30 / 41
第13話ー⑤
しおりを挟む
「……………はっ!」
まだだ。諦めるにはまだ早い!
「クソッ! 5分も持っていかれた!」
時計を見て愕然。
思考停止の諦めモードで大切な時間の半分を失ってしまった。
このまま自分の部屋でうだうだしていれば、先程の恐怖は現実となる。
このドアの先から柊木さんが、来る!
それだけは避けなければならない。
なにも柊木さんに会いたくないわけじゃない。むしろ少し気まずいから、来週に控えるバイトの出勤前に仲直りしたい気持ちもある。
でも──。
今来たら、仲直りどころの騒ぎじゃなくなる。
夏恋の中で葉月化する柊木さんを考えれば、この状況がいかにヤバイのか想像に容易い。
だから先手必勝!
【お出迎え大作戦】を決行する!
内容は至ってシンプル。家の外に出て柊木さんを待ち構える。ただ、それだけ!
こうして家に居るより可能性はあるはずだ。
とりあえず着替えないと。部屋着のヨレヨレTシャツじゃダメだ!
一張羅に着替えるんだ!
……で、洒落た服なんて持ってないから無難に高校の制服に着替えた。
べ、べつに。おかしくはないよな。
だってこれしかないし。あるにはあるけど、これしかないし……。
☆
そしてまた──。
ノックもなしに俺の部屋のドアが開く──。
「お湯張り替えようと思ったんだけどさ、まだ熱いしなんか勿体無い気がしちゃって。って、お兄?! なんで制服着てるの?」
「お、おう……」
あ……。考えてなかった。夏恋になんて言えばいいんだ……。
「いやいや、おかしいでしょ? なに? どうしたの?」
もうだめだ。誤魔化し切れる状況じゃない……。
「ちょっと柊木さんに会って来ようかな、なんて」
「は? 今から?」
怖い怖い。目がギラついてる……。
「お、おう……。既読無視にもめげずに連絡してみたら会おうってことになってな、今向かって来てるらしい」
「本当に勝手な女だな。何時だと思ってんだよ」
ひぃ……。完全に葉月の話題を振った時と同じ顔だ……。
「一応、寝ないで待ってるから。帰らないようなら連絡して」
帰らない、なんてことがあるのか。
いや、この場合は帰れない……のか。
あれっ。これから柊木さんと会って俺はなにをするんだ?
いやいや。俺は必ずこの場所に戻ってくる! そうじゃないと困る!
「一秒でも早く帰ってこれるようにするから!」
そう。俺は帰ってくるんだ。絶対に!
「いや、べつにいいし。お兄だって男だし、そういうことなんでしょ」
ど、どういうこと?!
あれ……?
本当に俺、何しに行くんだ……?
☆
とりあえず外に出た。柊木さんが来る以上、やることは変わらない。
【お出迎え大作戦】を決行するのみ!
とりあえず表札を傘で覆う。
こうすることで、自然に表札を隠せるからだ。
作戦に抜かりはない。
家を案内する風を装って、近所を延々と徘徊すればいい。たとえそれで柊木さんが怒ったとしても、家に招くよりは百億倍マシだ。
………………………。
あぁ。なんかちょっと、泣きそうになってきた。
……どうして、こんなことになっちゃったのかな。
時刻は午後11時。閑静な住宅街にひとりポツン。自分があまりにもちっぽけな存在に思えて、急に弱気が襲ってくる。
しかし、時は待ってはくれない。
ブォォォンと物凄い勢いで自動車が来たかと思えば、キキィィーとブレーキ音が鳴り響いた。
な、な、なんだぁ? と思うと自動車のてっぺんが光っている。俺はこの車を知っていた。
タクシーだ!
距離にして50mはありそうな位置でカチカチとハザードランプが点滅を始めた。
柊木さんが、来た!
俺は走った。少しでも自宅から遠い位置で柊木さんと会うために。家には上げない。その一心で──。
すると、柊木さんも俺に気付いたのかこちらに向かって走ってきた。
あれ、何を話したらいいんだろ。
縮まる距離を前に、そんな不安が脳裏を過ぎる。
距離、四○メートル……三○メートル……二○メートル……。
どんどん近づく。
そしてゆっくりと減速して足を止めるも、柊木さんはそのまま止まることなく──。
いや、待って! ぶ、ぶつかる──。
……あぁ、そうか。
ラリアットが飛んでくるのか……。考えなかったわけじゃない。柊木さんは怒っているんだ。
言われるがまま呑気にのこのこ出てきた自分を哀れむも、これで丸く収まるのなら……。
受け入れ体勢で瞳を閉じると──。
────ぎゅっ。むぎゅぎゅぎゅ!
