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第9話
「あの日の川越線_03」
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写真を見て涙をこぼしたあの日から、奈美さんは編集部に現れなかった。
編集長からのオーダーは、メールやサーバーへのアップロードで対応しているらしいから、仕事自体は変わりなくこなしているらしい。
103系3000番台の写真を見て懐かしさのあまり、涙したというなら理解できる。
でも、奈美さんが見たのはキハ110系の写真なのだ。
俺が写した写真に何かあったのかな? その時すぐに聞けば良かったのかもしれない。
だが、奈美さんの態度は全ての質問を拒絶しているように感じた。
それから早一ヶ月が過ぎ去ったが、未だに奈美さんは姿を見せなかった。
「おい! 今度、川越線活性化の一環として川越までの複線化が決定したらしいぞ。しかも川越西線(川越以西の俗称)には、新型車を導入するようだ。来週報道会見が行われるから、お前が行ってこい」
編集長が部屋の一番奥から叫んだ。慌ててデスクに駆け寄る。
「へえ、とうとう複線化ですか?」
「まあな。地元にとっては“やっと”といったところらしいがな」
「でも何で今頃なんですか?」
「ああ、もうじき開通80周年だし、電化から30年経ってるしな。そろそろ次の展開に移ろうということじゃないか?」
「…ち、中途半端ですねぇ…(笑)」
自治体から切望されていた複線化及び増発も、今までは沿線の人口推移や近年の少子化を理由に拒否されていた。
ところが、湘南新宿ラインや上野東京ラインにより首都圏からの旅客数が増え、バイパスの役目をしていた埼京線の増発が急務になってきた。
現状のままでは、大宮での折り返しと川越線内運用を分けている余裕がなくなってきた。
ならば、りんかい線~埼京線~川越線を一体化し、効率的な運用に変更することになった。
そのための川越線大宮(日進)~川越間複線化計画だった。
「でだな。問題はそこじゃない。川越西線の方なんだ」
「川越西線? 川越~高麗川間のことですか?」
「そうだ。そっちも今回の計画の一環として新型車両を導入して、活性化を図ろうと画策しているらしい」
「新型車両? でも今205系3000番台や209系3000・3100番台が配備されてますよね? まだまだ現役車両じゃないですか?」
「そうなんだよ。同形式が鶴見線や房総半島で活躍中だから、置き換える必要はないんだが、まったく新しい車両の導入を計画してるらしい」
「全く? 電車…なんですよね? 北海道のDMVとかLRVとかじゃなくて…」
「俺にも判らん。だから事前に調査して、来週の報道会見に挑んで欲しい」
あ、また編集長が無理難題を(笑)…、どうりで俺を名指しするわけだ。
「編集長ぉ~、全くわからないのにどうやって調査するんですかぁ」
しかし、俺の意見は聞き入れてもらえるはずもなく…。
「だから、お前に頼むんだろう。なんとかしてくれ(笑)」
「そんな無茶苦茶な…」
まあ、車両メーカーに勤務してる友達に聞いてみようか? と、当たりはつけているんだけどね。
…
…
…
甘かった…。
JRのことだから、新車開発はどこぞのメーカーと共同で行われると思っていた。
ところが、今回は全く不明。
開発中の試験車両の情報はいくつもあったが、“これだ”と確信を持てるものはなかったのだ。
そうこうしてるうちに報道会見の日を迎えてしまった。
「奈美さんお久しぶりです。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ。でも編集長から直々にご指名なんて光栄だわ」
と、言うもののどこかぎこちない。
本当に奈美さんはどうしたんだろう。
「ところで今日発表の新型車って何? 私、事前情報が全くないんだけど」
「俺も編集長から、調査しておけって言われたんですが、全く情報を掴めませんでした」
