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第10話ー③

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 その日の学校帰り。
 今晩の夕飯は夏恋と二人で作るから、買い物も一緒に行くことになった。

 待ち合わせ時刻より少し早く着いたため、地元のスーパーの駐輪場で待っているのだが……。


 電柱の影から感じる視線──。

 おかしい。……いや、おかしくはないのか。
 今日はバイト休みだから、ここまで着いて来ちゃうのは自然な流れか。

 いやいや!
 涼風さん。あんた! これはさすがにだめでしょ!

 生活テリトリーに入ってきたらもう、本物のストーカーになっちゃうよ?!

 今まで目を背けて来た現実と向き合うときが来たのかもしれない。


 などと、考えていると!


 ズザザザザッ──!
 颯爽と自転車で登場。学校帰りの我が妹。夏恋!

「せんぱーい! 今日はおひとり様1パック限り、卵69円ですよー!」

「おう! 確認済みだ!」
「さすが先輩! チェックにぬかりなし!」

 自転車を駐輪場に止めると、勢い良く腕に抱き着いて来た……!

「じゃあ行きましょー! 放課後デートスタートですッ!」

 言いながら指を絡ませ、当たり前に恋人繋ぎは完成する──。

 ひぃ。……うろたえるな! もう初めてじゃないんだ。恋人繋ぎバージンはとっくに卒業している!

 今や俺は、経験者!

 で、でも。放課後デート……。
 なんちゅうインパクトのある響きだよ……。

 単なるスーパーでの買い物だけど、二人でこうして外を出歩くのは予行練習初日以来。

 ただでさえ制服姿の夏恋を前にして、心拍数の上昇はK点超えだというのに、煽るような言葉出しやがって!

 って、涼風さん?!
 さっそくメモ取ってる……。というか、超驚いた顔してる……!

「どしたんですかー?」
「べ、べつに。なにも」

 夏恋は辺りを見渡すと首を傾げた。
 
 まずいな。俺が涼風さんを意識すると夏恋に悟られる。決して悪い子ではないんだ。ただちょっと、やっていることがストーキングというかストーカーというか……。

 だったらいっそ、卵買っちゃうか!
 涼風さんも加われば3パックいけちゃうよ?

 こんな風に思うくらいには、彼女は俺にとって害のない存在。なのだが……。

 さすがに地元のスーパーまでついてきちゃうのはやり過ぎだろうて……。
 
「あれれ、せんぱぁ~い? ひょっとして、あれですか~?」
「な、なんだよあれって?」

 まさか涼風さんの存在に気付いた?
 だとしたら、まずい!

「可愛い後輩彼女を前にして、きゅんきゅんって!」

「ば、ば、ば、ばばばばかやろう! なにがきゅんだ! す、するわけないだろ!」

「え~、してくれないんですかぁー?」
「ば、ばかなこと言ってないで、行くぞ!」

 涼風さんの存在はバレてないようだけど、本当に油断も隙もない。

 予行練習が始まってからというもの、夏恋の後輩モードは確実にグレードアップしている。

 放課後デートに後輩彼女……。

 今朝の牽制球は気のせいだったのか……と思うも、これこそが予行練習ッ──!

 気持ちの整理が追いつかんで、これ……。

「なぁんかソワソワしてる感じするなー。せんぱい、きゅん死にするんですかぁ?」

「す、するわけねーだろ!」

 肘から二の腕にかけて感じる、確かなましゅまろ。絡み合う指。しかも超絶可愛いS級美少女。これでソワソワしない男子高校生が居るなら連れて来いってんだ。

 でも今日はそれだけじゃない。
 気掛かりのダブルパンチ──!

 やっぱり、まずいよな。
 夏恋が気付いたら……どうなるんだろうか……。

 て、ていうかだよ!
 涼風さん、あんた! これじゃ本物のストーカーだよ? このまま最後まで着いてきたら……うちじゃん! 俺ん家じゃん!

 わかってるのかよ……。超えてはならない一線があるってことに……。

 とはいえ、俺にできることは涼風さんに視線を送らないこと。居ない者扱いに徹することのみ。

 そもそもストーキングするなら、もっと身を隠す技術をだな……! 
 巧妙にして、対象に悟られぬ振る舞いをだな……!

