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第10話ー②
しおりを挟む話し込んでしまったことに加え、シスコンいじりまで始まり……。だいぶ忙しくも慌ただしい朝になってしまった。
それでもどうにか葉月家が見えた──!
家の前で手招きする葉月、早く早くと急かす様子がうかがえる。
「レンくん遅刻! なにやってんの!」
え。遅刻って言っても三分くらいだけど……。
「ほら走るよ! 電車乗り遅れちゃう! あーあ。もうレンくんなにしてるのぉ! あーあ。あーあー」
ちょっとちょっと葉月さん?
五分遅れの常習犯だった葉月さん?
「レンくんほら! 急いで! 走るの!」
「お、おうよ!」
手を引かれ、なんとなく走り出す。
もともと葉月が遅刻する前提の待ち合わせ時間。電車に乗り遅れるとは言えど、それで普段通りなんだぞ?
急ぐ必要なんて、これっぽっちもない。
しかしっ! 葉月は全力ダッシュ──!
……と、走り出しこそ俺の手を引いて速い速いなんて思ったけど、それは最初の五歩くらい。
ていうか葉月って、運動はからっきし苦手なんだよな。走るって言っても、なぁ……。
「あんま無理するなよ。時間的に急ぐ必要はないんだからな?」
「はぁ……はぁ……! いいから走って!」
だめだ。たぶんいま、何を言っても葉月は聞いてくれない。
「おう! そしたらかばん持っててやるから。がんばれ!」
「ありがとレンくん! はぁ……はぁ……!」
なんだかよくわからないことになってしまった。でも、目の前でがんばる葉月をみると、無性に応援したくなってしまう。
「駅が見えたぞ! がんばれ葉月!」
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
もはや返事をする余裕もないほどの全力!
“遅刻ぅ? しちゃえばいーじゃん!”
って言い出しそうな、ゆる~い感じの葉月が! あの葉月が! がんばっている!
親心ならぬ、幼馴染心とでもいうのだろうか。
なんとしても間に合わしたい。いっそおぶるか? おぶったほうが早いんじゃね……?
いや。ここで手を差し伸べるのはきっと違う。
でも! 限界が来たそのときは、俺がおぶってやるからな!
ゴールは約束されている!!
「あとちょっと! もう少し!」
「はぁ……はぁ……はぁっ……!」
走った。葉月は限界を超えて走り続けた──。
◇
その甲斐あってか、どうにか電車には間に合った。……けども。
六月のこの時期、日によっては暑い日もあったりして。
「間に合ったぁ。良かったぁ。はぁ……はぁ……!」
「よく頑張ったな。葉月。俺は嬉しいよ!」
と、思うのはほんの僅かな間。
今日は割と、その暑い日でして。
普段、運動なんてあまりしない葉月からは湯気が出ていたりなんかしてまして。
そんな中、始まる恋人ごっこなわけでして……。
やや混み合う電車内。
葉月と征く、ましゅまろ電車通学の旅……。
「はぁはぁ…………はぁ……!」
今すぐにでもどこかに座らせてあげたい。しかし、座席はあいにくの満席。
俺の胸にうずくまり、吐息を漏らしている。
だから俺は少しでも葉月がラクな体勢になるよう、腰に手を回し支えてあげた。
走って疲れているのだから、仕方のないこと。
でも…………。
「はぁ……はぁ…………はぁ……!」
ちょっと葉月さん。なんだかとっても如何わしい雰囲気に感じてしまうのは、気のせいですかね?! 吐息、やばいですよ?
……いや、それよりも……。
火照っているために普段よりも熱く、速い鼓動を身体で感じる。それでいて、慣れ親しんだはずの葉月の甘いお花畑のような匂いに、一種のフェロモンのようなものまで入り混じり……鼻から脳を一直線に刺激する──。
男子高校生の脳内爆発ッ!!
どかーん!
ただでさえやばすぎる、ましゅまろ登校なのに。今までとは比にならないやばさが襲ってくる……!
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
特に会話もなく、葉月は俺の胸にうずくまり、切らした息を整えているようだった。
二駅目を過ぎたところで、徐々に回復してきたのか、顔を上げた。
「だめだぁ。あっつーい!」
そう言うとブレザーのボタンを外した?!
汗で湿ったワイシャツは当然のように透けていて、ましゅまろを包みし神の布! 水玉模様が露見する!