「これほど、厳重に情報統制してるのも珍しいわね」
「確かに…。ただ、今回の新型車は川越西線に投入されるということはどうにか掴めました」
「川越西線に? 現在の205・209系じゃダメなのかな?」
俺と同じことを言い出した(笑)
奈美さんが不思議がるのも当然だ。
現在の205系3000番台は2003年から、209系3000番台が1996年、3100番台が2005年と配備されてからまだ日が浅い。全て第2世代以降のステンレス車なので、埼京線車両のE233系7000番台と比べてもそれほど遜色はないのだ。
「どうなんでしょうか? ただ、これからの地方線のあり方を検証する。という意味合いもあるらしいです」
「でもハイブリッド車とかじゃないだろうしね。小海線や烏山線で実証中だし」
「まあ、こうなったら発表を待ちましょう」
「…それもそうね。今更いろいろ考えてもすぐに判るもんね(笑)」
そして、招待状と身分証明証(報道関係者であるための証明ができるもの)を提示の上、守秘義務に関する覚書に署名捺印を要求された。
報道規制は今日から一週間。その日にJRは大々的に発表を行い、その日の夕刊から規制は解かれることになっていた。
『今回は発表会と同時にできる限りの写真や動画を公開いたしたく、報道関係者みなさまのお力をお借りいたしと存じます。市井にインパクトを与えるべくこのような形で報道発表をさせていただきました。…』
多分発表会の司会者だろう。記者が通された会議場のような空間の上座に緞帳幕がかけられ、その前で案内をしていた。
「なんか奇妙なこと言ってますね」
「そんなに重大なことなのかな? 面白そうね(笑)」
奈美さんがちょっと元気になったからOKだ。
(ナイス! JR)
と、俺は心の中でガッツポーズを取る。
JR東日本社長や大宮支社長、鉄道総研の所長などの話の後、緞帳が左右に開き…、
「あ! ここって整備場の中だったんですね」
さらに広い空間が現れた。
しかし、その手前には白いカーテンが掛けられていて、大きく『EV-E103系』と書かれていた。
ビデオのライトやフラッシュが瞬き、一時騒然となった。
『長いお話をする前に、現車をお見せして理解を深めていただこうと思います』
その言葉が終わった直後、白いカーテンが下ろされて、その後ろに見慣れぬ…、いや馴染み深い車体が現れた。
「あれって、103系じゃないですか?」
「似てるけど違うわ。全くの新型車よ」
奈美さんに言われて、目を凝らしてよく見ると確かに103系とは違って見える。
10両編成の整備ができる規模の整備場内に照明が灯されて、新型の4両編成の電車が浮き上がった。
「これだけの車両を極秘裏に配給輸送できませんよ? ここで作ったんですかね?」
「いくらなんでもそれはないわよ。多分カムフラージュして、1両か2両ずつ運んだんじゃないかな?」
『皆さんが驚かれたのも無理はないと思います。この新型車は川越線電化当時に配備された103系3000番台を模して、極力当時のイメージを彷彿させられるようにいたしました。後ほど車内見学および、庫内ですが撮影のための時間を設けておりますので、もう少々開発経緯や車両説明にお付き合いください』
そう言って、いよいよ車両説明が始まった。
新型車はその形式名からハイブリッドではないことが解った。
“EV”は蓄電池駆動電車の記号であり、現在は烏山線が“EV-E301系”蓄電池車で運行中、JR九州でも“817系(DENCHA)”が試験中で、こちらは通常時には普通の817系電車として走行している。
さて、川越線の“EV-E103系”は中規模の輸送量を持ち、既存の電車と共有して運行するための実験が予定されている。
つまり、電化区間から非電化区間を自由に運行できる車両を目指しているのだそうだ。
しばらくは川越線内で通常走行と蓄電池による走行の効率を検証するとしている。
実験の目的やら、今後の川越線の改良計画の説明が終わった後、車両見学となった。
