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エラーエラー、パンチラエラー!
しおりを挟む──翌朝。
ゴクリと息を呑み、夏恋が自転車に跨るのを見つめる。
一挙手一投足を見逃さないように、目を凝らして全集中。
──現在、ツーストライク。
二度に渡って、あまつさえ連続でパンツを拝めなかった記憶が蘇る。
不安を煽るように、俺の心を擽る。
登校直前の玄関先というマウンドに立つ俺は、さながら九回裏二死満塁の場面でバッターボックスに立つ最後の男!
一打逆転。さよならの場面。
風は穏やかながらに吹いている。
まるでスカートがめくれるようにと後押ししているようだ。
走り出しは必ず立ち漕ぎになる。その瞬間、閉ざされた乙女の扉は開かれる!
幾度となく見てきたからわかる。
今日は100%めくれる日!
99.9%じゃない。100%だ!
過去一度もめくれなかった日はない絶好のパンチラ日和!
さぁ、夏恋!
その秘めたるスカートの内側を! ご尊顔を今こそ拝ませてもらうぞ!
…………べつに。パンツが見たいわけじゃないんだ。……違うんだ。
ここ最近、夏恋の様子が少しおかしい。
まるで、二度のパンチラエラーがこの未来を予見していたかのような、負の前兆に思えて仕方がない。
だから三度目は是が非でも避けたい。
いや。三度目なんてあってはならない。
祈るような気持ちで見つめる──。
そのスカートの端がめくれ、可愛らしいパンツが“こんにちは!”する未来を信じて──。
「じゃあ先輩。そういうことで! 少し遅れるかもしれないので、そのときは放課後デートはなしで!」
ハッ。いかんいかん。
スカートの端に集中し過ぎてまったく聞いてなかった。
でもこの内容なら、俺の取る選択肢は決まっている。来るまで待つ!
昨日に続き、今日もスーパーの特売に行く約束してたからな。そのことだろう。
「おう! わかった! 気をつけて行ってこいよ!」
「はいはーい! 先輩もねー」
そうして走り出す──。
力強くペダルを踏んで颯爽と……。さ、さっそう……と……? 立ち……漕が……ない?!
立ち漕がないだと?!
いや、待て……。な、なんだこれは?!
目の前に広がる、未だかつて見たことのない光景に絶句する。
スカートがお尻とサドルの間にジャストフィット。挟まれ状態のサンドイッチ──。
う、嘘……だろ?
それはまごうことなき、三度目のパンチラエラーが確定した瞬間でもあった。
……あぁ、終わった。
ストラァァ~イク!
バッターアウトー!
ゲームセェェット! ……ゲームセーッ……ゲーセーッ…………──。
脳内に試合終了の合図が鳴り響く──。
……100%めくれるはずだった。過去のデータはそう示していた。
「なんだよ……これ……。八百長かよ……」
偶然や奇跡と呼ぶにはあまりにも出来過ぎていた。
まるでスカートが意思を持ち、サドルとお尻の間に挟まりに行ったようにも見えた。
スカートに精霊でも宿っているのだろうか。
──違う。
スカートの操縦者ならばある程度は自由に動かせるはずだ。そうでなければ世の中はもっと、不可避なパンチラであふれかえっている。
なにより朝の行ってきますの際に、夏恋が立ち漕がずにサドルに座る姿なんて初めてみた。
いつだって颯爽と駆け抜ける姿に、毎朝元気をもらっていたんだ……。
「それがどうして、突然……」
思えば、過去二回のパンチラチャンスも出来レースだったような気がする。
もしこれが偶然や奇跡ではなく夏恋の意思なのだとしたら、パンチラエラーとの因果関係は明白だ。
だったらどうする……?
このまま諦めていいのか……?
今ならまだ──。
そう思った時には既に走り出していて、夏恋を追いかけていた。
呼び止めてどうするのか。
パンツ見せてと言うのだろうか。
ちょっとその自転車の乗り方は違うんじゃない? と、物言いをつけてしまうのだろうか。
わからない。わからないけど、動き出したこの足は、もう止まれない。
ここでゲームセットなんて、認めない!
「かっ────」
まさに、夏恋の名前を叫ぼうとした時──。
幸か不幸か、ポケットの中のスマホがブブーッと震えた。
その振動にハッとし我にかえる。
「俺はいったい……なにを……」
パンツを見たいが為に追いかけ引き止めようとしていた……のか。
あまつさえ物言いまでつけようとして、パンチラエラーの判定を覆そうとした……のか。
他でもない妹である夏恋に……。
こんなの……。兄として失格じゃないか。いや、それ以前に一人の男としても失格だ。
目の前のパンツに固執するばかりに、いつの間にか目的と手段が入れ替わっていた。
今更パンツを見たからといって、問題の解決とはならない。
何故、スカートを巧みに操縦してパンチラエラーを引き起こしているのか。そういう話だ。
危うく、取り返しのつかない過ちを犯してしまうところだった……。危ない危ない……。
ふぅ。
落ち着きを取り戻したところで──。
ファインプレーとも言えるスマホを取り出すと、柊木さんからメッセージが一件。
『おはよ~! ちょうど家出たところかな~? 間違って学校とは逆方向に走ったりしたらだめだぞ~? それから、ちゃんとデネブDLしてくれたんだね! えらーいぞ☆』
鳥肌が立った。同時に救いの女神に思えた。
冗談交じりのメッセージはダイレクトに今の状況を寸分違わず現していて、それはまるで神のお告げのようだった。
柊木さんの株価が連日ストップ高で上がっているからなのか、大きな見落としをしていたことに気がつく。
夏恋と葉月は不仲だけど、柊木さんの場合は違う。夏恋が一方的に嫌悪感を抱いているだけだ。
話を聞く限り、柊木さんは妹のように慕っていると言うじゃないか!
なんで今まで気が付かなかったんだよ!
緩々の天然系女子である葉月が冷気を纏い冷酷に「その話、いらない」と言うのとはわけが違うだろって!
つまり、夏恋と葉月は犬猿の仲で話題に出すことさえもタブーだけど、柊木さんには夏恋との事を相談できるんだ!
二人が仲良くなればパンチラエラーだって止まるかもしれない!
そうと決まれば! 柊木さんに返信だ!
『駆け出すのなら、いっそ凛々のもとへと飛んで行きたい。なんて! 学校行く前にメッセージをもらえただけで最高の一日の始まりですよ!
こうして朝から電波越しに繋がれるなんて、俺は世界一幸せな男かもしれません!
でもやっぱり声が聞きたいな。顔を見ながらゆっくりお話したいです。来週シフト被ってる日のバイト上がりに、お時間作っていただけると嬉しいです!』
よしっ!
さり気なく愛を語り、彼氏のフリのお役目を果たす! それでいて目的である要件を伝えることも忘れない!
要領さえ掴めば簡単だな!
送信ッ──!
☆
──そうして、事態は取り返しのつかないことになる。
この時、夏恋を追いかけて「パンツ見せて!」と、声を大にして叫ぶことが正解だったと知るのはずっと先──。
俺はもっと考えるべきだったんだ。
何故、パンチラエラーが起こったのかではなく、どうして今までパンツが見えていたのかを──。
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