「お、おい葉月! 暑いのはわかるが我慢しろ!」
というかなんでインナー着てないんだよ?!
女子高だからか? ブレザー着てるからか? それとも一限目が体育とかか?
ええーい! そんなことはどうでもいい!
「さ、さすがにやばいだろ。少しは自覚しろ! 電車の中だぞ! 勘弁してくれ……」
透けてるぞ! と、言葉にするのは恥ずかしく。でもそんな俺の様子に気付いてくれたようで……。
「だいじょーぶ。こうしてればレンくん以外には見えないからぁ! はぁ……はぁ……!」
おおぉぉぉい! それのどこが大丈夫だって言うんだよ! 俺に見えてたらアウトだろうが!
……俺の胸にうずくまる体勢なら、他の誰かに見られることはないけどさ。
葉月さぁん……勘弁してくれぇ……。
「あー、あーつーいー」
さらにパタパタと手で仰ぎだした。
風に流れて不思議の国の葉月フェロモンが否応なしに鼻を襲ってくる……!
くぅっ……。
暑いなら離れればいいだけ。だが、今はそれを許さない。ましゅまろが奉納されし神の布が露見する!
なんつー状況にしてくれたんだ……。
やばいよ。やばいって。本当にやばい。
と、というかこれ……これから夏本番になったらもっとやばいんでない? やばない? これ絶対やばいやつでない?
思い返してみると葉月は結構な汗っかきだ。
代謝がいいと言えばそれまでだが、なにより運動嫌いが災いしている。
と、とりあえず今日は確実に降りよう。降りるべき駅で! 今後のことは後日ゆっくり考えるとして──。
四駅目を過ぎたところで、葉月は思い出したかのように、いつものセールストークを始めた。
「え、延長はいかがなさいますかぁ? 今ならお得な一週間コースもございますけどぉ。はぁ……はぁ……」
ちょっとちょっと葉月さん……本当に今日はやめとこ。頼むから……。
徐々に呼吸を取り戻しつつあるが、身体は火照ったまま。映し出される瞳は、疲れからなのかとろ~んとしている。
セールストークのために、言葉を発するのが辛いだけだ……。わかってる。わかってるけども、さぁ……。
さらにちゃっかりと、このタイミングで新たなコースを提案してきた。
一週間コースなんて初耳だぞ……!
ここでYESと答えれば、延長を断るチャンスが一週間消える。それはまずい。葉月の今後を考えれば絶対にまずい。
「え、延長は……延長は……」
「うん。はぁ……はぁ……。延長は……?」
「え、延長は…………」
…………………………。
──間もなく~虹の夢が丘~虹の夢が丘~
俺の降りる駅、キタコレ!
はぁはぁしてたから、いつもよりも展開が遅いんだ。こんなチャンスきっともう、二度とない!
今なら、いける!
──開くドアにご注意下さい~。
よしっ!
「え、延長は考えとく! じゃあ葉月。今日はここで!」
いいながら葉月のブレザーのボタンを超高速でかける。手の甲に感じるましゅまろなど、今だけは忘れる。あとで思い出すけど。今だけは!
そしてポンポンと両肩を叩き、じゃあねをする。
と、ドアへと振り返る俺の袖をぎゅっ。
しかしっ! 今日ばかりは振り払う!
俺だって、やるときはやるんだ! このチャンスを逃したら、次はきっとない!
これもそれもどれもすべて!
お前を思うからこそ! 友達を欺くような真似、させられないだろ!
ドアへと向かい、走り出す──。
しかし……。
「……行かないで。頑張って早起きしたんだよ? 一本早い電車にだってちゃんと乗れたよ……?」
「……え」
その言葉を聞いて、ドアへと向かう足は完全に止まった。
あ……。あぁ……あ……あぁ…………。そういうことだったのか……。
それはもう、殆ど反則だった。反則にして必殺技。チートスキルもおったまげてしまうような、今更過ぎる答え合わせだった。
恋人ごっこのために、毎朝早起きして五分早く家を出ていた。俺が、葉月の通う女子高の最寄り駅までついて行っても遅刻をしないように──。
そんなことのためだけに……?
五分遅刻の常習犯だった彼女が、遅刻をしなくなった……?