『今回、軽量化や車体塗装の技術継承を考え、アルミ車体でサーフェイサー下地に加え、塗装後の光沢処理も行いました。車体デザインは先ほどお話しした通り、103系後期車のイメージを再現してあります。ライトはLEDですが、敢えて“ブタ鼻”と言われたライトケースの中に取り入れました。前面は運転台窓を最大限天井近くまで一枚強化ガラスで覆っています。今まではガラス内側を黒くしていましたが、今回は全て車体色にして一体感を出しています』
その言葉通り、ライトケース部分はくり貫かれて一段飛び出している。
それがまさに103系高運転台車の“ブタ鼻”に見える、お茶目なデザインだ。
行き先表示や、運行番号表示はガラスの内側に収まっているが、遠目に見ればまさに103系そのものだった。
奈美さんはさっきから無言で熱心にシャッターを切っているが、いつものような熱を感じることができなかった。
気に入らないのかな? そう思いはしたが、尋ねるわけにいかないから取材が終わるまで我慢した。
それにしてもこの“EV-E103系”は綺麗だと思う。綺麗すぎる。
戦後、本格的な高性能車としてデビューした101系の強化版とはいえ、103系はコストパフォーマンスを第一に大量製造された車両なので、決して良い出来ではない。
ここに再現したと言われたが、前面、側面、車内ともに平滑すぎるのだ。
特に側面は構体自体が天井まで立ち上がり、屋根のヘリ部分が雨どいを兼ねているため、103系の側面についていた雨どい部分は真っ平らになっている。
代わりに塗装で銀色のラインが入っているので、遠目に見れば雨どいのように見える仕組みだ。
客用窓も103系とは違って左右2分割の一段降下窓なのだ。
室内は大型の袖きりやカンチレバー式のシート、手すりも湾曲したものが7人掛けシートを2・3・2に区切っている。
案内表示はドア鴨居部分に17インチが2画面。1つはこの車両のシステム解説が表示されていた。
外側遠景では103系に見えるが、他は全て最新型の電車だった。
「なんだか妙な気分ね。103系のリメイクって言われればそう見えるんだけど…、全然ワクワクしないのはなぜ?」
「え? 奈美さんもですか? 実は俺もさっきからなんか座りの悪い椅子に座らされているような、違和感があるんです」
「え? 座り? そう! そんな感じよ! なんでかな?」
「う~ん。よく判んないんですが、綺麗すぎません? これ」
と言って、指差した。
「なるほど! それだ!」
奈美さんは“ポン!”と手を打って、納得顔になった。
やっぱりカメラマンだなぁ。綺麗すぎるって言っただけで意味が通じたよ。
俺もファインダーを覗くときは、メインになる部分を強調するようにアングルを決める。そうするとサブのポイントとの駆け引きで、写真自体が立体的に見えるのだ。
しかし、この車両は全てがメインを主張してるように感じた。
それぞれが多すぎて、画角が安定しない。
多分切妻型で、ここまでシンプル及びインパクトがある車両は、東武50000系第1編成といい勝負だと思う。
ただ、こっちは車体全部がうぐいす(黄緑6号)色なので、走っている場面では、勝っているかもしれない。
「でも、奈美さん的には嬉しくないんですか? この新しい103系は…」
「え? ああ、73系がらみの話ね。私は特に103系が好きだったわけじゃないのよ」
「ん? でもこの前の川越での話は?」
「あれは父に教えてもらった逸話で、73系に関係があるって聞いただけでしょ? 私はその前に、103系にしてはドアに取っ手がついてたり、車体が妙に煤けてて洗ってもらえてないのかな? って考えてただけなのよ」
「はい? じゃあこの前小海線の写真見て…」
「それはキハ110系でしょ? 103系じゃないわよ?」
「じ、じゃあなんで涙を?」
「ハウ! それは言わないでよっ! 私にもいろいろあるのっ!」
そう言って、奈美さんは頬を膨らませながら、さっさと写真を撮りに行ってしまった。
…一体何なんだ? 納得がいかないまま、それでも俺は車両の使用諸元書をメモした。
