み、水無月さんの部屋ぁ?」
 「うん。だめかなぁ?」
 さっきまで湧を怪異の仲間と疑っていたのに、自分の部屋に誘ういずみのあっけらかんとした性格が眩しかった。
 「と、とんでもない。ってか、いいのか? 俺が行っても?」
 「だって、他人ひとに聞かれたくないんでしょ?」
 いずみは屈託ない顔で聞き返す。
 「水無月さんって、すごいな…」
 湧は正直な感想を口にしたが、今度は穿った捉え方をされた。
 「あによ! 人を化物みたいに。こんな可憐な女の子に失礼でしょ!」
 …と、その時に初めて湧の後ろにいた女性が笑ってるのにいずみは気付いた。
 「? この…ひと?…笑って…、というか私たちの話しが解ってるの?」
 「もちろん。まあ、そのことも後でちゃんと説明するから…今は彼女に視線を向けないでくれないか? 他人ひとが訝しむから…」
 湧がいずみに耳打ちするように告げた。
 女性が見えていない他人から見たら、まるっきり“バカップル”そのものだった。

 「あれ? このコンビニって水無月さんの家だったの? でもこの前巫女服着てなかった?」
 コンビニの横を通り、裏手に廻ったところで湧が聞いてきた。
 「うん。お母さんがやってるの。父さんはあっちの大砲塚神社の神主で、たまに巫女のバイトやってるから、この前の衣装もそのバイトのヤツよ。」
 「へえ、色々大変そうだなぁ。コンビニって経営大変なんでしょ?」
 「うちは割とこじんまりとやってるから、お母さんとアルバイトだけで何とかなってるの」
 マンションの1階はコンビニと貸テナント、マンションのエントランスなどがあり、裏側に隣接する大砲塚神社の社務所がある。
 いずみの自宅は社務所横の階段を上がった二階にあった。
 「あれ? 二階は水無月さんの家しかないの? 随分広いね」
 いずみの家の造りが、普通のマンションと大きく変わっていることに湧は気付いた。
 「社務所と繋がってる所は、禰宜さんたちの居室なの。私の家はこの玄関から左側だけよ」
 「それでもすごく大きいね。うらやましいぐらいだ」
 「そうは言っても家族5人じゃ、そんなに広くないよ。さ、入って入って」
 いずみは湧を招き入れ、自分の部屋に直行した。
 「え? あの…水無月さん? の部屋? ここ??」
 「うん」
 と、応えたところでいずみは現状を認識した。
 「あ、きゃぁ~~~~~、見るな見るな見るなぁ~」
 と、湧の目を手で覆うように飛びついた。
 《ドタンっ!》
 当然の如く、二人は部屋の入り口付近で抱き合う様に転がった。

 どのくらいの時間が経ったのか、いずみには判らなかった。
 両手は湧の両目を抑えていて、湧は倒れた時にいずみを支えようと手を出したまま硬直している。
 重なり合う様に倒れたため、いずみの顔は湧の顔と密着して……、
 「! (ぷはっ!)あ。」
 「? (……)」
 恐る恐る身を起こし、湧の上に馬乗りになるいずみ。
 塞がれていた目をゆっくりと開ける湧。
 何が起こったかは二人とも充分に理解してしまった。が、湧の手はいずみの胸に添えたままだった。
 《もにっ》
 無意識に握ってしまったことで、いずみも自分の胸の状況を確認した。
 「きゃぁぁぁぁ~っ!」
 「わわわっ~! ごめんごめんごめん」
 二人は飛び退き、湧はドアに、いずみはカーテンの陰に隠れた。
 「きききき、如月ゆうぅぅぅぅぅ~。よ、よくもよくもっ!」
 「ま、待ってくれ、とにかく落ち着いてくれぇ~~」
 連続して起こった事故?事件?に、湧自身混乱の極地だ。
 いずみに至っては、茹であがったタコみたいに全身が真っ赤になっていた。
 「いずみ? お客さまなの?」
 二人が硬直状態のナイスタイミングで、母親がキッチンから声をかけてきた。
 「うん。学校の友達がきてるの。何かおやつない?」
 「へっ? え?」
 いずみは何事も無かった様に部屋のローテーブルに座り、母親に返事しながら手振りで『早く座れ!』と命令していた。
 「あら、ボーイフレンドなんて珍しいわね。お店から何か持ってくるから、取り敢えずこんなものでも摘んでてちょうだい」
 母親はコーラとスナックを菓子皿にてんこ盛りにして持ってきた。
 普段スナック類をあまり食べない湧には、これで充分すぎたのだが…。

 「水無月さんの部屋って、素晴らしいね。あの超合金って初期ロットのパッケージじゃないか!」
 「恥ずかしいからあんまり見ないでよ! 女友達でもここにくると引いちゃうんだから」
 いずみが見せたくなかったもの、それは特撮ヒーローグッズやポスター類で隙間無く埋められた『おたく部屋』だったのだ。
 なのに、自分から部屋に誘うなんて暴挙は今まで一度もなかった。
 女友達も強引に遊びにきたいといいつつ、二度目はなかった。
 だから、学校では絶対に『特撮ヒーロー番組』ファンだということを隠してきたのだ。
 今ではさくら以外にいずみの趣味を知るものはいなかった。
 湧に対して、その意識が全く働かなかったのは、湧も『特撮ヒーロー』おたくだったからかも知れない。
 「ああ! あれは流さんのデビュー当時のサイン! すごい! 今では誰も持ってないぞ!」
 湧はいずみのコレクションの中でも、特に気に入ってるものばかりをピンポイントで絶賛した。その驚き方がうれしくて、つい顔がほころんでしまう。
 「如月君。今日は私のコレクションの話しじゃなくて…」
 さすがにそろそろ本題に入らないと…と、いずみは強引に話題を振った。
 「あ、そうだった。どこから話せばいいのか判らないけど…このひとは俺の姉さんだったんだ」
 「お姉さん? 亡くなった…ってこと?」
 いずみは申し訳なさそうに表情を曇らせた。
 「あ、違うんだ。正確にはなるはずだったひとという意味なんだ」
 「? え?」
 「俺とこのひとは、双子で生まれるはずだった。ところが、臨月直前にこのひとは母親の子宮から消えた」
 湧は試す様な表情でいずみに告げた。これはもっとも基本的な部分なので、この話しを理解してくれなければ先を続けることができなかった。と、湧は後日追加説明した。
 「俺は6歳まで、姉がいるはずだったことを知らなかった。親父はエネルギー開発の研究員で、ほとんど家にいなかった。が、ある日親父は母親を連れて研究所に行った」
 「あなたは? 一緒じゃなかったの? まだ6歳の子どもを一人おいていったの?」
 「そうなんだ。 夜になっても母親は帰ってこない。 仕方ないから冷蔵庫のものを食べていたけど、1週間くらい経った頃にやつれた母親が帰ってきた。そして…俺に包丁を向けた」
 「え? どういうこと? 母親に殺されかけたっていうの?」
 いずみは怒りが込み上げてきた。ほったらかしの上で子どもを殺しにくるとは…。
 「子どもの力じゃ、いくらやつれていたっていっても母親に敵う訳がない。俺は腕や背中を切られて、泣きながら家の中を逃げ回った」
 「酷い」
 いずみは口元を抑え、涙ぐんだ。教室では何の苦労もなく特撮ヒーローごっこに興じているお気楽なクラスメートにそんな過去があったなんて…、しかも自分はそんな彼をガキと見下していたのだ。心がキリキリ痛み出した。
 「水無月さん。その気持ちだけで俺は救われる思いがするよ。ありがとう」
 「ちがう! そんなに良い人間じゃないのよ私はっ! 何も知らないのに今までごめんなさいっ!」
 「優しいんだね、やっぱり。思った通りの人だ」
 「ぇ? どういう…」
 何か聞き漏らしていたのだろうか? いずみは湧の言い方に違和感を感じていた。
 「小学校の頃から、水無月さんの明るさで何度も救われてきたんだ。俺は…」
 「し、小学校ぉ? ごめんなさい、全然知らなかった…」
 「あ、いいんだ。さっきの話しで気付いたと思うけど、俺と関わると迷惑かけるから目立たない様にしてきたんだ」
 「? でも今は学校で特撮ヒーローごっこして目立ってるわよね?」
 「それについてはおいおい話すよ。母親に襲われた時、追いつめられてもうダメだ! と思った時にそれは現れた」
 急に神妙な顔をして湧が続ける。
 「最初はモヤッとした何かだったが、みるみる人の形になった。そして母親の後ろからおぶさる様に取り込んだ。やがて母親は魔人の様な不気味な顔が和らぎ、元の優しい顔になって…」
 「?」
 「次の瞬間には塩の結晶になった」
 「!」
 どこかで聞いた話に酷似している。いずみは直感的に今起こっている怪異との関連を疑った。
 「母親に触れると、一気に崩れて塩の山になってしまった」
 「はっ!」
 いずみはその時の湧の悲しみが手に取る様に判った。
 経緯はともかく、最後には母親として亡くなったのが唯一の救いなのかもしれなかった。
 「その後、気付くと部屋に俺と同じくらいの女の子がいた。初めて見た女の子なのに、とても懐かしい気がした。そして女の子は言った。俺の双子の姉で、母親を殺したのは私だと…」
 「え? 殺したのは怪異じゃないの?」
 「その女の子は、生まれていなかった。ずっと精神体としてこの世に留まっていたのだと言うんだ。俺も最初は理解出来なかった。けれど、時間をかけて女の子が説明してくれたので、今ではこの現実世界の構造をある程度、理解できた」
 「精神体って、いわゆる霊体ってこと? さっき触った時に感じたのは、いつも除霊してる怪異とは雰囲気が違ったけど…」
 「う~ん。なんて言ったらいいのかなぁ。精神体って意志があって、状況を理解できる高度な意識を持ってる。でも怪異とか霊体って、怨念や執念などの固定した意識しか持っていないと思うんだ。はっきり区別するのは難しいけど、対話が成立するかしないかで判るんじゃないかな?」
 「なるほど。それ、何となく判るわ。私も先日、除霊してる時に出会った女の子の霊が、泣くから除霊しないで手で撫でてあげたら、満足して成仏したわ。それまでは怪異って低級な霊だとばかり思っていたから、ビックリしたわ」
 いずみは苦笑いして、頬をかいた。
 「それで、その精神体はシンクロすることで、俺たち人間とともに活動できるんだよ。それが『フレンズ』なんだ」
 「『フレンズ』? 召喚霊って意味?」
 「いや、召還獣や霊って、人間が高位だという欺瞞の上にある。俺は違うと思うんで『友人』という意味で『フレンズ』と呼ばせてもらってるんだ」
 「で、彼女はあなたの『フレンズ』ってことなのね」
 いずみはやっと理解が追いついてきたものの、まだ納得はできていなかった。
 「俺のという意味はおかしいけどね。俺だけが彼女と話しができる訳じゃない。水無月さんも腕を握れたから、話しはできるはずだよ。つまり彼女を認識して、意識を交流できれば話しが出来るってことらしい」
 「でも認識って言っても、どこにでもいるわけじゃないから、どうやって交流するの?」
 「精神体になれれば、亡くなった人間でも『フレンズ』になれるそうだよ。ただし、死んでも精神を確立できる強固な精神が必要らしい。だから怨念の方が強くて、大抵の人間は怪異になってしまうそうだ」
 「どっちにもなれる? ってこと?」
 「はっきりは言えないけどね。強い精神を持っていれば、この現実世界に意識を維持できるらしい」
 難しすぎる…いずみはそろそろ限界だった。
 「如月君。このことは誰にも言わないから、時々『フレンズ』や精神体のことを教えてくれない? 私おばかだから一度に聞いても理解しきれないみたい。えへへ」
 「とんでもない! ここまで一気に話しができて凄くビックリしてるくらいだよ。水無月さんは決しておばかじゃない。それどころか、常識に捕われて大切なことを見逃す人がほとんどなのに、自分から疑問点を聞いてくれる。すごいよ。それ」
 湧に手放しの絶賛を受け、身体中が痒くなるように恥ずかしかった。
 「あ、あの…今日この部屋であったことは…絶対に内緒…だからね」
 と、言う間に真っ赤になっていずみは俯いた。
 「あ。も、もちろん。な、なんか色々ごめんなさい」
 今更ながら湧も真っ赤になって謝罪した。

 二人がそんな調子なので『絶対に夕食食べて行きなさい』という母親の命令は、丁重に辞退させてもらった。ただし、次回は絶対にご馳走になる約束をさせられた湧だった。
 湧を見送り、部屋に戻ったいずみは今までに感じたことのない胸の痛みに涙ぐんだ。
    <続く>
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