 いや、今日まで気付かぬフリをした事の顛末てんまつ
 バレていないと、本気で思っているのだから。

 ……涼風さん、共に乗り切ろう。この窮地を!


 と、夏恋は入口前にある立て看板で足を止めた。

「ねえねえ先輩! 明日も卵69円だって!」

「まじだ。太っ腹だな!」
「じゃあ明日も此処で待ち合わせしちゃいます?」
「だな!」

 …………………………。

 これは、あれだ。
 卵が特売だから仕方あるまい。

 お弁当に朝ごはん。何個あっても困らない。奇跡の食材、たまーご!

 べ、別に明日も放課後デートしたいとか思ってるわけじゃないんだからね!

 ……うん。チョットオレ、やばいかも。
 これを受け入れて甘んじて、幸せを感じるのではあれば、きっと。

 終わりへのカウントダウンは始まる。


 しっかりお兄ちゃんを演じないと。


 ◇
 で、夕飯はビーフシチューになった。
 俺がカートを引き、夏恋が食材を選んでパパっとカゴに入れる。

 しかしとんでもないものがカゴに入ってきた!

 国産牛ロース?!

「ちょちょい! まてーい!」

「あ~、それはわたしがお金出しますからー! お小遣いも余ってますし、バイトも探してますし!」

 さすが夏恋。まだ待てとしか言ってないのに、言わずとも察するか。

「それにしたってお前、これ」
「今日は、なーんの日だっ?」

「ほ、放課後デート……?」
「ぶっぶー! そんな当たり前のことは聞いてませーん!」

 んなっ!
 ちっとも当たり前じゃないだろ!

 …………………………。

「ぶぶぶーッ! 時間切れー! 今日は先輩のお疲れ様会でしたー!」

 あぁ……。そういえば、そんなこと言ってたな。
 年頃の女の子だしお小遣いは色々なことに使って欲しいんだけど。

 こればかりは俺も、夏恋にとやかく言う資格はないからな。

「じゃあお言葉に甘えて」
「ふふんっ」

 夏恋のバイトが決まったときにでも、お返しに祝ってやればいいかな。

 家事を当番制にしている以上、夕飯を囲む機会も減るだろうし。
 こっちのカウントダウンはもう、始まってるんだよな。


 そうして必要な食材をカゴに入れ終わり、会計のためレジに並んでいると夏恋はおもむろに口を開いた。

「それで天使様からどんな返信が来たんですかー?」

「それな。まだなにも」

 もう夕方。バイトには行ってるだろうし、返信来てもいい頃なんだけど。……来てないんだよなぁ。
 
「はぁ? まじですかそれ。今朝既読ついてましたよね?」
「おう。だからそのままっていうか、まあそういうことだな」

 な、なんだ。少しムッとした表情なのはなんでだ?

「ふぅん。既読無視ですか。そーですかそーですか。勝手な女ですね! ここはひとつ、後輩彼女のわたしがガツンと言ってあげましょーか?」

 ちょちょちょ?! 夏恋っ? えっ?

 が、ガツン? ガツンってなにさ?

 えっ……?
 後輩モードのポジショントーク的な?
 予行練習なのか? 素なのか? どっち?!

「お、おい、夏恋……? えっとあのな、そもそも彼氏のフリだからな。そんな真剣になるような話じゃないだろ?」

「それです先輩! 彼氏のフリってなんですか? 寂しいから都合よく先輩のことを使ってるだけじゃないんですかねー? 向こうからしたら、やっちゃってるわけですし。先輩にはそれだけの覚悟はあるんですか?」

 ちょっとちょっと夏恋さん?
 どうしたの今日は? 後輩モードだからか? 
 今朝と言ってることが全然違うじゃないか……。

 それにやったとかやってないとか……。
 そういう話はいくら後輩モードと言えど、お兄ちゃん困っちゃうよ……。

「ちょっと待ってくれ夏恋。一旦落ち着こう。どぅどぅ!」

「先輩……心外です。これでもないほどに落ち着いてるのがわからないなんて。ひどいです!」

 えぇぇええ!
 ムッとしてるじゃん! なんか怒ってる感じじゃん!