「れんや君みーっけ!」
「?! どどど、どうも! こんばんわんわんわん!?」
な、なに? どういう状況?!
ぎゅって、ぎゅぎゅぎゅって抱き着かれてる?! ラリアットは?! 俺を屠りに来たわけじゃ、ない?!
「ねえ、れんや君はぎゅってしてくれないの?」
「い、今するであります!」
い、言われた通りにしないと!
なにがなんだかわからないけど、言われた通りにしないと!
「だめ。足りない。もっと強くして」
「しょ、精進するであります!」
「さっきから言葉遣いが変だぞ~? 可愛いなぁ、もぉ!」
「す、す、すみません!!」
あぁ、なんかもう……わからない。
わからないけど無性に安心する。
柊木さんの甘いスイーツのような香りが鼻を通して脳に直接入ってくる。
──ゼロ距離マシュマロホールド。
やましい気持ちよりも安心感が勝る。不思議な感覚。
気付いたら──。
強く抱きしめていた。
「うん。ありがとう。ここは私だけの場所」
その言葉にドキッと脈打つも、柊木さんは唐突に、何故かゆっくりと数字を数え始めた。
「じゅう。…………きゅう。…………はーち」
いや、これは、カウントダウン……?
「なーな。…………ろーく。…………ごー」
あれれ。やっぱり屠られるのか……?
死のカウントダウン……?
「よーん。…………さん。…………にー」
カウントが終わりに近づくにつれて、柊木さんの両腕に力が入る。ぎゅっと具合が増していく──。
俺もそれにつられるように、強く。強く抱きしめていた。
「いーーーーち!」
不思議と名残惜しさを感じていた。
死のカウントダウンかもしれないのに、終わってしまうと思うと、切なくなる。
「……ゼーロ!」
そして数え終わると、柊木さんからスッと力が抜けゼロ距離マシュマロホールドは解除された。
「補給完了! れんや君で満たされましたッ!」
可愛く敬礼をする姿に、心を掴まれたような気持ちになる。
まるで魔法にでも掛けられたような感情が湧き出てくる。
あれ、俺……。どうしちゃったんだろう。
ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ──。
柊木さんの背中に、天使の羽が見えた──。
まだだ。諦めるにはまだ早い!
「クソッ! 5分も持っていかれた!」
時計を見て愕然。
思考停止の諦めモードで大切な時間の半分を失ってしまった。
このまま自分の部屋でうだうだしていれば、先程の恐怖は現実となる。
このドアの先から柊木さんが、来る!
それだけは避けなければならない。
なにも柊木さんに会いたくないわけじゃない。むしろ少し気まずいから、来週に控えるバイトの出勤前に仲直りしたい気持ちもある。
でも──。
今来たら、仲直りどころの騒ぎじゃなくなる。
夏恋の中で葉月化する柊木さんを考えれば、この状況がいかにヤバイのか想像に容易い。
だから先手必勝!
【お出迎え大作戦】を決行する!
内容は至ってシンプル。家の外に出て柊木さんを待ち構える。ただ、それだけ!
こうして家に居るより可能性はあるはずだ。
とりあえず着替えないと。部屋着のヨレヨレTシャツじゃダメだ!
一張羅に着替えるんだ!
……で、洒落た服なんて持ってないから無難に高校の制服に着替えた。
べ、べつに。おかしくはないよな。
だってこれしかないし。あるにはあるけど、これしかないし……。
☆
そしてまた──。
ノックもなしに俺の部屋のドアが開く──。
「お湯張り替えようと思ったんだけどさ、まだ熱いしなんか勿体無い気がしちゃって。って、お兄?! なんで制服着てるの?」
「お、おう……」
あ……。考えてなかった。夏恋になんて言えばいいんだ……。
「いやいや、おかしいでしょ? なに? どうしたの?」
もうだめだ。誤魔化し切れる状況じゃない……。
「ちょっと柊木さんに会って来ようかな、なんて」
「は? 今から?」
怖い怖い。目がギラついてる……。
「お、おう……。既読無視にもめげずに連絡してみたら会おうってことになってな、今向かって来てるらしい」
「本当に勝手な女だな。何時だと思ってんだよ」
ひぃ……。完全に葉月の話題を振った時と同じ顔だ……。
「一応、寝ないで待ってるから。帰らないようなら連絡して」
帰らない、なんてことがあるのか。
いや、この場合は帰れない……のか。
あれっ。これから柊木さんと会って俺はなにをするんだ?
いやいや。俺は必ずこの場所に戻ってくる! そうじゃないと困る!
「一秒でも早く帰ってこれるようにするから!」
そう。俺は帰ってくるんだ。絶対に!