(その日は資料の配布は行われず、発表会の直前に各関係者に送付すると言われたためだ)
<続く>
編集長からのオーダーは、メールやサーバーへのアップロードで対応しているらしいから、仕事自体は変わりなくこなしているらしい。
103系3000番台の写真を見て懐かしさのあまり、涙したというなら理解できる。
でも、奈美さんが見たのはキハ110系の写真なのだ。
俺が写した写真に何かあったのかな? その時すぐに聞けば良かったのかもしれない。
だが、奈美さんの態度は全ての質問を拒絶しているように感じた。
それから早一ヶ月が過ぎ去ったが、未だに奈美さんは姿を見せなかった。
「おい! 今度、川越線活性化の一環として川越までの複線化が決定したらしいぞ。しかも川越西線(川越以西の俗称)には、新型車を導入するようだ。来週報道会見が行われるから、お前が行ってこい」
編集長が部屋の一番奥から叫んだ。慌ててデスクに駆け寄る。
「へえ、とうとう複線化ですか?」
「まあな。地元にとっては“やっと”といったところらしいがな」
「でも何で今頃なんですか?」
「ああ、もうじき開通80周年だし、電化から30年経ってるしな。そろそろ次の展開に移ろうということじゃないか?」
「…ち、中途半端ですねぇ…(笑)」
自治体から切望されていた複線化及び増発も、今までは沿線の人口推移や近年の少子化を理由に拒否されていた。
ところが、湘南新宿ラインや上野東京ラインにより首都圏からの旅客数が増え、バイパスの役目をしていた埼京線の増発が急務になってきた。
現状のままでは、大宮での折り返しと川越線内運用を分けている余裕がなくなってきた。
ならば、りんかい線~埼京線~川越線を一体化し、効率的な運用に変更することになった。
そのための川越線大宮(日進)~川越間複線化計画だった。
「でだな。問題はそこじゃない。川越西線の方なんだ」
「川越西線? 川越~高麗川間のことですか?」
「そうだ。そっちも今回の計画の一環として新型車両を導入して、活性化を図ろうと画策しているらしい」
「新型車両? でも今205系3000番台や209系3000・3100番台が配備されてますよね? まだまだ現役車両じゃないですか?」
「そうなんだよ。同形式が鶴見線や房総半島で活躍中だから、置き換える必要はないんだが、まったく新しい車両の導入を計画してるらしい」
「全く? 電車…なんですよね? 北海道のDMVとかLRVとかじゃなくて…」
「俺にも判らん。だから事前に調査して、来週の報道会見に挑んで欲しい」
あ、また編集長が無理難題を(笑)…、どうりで俺を名指しするわけだ。
「編集長ぉ~、全くわからないのにどうやって調査するんですかぁ」
しかし、俺の意見は聞き入れてもらえるはずもなく…。
「だから、お前に頼むんだろう。なんとかしてくれ(笑)」
「そんな無茶苦茶な…」
まあ、車両メーカーに勤務してる友達に聞いてみようか? と、当たりはつけているんだけどね。
…
…
…
甘かった…。
JRのことだから、新車開発はどこぞのメーカーと共同で行われると思っていた。
ところが、今回は全く不明。
開発中の試験車両の情報はいくつもあったが、“これだ”と確信を持てるものはなかったのだ。
そうこうしてるうちに報道会見の日を迎えてしまった。
「奈美さんお久しぶりです。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ。でも編集長から直々にご指名なんて光栄だわ」
と、言うもののどこかぎこちない。
本当に奈美さんはどうしたんだろう。
「ところで今日発表の新型車って何? 私、事前情報が全くないんだけど」
「俺も編集長から、調査しておけって言われたんですが、全く情報を掴めませんでした」
「これほど、厳重に情報統制してるのも珍しいわね」
「確かに…。ただ、今回の新型車は川越西線に投入されるということはどうにか掴めました」
「川越西線に? 現在の205・209系じゃダメなのかな?」