 「お次でお待ちのお客様ぁ~?」

 と、幸か不幸かレジの順番がまわって来た。

 ピッピッのピピピと会計を済ますと、

「あっ。エコバッグ忘れた!」
「安心しろ。俺は普段から持ち歩いてる」
「おお、さっすがー!」

「ったりめーよ! せっかく卵安く買えたのにレジ袋買ってたら世話ねーっての!」

 すると夏恋は笑いだした。

「あははっ! そういうとこ、変わらないですね~! なーんか、懐かしくなっちゃうなぁ~」

 懐かしい……か。
 中学の頃、お互い鍵っ子だったからか、こうして一緒にスーパーに来ることは珍しくなかった。

 まだスマホも持ってなかったし、夏恋の家は新聞取ってなかったから、俺がチラシを学校に持っていったりなんかして。

 まだ苗字も違くて、本物の後輩だった……あの頃。

 …………いかんいかん! なにを思い出してるんだよ、俺は!!

 少し和やかなムードになり、気づいたときには天使様の話は消えていた。

 おそらくまだなにも、解決していないのに──。
 
 ◇ ◇

 スーパーからの帰りは、夏恋の自転車を俺が手で引いて並んで歩いた。

 自転車で先に帰ってもいいぞと言ったんだけど、「家に帰るまでが放課後デートですッ!」なんて言ってきたからな。

 いっそ二人乗りで帰るという手もあるが、道路交通法違反!

 なにより自転車を手で引いて並んで歩くってのも、久しぶりだしな。

 本来ならたぶん、良い雰囲気なのだろう。

 でも今は違う。
 すっかり忘れてた!!

 涼風さん──!!

 きっと今日まで尾行を悟られていないという、一種の自信があるのだろう。

「先輩、ストップ」
「えっ?」

 そして夏恋は後ろを振り返った。
 つられて俺も振り返ると、そこには涼風さんが……立ちんぼしていた…………。

 急なことで隠れる電柱が近くになかったのだろう。こればかりは仕方ない。

 夏恋はそれから何度か、歩いては止まり振り返るを繰り返した。

 もはや、だるまさんが転んだ状態……。

 そうしてついに──。

 じーっと見つめる夏恋。
 唐突に空を見上げる涼風さん。

「ねぇ、あの制服。先輩と同じ高校のやつですよね? 知り合い?」

「ど、どうだろうな……誰だったかな……。そんなことより早く、帰ろうぜ!」

 家まであとちょっと。夏恋、変な気起こすなよ……。

「いや、先輩。気付かなかったんですか? たぶんわたしたち、後をつけられてます」

「…………そう、なのか?」

「どこからどうみてもそうでしょ? すっごい可愛い子だから、最初は違うと思いましたけど。もう確定しましたので」

 と、言ってすぐに夏恋ダッシュ!
 距離にして三○、二○──。

 ちょっ! だめだよ! 涼風さんはだめ! ぜったいだめ! あの子はちょっと違うから! 下手したら泣いちゃうから!!

 走り出した夏恋を止めようにも、自転車のせいで完全に出遅れる。

 あぁ、涼風さん……。
 俺は別に良かったんだよ。だって害ないし。なんにもしてこないし。なんてたって、バイト先の常連さんだし……。

 涼風さんは異変に気付くと、くるりと回って後ろへとダッシュ! ……できずに、一歩目で転んでしまった。

 ……涼風さん、あんた。

 と、手にしていたノートが宙を舞った。

 夏恋はそれをそのままキャッチ!
 
「“ゆめざきれんや”研究ノート? はぁ?」

 な、なんだって? なにが書いてあるって?

 夏恋はノートをパラパラめくると、読み出した。

 「どうやら好みのタイプは歳上らしい」
 「休み時間、勉強しているように見えて勉強していない。5月24日。教科書が逆だった。よって確定事項」
 「最近やたらとトイレに行く。こっそり胃腸薬でも渡そうか考え中。早く元気になれ! ゆめざきれんや!」

 なるほど! 観察日記か!
 本当に、よくみてるなぁ。関心関心。って、なんで? 目的はなに?! 知りたいのはそこ!

 夏恋は首を傾げながら読み上げるも、ハッとし倒れ込む涼風さんに駆け寄った。

 俺も遅ればせながらに自転車を止め、駆け寄り言葉をかけた。

「涼風さん大丈夫? 怪我ない?」

「す、涼風じゃないですぅぅ……」

 まじか。この期に及んでなんと勇ましきことか。

 すると夏恋は驚きの表情を見せてきた。

「え、知り合いだったの?」
「だと思ったんだけど、人違いだったかも。バイト先の常連さんに少し似てて」

 本人が涼風ではないと言っているんだ。汲んであげねばなるまい……。

 夏恋は手にするノートを再度めくった。
 視線の先には“ゆめざきれんや”と書いてある。

 気持ちは汲みたいが、状況がそれを許さない──。

「……え?」

 夏恋のこの反応も当然なわけで……。
 場はカオスに包まれていく──。

 と、涼風さんは立ち上がった!

「返してよ! 返してぇ……!」
「あっ、ごめんね」

 夏恋は涼風さんの迫力に押されるようにノートを返した。

 涼風さんはそれを受け取ると、目に涙を受かべながら、懇親こんしんのひとことを言い放つ!

「みたの……?」

 うん。どこからどう見ても、読み上げていたのだから見てたよね。

 しかし、見たといったら涙がこぼれ落ちるのは必然──。

「み、てないよ?」

 夏恋懇親の嘘炸裂!
 無理だ。こんなの誰が信じるよ……。

「……ふぅ。よかったぁぁ!」

 し、信じた?!
 これには夏恋もたまげたのか、バサッと振り返ると俺に耳打ちをしてきた。

「(この子、本物の天然? それにどこからどうみても先輩に片想いしてる感じじゃん。任せて!)」

 えっ。どういう展開?!
 聞き返す間もなく、夏恋は涼風さんに話しかけた。
 
「大丈夫? 痛くない?」
「うん。平気!」

「でも膝擦りむいちゃってるよ? うちすぐそこだからおいでよ。手当してあげる! お兄ぃ~? いいよね~?」

「お、おう。構わないけど……」

 え。急なお兄呼び?! なぜ?!
 さっきまで先輩先輩言ってたじゃんか!

 涼風さんは「おにぃ……」とこぼし考え込むと……。

「うん! ゆめざきれんやのお家の中、入ってみたいかも!」

 あれ。なんかおかしいな。
 ていうか涼風さん! フルネーム呼びやめて!

 そして──。

「ふたりは兄妹なの……?」

 キョトンとしながら、俺と夏恋の顔を交互にみてきた。
 わかるよ。ぜんぜん似てないもんな。わかるわかる。遺伝子レベルで違うってやつな! いつぞやのパリピのお兄さんの言葉。

「そうだよ! でも似てないもんね。ちょっとまってて」

 夏恋はスクールバッグをがそごそすると、生徒手帳を取り出した。

「音ヶ咲高校、1年! ゆめざきかれん! あ!」
「信じてくれた?」

 うんうんと頭を下ろす涼風さん。

 と、何かに気付いたようにハッとすると、とんでもないことを口にした。

「ってことは、ゆめざきれんやはシス……コ……ン?」
「あぁ~。そうだね。うちのお兄は重度のシスコンかも。本人は否定してるけど!」

 涼風さんは急いでメモを取り始める。

 あれれ。おっかしいなぁ。色々ととんでもない方向に話が加速している気がする。

 さらに──。
 家に向かって歩き出すと、

涼風すずかぜ鈴音すずねです!」
「鈴音ちゃんって言うんだ! 可愛い名前だね!」

 なんと、自己紹介まで始めてしまった。

「そ、そんなことないですっ。あわわわわ」

 なんか本当に、おかしな方向に話が加速している気がする。

 ついさっき涼風じゃないって言ってたよね?

 涼風さん、あんた。それでいいのか? 
 目的忘れちゃってるんじゃないか?

 とは思うも、俺はまだ涼風さんの目的を知らない──。

 きっと、ろくでもないことなんだろうけど……。それでも、力になれるのなら!

 何故だかこのときだけは、そう思った。


 ◇ ◇

 
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