はは。はははっ。
疑問形にしてしまうも、その答えは初手で出ている。
……………………………。
葉月にとって、今はこれが楽しいのだろうか。
いや。楽しいんだよな。だから、ここまでするんだよな。
こんなの……。いくら俺だって勘違いしちまうよ。なんでここまでするんだよ。意味わかんねーよ。なんだよこれ。どういうことなんだよ……。
……でも。大丈夫だよ、葉月。
俺は、俺だけは! お前の期待に応えてやる!
散っていった戦士たちとの格の違い、見せてやるよ! 幼馴染、なめんな!!
──閉まるドアにご注意下さい~。
──プシュー。
はいはい! いえっさー!
七分延長入りまーす!
と、普段なら諦めの悟りを開き今を全力で楽しむ場面。なのだが……。若干、気まずい。
葉月があんな風に駄々をこねるなんて、いつぶりだよ……。
いやはやこれは……。どうしたもんか。
普段通りに接して、いいのか?
「でっ? 延長はいかがなさいますかぁ?」
あ、あれっ?
先程のマジトーンな雰囲気は何処へと。
葉月は平常運転に戻っていた。しかも、話の続きを急かしてくる。
くっ……。ちょっとそれは……ずるいんじゃないかな葉月さん……。
もはや俺の返答は決まっていた。
「……する」
「一ヶ月コースでよろしいでしょうかぁ?」
「……うん。……う、うん?!」
いや、いやいや!
どさくさ紛れに何を言ってるの!
「ち、違うだろ!」
「えへへ。バレちゃったかぁ! じゃあ一週間コースで承りまぁーす!」
「お、おう!」
「じゃあちゃんと言葉にしましょー! がーんばれ! れーんくん!」
無自覚系天然。恐るべし。
今のさっきで、平然になれるなんて……。でも、言わなければならない。
「い、いっちゅうかんこーしゅ! えんっちょっつします!」
か、噛みすぎだ……。かつてないほどに噛んでしまった。動揺する唇はこれほどまでに愚かなのか! …………穴があるなら今すぐ埋まりたい。
「れ、レンくん! ちゅうしたいの?」
「えっ? えぇっ?!」
まさかの反応に驚愕ッ! なんてところを拾ってくるんだよ!
ただ、噛んだだけだろうに!
「ですが申し訳ございません! ちゅうは一ヶ月延長コースからのみ、追加できる特別オプションとなっておりまーす!」
「なっ、ななな?! と、特別オプション?!」
ていうか!! 恋人ごっこでキスとかするのかよ?! それもついさっき! 勢いで契約させられそうになった一ヶ月コース?!
もはや戦慄が走るッ──!
「はぁい! 様々なコースをご用意しておりますので! ちゅうくらいなんてことありませんッ!」
「そ、そうなんだ……すごいな……。す、すごいな……恋人……ごっこ……」
これはたまげた。
予想の遥か彼方を蛇行していく──。
「でもねっ。レンくんだったら、どのコースでも契約できるよぉ? ってことで、ちゃんと言い直しましょー!」
「お、おう……と、とりあえず……い、い、いっしゅ……うかん! コースで……おっ、おっ、お! お願いします!」
「かしこまりましたぁ! ちゃんと言えてえらいね! レンくんいいこいいこだよぉ!」
無自覚系天然。まじ、恐るべし……。
◇ ◇
ずっと幼馴染として、隣で見てきた。
初恋の相手が誰なのかと聞かれれば、それはもう、葉月の他には居ないだろう。
小学校の頃から一際目立って可愛くて、クラスの男子全員の好きな女子と言っても過言ではなかった。
中学に入ると、その才覚をますます発揮した。それでいて勉強はすごいできる。
だから俺は──。
幼馴染として、葉月が楽しいと思うことに、付き合ってやる。
散々世話になったからな。
小学校、中学校と俺がぼっち生活を送らなくて済んだのも、葉月のおかげだ。
幼馴染パワーとでもいうのだろうか。その恩恵をずっと受けてきた。
本人はなにも気付いちゃいないだろうけど。
俺は絶対に誤解しないから。散っていった戦士たちのようには、ならない!
彼らのモノローグを胸に刻み、教訓とし、反面教師ともする!
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
いつまでも幼馴染として、お前の隣に居れる男でいてやる!
恋人ごっこ。上等! ドーンと来やがれ!!
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