俺と同じことを言い出した(笑)
奈美さんが不思議がるのも当然だ。
現在の205系3000番台は2003年から、209系3000番台が1996年、3100番台が2005年と配備されてからまだ日が浅い。全て第2世代以降のステンレス車なので、埼京線車両のE233系7000番台と比べてもそれほど遜色はないのだ。
「どうなんでしょうか? ただ、これからの地方線のあり方を検証する。という意味合いもあるらしいです」
「でもハイブリッド車とかじゃないだろうしね。小海線や烏山線で実証中だし」
「まあ、こうなったら発表を待ちましょう」
「…それもそうね。今更いろいろ考えてもすぐに判るもんね(笑)」
そして、招待状と身分証明証(報道関係者であるための証明ができるもの)を提示の上、守秘義務に関する覚書に署名捺印を要求された。
報道規制は今日から一週間。その日にJRは大々的に発表を行い、その日の夕刊から規制は解かれることになっていた。
『今回は発表会と同時にできる限りの写真や動画を公開いたしたく、報道関係者みなさまのお力をお借りいたしと存じます。市井にインパクトを与えるべくこのような形で報道発表をさせていただきました。…』
多分発表会の司会者だろう。記者が通された会議場のような空間の上座に緞帳幕がかけられ、その前で案内をしていた。
「なんか奇妙なこと言ってますね」
「そんなに重大なことなのかな? 面白そうね(笑)」
奈美さんがちょっと元気になったからOKだ。
(ナイス! JR)
と、俺は心の中でガッツポーズを取る。
JR東日本社長や大宮支社長、鉄道総研の所長などの話の後、緞帳が左右に開き…、
「あ! ここって整備場の中だったんですね」
さらに広い空間が現れた。
しかし、その手前には白いカーテンが掛けられていて、大きく『EV-E103系』と書かれていた。
ビデオのライトやフラッシュが瞬き、一時騒然となった。
『長いお話をする前に、現車をお見せして理解を深めていただこうと思います』
その言葉が終わった直後、白いカーテンが下ろされて、その後ろに見慣れぬ…、いや馴染み深い車体が現れた。
「あれって、103系じゃないですか?」
「似てるけど違うわ。全くの新型車よ」
奈美さんに言われて、目を凝らしてよく見ると確かに103系とは違って見える。
10両編成の整備ができる規模の整備場内に照明が灯されて、新型の4両編成の電車が浮き上がった。
「これだけの車両を極秘裏に配給輸送できませんよ? ここで作ったんですかね?」
「いくらなんでもそれはないわよ。多分カムフラージュして、1両か2両ずつ運んだんじゃないかな?」
『皆さんが驚かれたのも無理はないと思います。この新型車は川越線電化当時に配備された103系3000番台を模して、極力当時のイメージを彷彿させられるようにいたしました。後ほど車内見学および、庫内ですが撮影のための時間を設けておりますので、もう少々開発経緯や車両説明にお付き合いください』
そう言って、いよいよ車両説明が始まった。
新型車はその形式名からハイブリッドではないことが解った。
“EV”は蓄電池駆動電車の記号であり、現在は烏山線が“EV-E301系”蓄電池車で運行中、JR九州でも“817系(DENCHA)”が試験中で、こちらは通常時には普通の817系電車として走行している。
さて、川越線の“EV-E103系”は中規模の輸送量を持ち、既存の電車と共有して運行するための実験が予定されている。
つまり、電化区間から非電化区間を自由に運行できる車両を目指しているのだそうだ。
しばらくは川越線内で通常走行と蓄電池による走行の効率を検証するとしている。
実験の目的やら、今後の川越線の改良計画の説明が終わった後、車両見学となった。
『今回、軽量化や車体塗装の技術継承を考え、アルミ車体でサーフェイサー下地に加え、塗装後の光沢処理も行いました。車体デザインは先ほどお話しした通り、103系後期車のイメージを再現してあります。ライトはLEDですが、敢えて“ブタ鼻”と言われたライトケースの中に取り入れました。前面は運転台窓を最大限天井近くまで一枚強化ガラスで覆っています。今まではガラス内側を黒くしていましたが、今回は全て車体色にして一体感を出しています』
その言葉通り、ライトケース部分はくり貫かれて一段飛び出している。
それがまさに103系高運転台車の“ブタ鼻”に見える、お茶目なデザインだ。
行き先表示や、運行番号表示はガラスの内側に収まっているが、遠目に見ればまさに103系そのものだった。
奈美さんはさっきから無言で熱心にシャッターを切っているが、いつものような熱を感じることができなかった。
気に入らないのかな? そう思いはしたが、尋ねるわけにいかないから取材が終わるまで我慢した。
それにしてもこの“EV-E103系”は綺麗だと思う。綺麗すぎる。
戦後、本格的な高性能車としてデビューした101系の強化版とはいえ、103系はコストパフォーマンスを第一に大量製造された車両なので、決して良い出来ではない。
ここに再現したと言われたが、前面、側面、車内ともに平滑すぎるのだ。
特に側面は構体自体が天井まで立ち上がり、屋根のヘリ部分が雨どいを兼ねているため、103系の側面についていた雨どい部分は真っ平らになっている。
代わりに塗装で銀色のラインが入っているので、遠目に見れば雨どいのように見える仕組みだ。
客用窓も103系とは違って左右2分割の一段降下窓なのだ。
室内は大型の袖きりやカンチレバー式のシート、手すりも湾曲したものが7人掛けシートを2・3・2に区切っている。
案内表示はドア鴨居部分に17インチが2画面。1つはこの車両のシステム解説が表示されていた。
外側遠景では103系に見えるが、他は全て最新型の電車だった。
「なんだか妙な気分ね。103系のリメイクって言われればそう見えるんだけど…、全然ワクワクしないのはなぜ?」
「え? 奈美さんもですか? 実は俺もさっきからなんか座りの悪い椅子に座らされているような、違和感があるんです」
「え? 座り? そう! そんな感じよ! なんでかな?」
「う~ん。よく判んないんですが、綺麗すぎません? これ」
と言って、指差した。
「なるほど! それだ!」
奈美さんは“ポン!”と手を打って、納得顔になった。
やっぱりカメラマンだなぁ。綺麗すぎるって言っただけで意味が通じたよ。
俺もファインダーを覗くときは、メインになる部分を強調するようにアングルを決める。そうするとサブのポイントとの駆け引きで、写真自体が立体的に見えるのだ。
しかし、この車両は全てがメインを主張してるように感じた。
それぞれが多すぎて、画角が安定しない。
多分切妻型で、ここまでシンプル及びインパクトがある車両は、東武50000系第1編成といい勝負だと思う。
ただ、こっちは車体全部がうぐいす(黄緑6号)色なので、走っている場面では、勝っているかもしれない。
「でも、奈美さん的には嬉しくないんですか? この新しい103系は…」
「え? ああ、73系がらみの話ね。私は特に103系が好きだったわけじゃないのよ」
「ん? でもこの前の川越での話は?」
「あれは父に教えてもらった逸話で、73系に関係があるって聞いただけでしょ? 私はその前に、103系にしてはドアに取っ手がついてたり、車体が妙に煤けてて洗ってもらえてないのかな? って考えてただけなのよ」
「はい? じゃあこの前小海線の写真見て…」
「それはキハ110系でしょ? 103系じゃないわよ?」
「じ、じゃあなんで涙を?」
「ハウ! それは言わないでよっ! 私にもいろいろあるのっ!」
そう言って、奈美さんは頬を膨らませながら、さっさと写真を撮りに行ってしまった。
…一体何なんだ? 納得がいかないまま、それでも俺は車両の使用諸元書をメモした。
(その日は資料の配布は行われず、発表会の直前に各関係者に送付すると言われたためだ)
<続く>
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