「いや、べつにいいし。お兄だって男だし、そういうことなんでしょ」
ど、どういうこと?!
あれ……?
本当に俺、何しに行くんだ……?
☆
とりあえず外に出た。柊木さんが来る以上、やることは変わらない。
【お出迎え大作戦】を決行するのみ!
とりあえず表札を傘で覆う。
こうすることで、自然に表札を隠せるからだ。
作戦に抜かりはない。
家を案内する風を装って、近所を延々と徘徊すればいい。たとえそれで柊木さんが怒ったとしても、家に招くよりは百億倍マシだ。
………………………。
あぁ。なんかちょっと、泣きそうになってきた。
……どうして、こんなことになっちゃったのかな。
時刻は午後11時。閑静な住宅街にひとりポツン。自分があまりにもちっぽけな存在に思えて、急に弱気が襲ってくる。
しかし、時は待ってはくれない。
ブォォォンと物凄い勢いで自動車が来たかと思えば、キキィィーとブレーキ音が鳴り響いた。
な、な、なんだぁ? と思うと自動車のてっぺんが光っている。俺はこの車を知っていた。
タクシーだ!
距離にして50mはありそうな位置でカチカチとハザードランプが点滅を始めた。
柊木さんが、来た!
俺は走った。少しでも自宅から遠い位置で柊木さんと会うために。家には上げない。その一心で──。
すると、柊木さんも俺に気付いたのかこちらに向かって走ってきた。
あれ、何を話したらいいんだろ。
縮まる距離を前に、そんな不安が脳裏を過ぎる。
距離、四○メートル……三○メートル……二○メートル……。
どんどん近づく。
そしてゆっくりと減速して足を止めるも、柊木さんはそのまま止まることなく──。
いや、待って! ぶ、ぶつかる──。
……あぁ、そうか。
ラリアットが飛んでくるのか……。考えなかったわけじゃない。柊木さんは怒っているんだ。
言われるがまま呑気にのこのこ出てきた自分を哀れむも、これで丸く収まるのなら……。
受け入れ体勢で瞳を閉じると──。
────ぎゅっ。むぎゅぎゅぎゅ!
「れんや君みーっけ!」
「?! どどど、どうも! こんばんわんわんわん!?」
な、なに? どういう状況?!
ぎゅって、ぎゅぎゅぎゅって抱き着かれてる?! ラリアットは?! 俺を屠りに来たわけじゃ、ない?!
「ねえ、れんや君はぎゅってしてくれないの?」
「い、今するであります!」
い、言われた通りにしないと!
なにがなんだかわからないけど、言われた通りにしないと!
「だめ。足りない。もっと強くして」
「しょ、精進するであります!」
「さっきから言葉遣いが変だぞ~? 可愛いなぁ、もぉ!」
「す、す、すみません!!」
あぁ、なんかもう……わからない。
わからないけど無性に安心する。
柊木さんの甘いスイーツのような香りが鼻を通して脳に直接入ってくる。
──ゼロ距離マシュマロホールド。
やましい気持ちよりも安心感が勝る。不思議な感覚。
気付いたら──。
強く抱きしめていた。
「うん。ありがとう。ここは私だけの場所」
その言葉にドキッと脈打つも、柊木さんは唐突に、何故かゆっくりと数字を数え始めた。
「じゅう。…………きゅう。…………はーち」
いや、これは、カウントダウン……?
「なーな。…………ろーく。…………ごー」
あれれ。やっぱり屠られるのか……?
死のカウントダウン……?
「よーん。…………さん。…………にー」
カウントが終わりに近づくにつれて、柊木さんの両腕に力が入る。ぎゅっと具合が増していく──。
俺もそれにつられるように、強く。強く抱きしめていた。
「いーーーーち!」
不思議と名残惜しさを感じていた。
死のカウントダウンかもしれないのに、終わってしまうと思うと、切なくなる。
「……ゼーロ!」
そして数え終わると、柊木さんからスッと力が抜けゼロ距離マシュマロホールドは解除された。
「補給完了! れんや君で満たされましたッ!」
可愛く敬礼をする姿に、心を掴まれたような気持ちになる。
まるで魔法にでも掛けられたような感情が湧き出てくる。
あれ、俺……。どうしちゃったんだろう。
ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ──。
柊木さんの背中に、天使の羽が見えた──。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
3年振りに帰ってきた地元で幼馴染が女の子とエッチしていた
ねんごろ
恋愛
3年ぶりに帰ってきた地元は、何かが違っていた。
俺が変わったのか……
地元が変わったのか……
主人公は倒錯した日常を過ごすことになる。
※他Web小説サイトで連載していた作品です
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる