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第10話ー① 妹モードと後輩モードで言っていることがぜんぜん違うんですけど?! パパパニック!

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 女の子からこんなに連続してメッセージが届くのは初めてだった。それも天使様から!

 でも、これはちょっと違う……。

 嬉しいと怖いが入り混じり、眠気も一瞬で覚めると同時に青ざめる。

 ま、まずい!!

 『おはようございます!! ぐっすり寝てしまいました! 今日は天気もよくて学校日和です! 洗濯物干してお弁当作って、元気に明るく学校行ってきます! 柊木さんもバイト頑張ってください!』

 よし。とりあえずこれで……。
 思うにこれは、昨晩のおやすみメッセージが至らなかった結果。

 ならば、おはようメッセージをちゃんと送れば大丈夫!

 って、あれ?!
 もう既読付いてる……!

 ……ゴ、ゴクリ。

 けれど、待てど待てども返事は来ない。

 五分くらい経ったところで、夏恋が目を覚した。

「ふぁ~あ。おはよ、おにぃ」
「……ぉ、ぉはょ」

「どーしたの? 顔色悪いよ? にゃーんにゃんっ」

 ベッドに腰掛ける俺の膝を枕に仰向けに寝転がってきた。重力に逆らってもなお、山を描いてしまう二つのアーチは目に毒だが、うちの妹は朝から最高に可愛い。

 ……あぁ、かわいい。

 ──しっかりしてよ! お兄ちゃん!!

 ──ひゃ、ひゃい!

 自問自答で即復活!
 堪忍してや。まじで……。妹なんだから、見惚れてちゃだめだろ。仕方ないにしても、少しは抗えよ。

 まだ、もっと。この時間を続けたいんだから──。

 兄として復活の義を果たしたところで、気を取り直す!

「バイトの先輩からメッセージがいっぱい来てて、あれれってな。気にしても仕方ないから朝の支度してくるわ!」

 そうそう。これから朝の支度! 今日は俺の当番の日!

 柊木さんにはメッセージだって返したし、彼氏のフリの責務は果たしてるはずだ。

 なにより他にできることなんてないし。
 今の俺にできること、朝ごはんとお弁当作り!

「なんだしそれ。あぁ~そういえば、これ! 昨日ブーブーうるさかったよ~」

 言いながら夏恋はスマホをツンッとしてきた。

「そうみたいだな。悪かった。まさかこんなにたくさん鳴るとは思ってもなくて」

「ふぅん。最近はそういうゲームアプリにハマってるんだ? 予行練習だけじゃ飽き足らず、ね? そっかそっかぁ~」

 何故かふてくされた素振りを見せてきた。
 ちょっと言ってることも意味がわからない。

「ゲームって、何がだ?」

「昨日さ、止めようと思ったら出ちゃって。凛々って表示されてたかなぁ。二次元嫁ってやつ? なんかそういうのあるよね? 電話とか掛けてきてくれるアプリ」

 ちょっと夏恋さん! どこでそんな言葉覚えてきたの!
 でも、女っ気のない俺だ。夜から朝にかけてたくさんブーブー鳴るとは思いもよらないよな。

 その結果、ゲーム。
 だからって寝込みを襲ってくるような、こんな怖いゲームがあってたまるかよ……!

「あのな、ゲームじゃないぞ。バイトの先輩からだって言ってるだろ?」

 と、今度はため息を吐くと、若干の呆れ顔を見せてきた。今もなお、俺の膝の上を枕に仰向けになり、見事な二つのアーチを描きながら──。

「まぁ~、そういうのだったらしてあげるよ? 予行練習の一環としてだけど」

 その姿に女神の微笑みをみた。

 なんだって? それはつまり……。
 少し、いやだいぶ嬉しいかも……。

「ま、まぁ。予行練習なら、仕方ないな」
「なにそれ。すごいしたそうな顔してるのは気のせいかな~?」
「ば、ばかやろう!」

 でも。今の話の流れ的に…………。
 恐る恐る柊木さんとのメッセージ画面を開く。……と、驚愕ッ!

「ひぃ!!」
「どしたのおにぃ?」

「で、で、でちゃってる! 通話32秒って書いてある!」

 気付かなかった。まったくもって気付かなかった。

 “寝たフリだったら許さない”

 直前のメッセージが目に刺さる!

 ぐはっ! ぐはぐはぐはっ!

 出ちゃだめなやつ!!
 寝たフリだと思われた? ……許されないやつ?!

 やらかしてるやつ?!

 あわわわわわ……。どどど、どーしよう……。

「いやだから、出たって言ったじゃん。夜中の電話に出ちゃまずいとかそういうイベントでもあった? もう止めなよ。メッセージならわたしが送ってあげるってば。なんなら休み時間に電話もしてあげよっか?」

 …………………………。

 うんいいな、それ。

「そうだな。なら、ぜひにお願いします!」
「なんだしそれ。いいよんっ!」
「さすが、夏恋!」
「そうやって、あからさまに嬉しそうにするんだから。お兄はまだまだだよね~。そんなんじゃ、彼女なんて出来ないぞ~?」

「ば、ばかやろう! そんなわけあるか!」
「はいはいそーですね!」

 こ、こいつぅ……!!
 
 …………って、ちっがーうっ!
 これ、ゲームじゃないの。リアルなの! 柊木さんなの!!

「待ってくれ夏恋。これな、ゲームじゃなくて、バイトの先輩なんだよ。本当なんだぞ?」

「あ~、はいはい。そういうことにしといてあげる~!」

 そう言うと夏恋は俺の膝からバサッと起き上がった。そしておでこに手のひらペタッ。

 からのおでことおでこが触れ合う──。

「熱はないね。でも顔色悪いからもう少し寝てなよ。洗濯機まわして、朝ごはん作っとくから~。干すのだけおねがーい!」

 一瞬、抜刀術が炸裂するのかと思ってドキッとしたことは秘密だ。
 そのうちきっと、おはようのちゅうとか言い出すんだろうなとか、思ってることも秘密だ。

 ただやはりこれも、夏恋が超えないボーダーラインというのか。頬へのキスは一日一回限り。

「いやいや! 大丈夫。顔色悪いのは悪夢にうなされただけの一時的なものだから。ぜんぶ俺がやるよ! 最近、迷惑掛けっぱなしだし」

「あのね、迷惑とか思ってないけど? じゃあ一緒に行こっか。こうやって言い出した時のお兄はしつこいからね~」

「ったりめーよ!」

 ……………………。

 あ。ついうっかり日常に流された。
 とんでもない誤解を背負ったまま、朝の支度が始まってしまった。

 誤解されたままでいいのか?
 だめだろそんなの。休み時間に電話とかメッセージしてくれるって言ってるんだから!

 嘘ついたみたいになるのは絶対ダメだ!

 ◇ ◇

 その後も何度か言ってはみたものの、夏恋は聞く耳持たず。女っ気皆無の俺が話すにしては、段階を色々とすっ飛ばしている。

 こんな話、信じてもらえないよな。


「まだその話してるの? バイトの先輩って、冗談キツ過ぎ。何時だと思ってるの? 寝てるに決まってるでしょ? 夢とか妄想も大切だと思うけど、現実を見なさい」

 そう言うと“あーん”とスプーンが口元に近づいくるので、当たり前にパクッとする。

 もぐもぐ。ゴックン。

 今日の朝食はオムライス。ひとつのお皿に二人分が添えられる。

 二人しか居ないのにダイニングテーブルに並んで座っている。もちろんスプーンはひとつ。

 ……おん。この現実もいかがなものかと思うけど。

 そうか。現実を見せればいいんだ!

「ちょっとこれみてくれ!」

 言うより見せるが早し! 
 何を言っても信じてもらえないならこれだ!

 柊木さんとのメッセージ画面を開き、夏恋にスマホを渡した。

「うわっ。なにこれ? あの女でもこんなことしないよ。ほとんど一時間置きに連絡来てるじゃん。怖ッ! 最近のゲーム怖ッ!」

 あの女……葉月のことだろう。
 夏恋の前では葉月の名前を出すのはタブーではない。ただ、あの女呼ばわりするくらいなので、話題はスルーするけども。

「ゲームにしてはよくできてるなぁ……普段使ってるメッセージアプリとまったく同じだし」

「当たり前だろ。普段使ってるメッセージアプリだからな?」

 夏恋は“まっさかー”という表情で、柊木さんとのメッセージ画面を離れると、葉月とのメッセージ画面に一瞬触れそうになるも見ず、自分とのメッセージ画面を開いた。そして目をぱちくりさせて固まる。

「これは……本物のメッセージアプリだね」
「いや、だから! そう言ってるだろ!」

 そうしてもう一度柊木さんとのメッセージ画面を開くと、今度はアイコンを押した。そしてタイムラインへと進んでいく。

 色々でてくる。
 ほぇ~。そういえばこんなのもあるんだった!

 などと感心していると、天使様の顔写真なんかも出てきたりして──。

 遡る、遡る。どんどん下へとスクロール。

 柊木さんの高校時代のあれやこれも出てきた。
 元カレさんの写真なんかも出てきて、とっても幸せそうな顔してる!

 いやいや。こ、これ! 
 見ちゃっていいのかな? というかこれ、すごいな!

「本物だ……っていうかこの人知ってるし! お兄がよく話してた天使様でしょ? お兄のバイト先行ったの中学の頃でだいぶ昔だから記憶があやふやだけど、大人びてるのに幼さもあって、すっごい綺麗な人! うんっ! この顔だ!」

「お、おお、そうだぞ。バイトの先輩だ。天使様とも、言うな」

「うっそ……。え、うそだぁ? そんなまっさかー! え。でもこれ本物だよね。ゲームじゃ、ない?」

「お、ぉぅ。だから本当だってさっきから何度も……」

 ようやく信じてもらえたようで、ホッと一安心。……つく間もなく、話はそれだけでは終わらなかった──。

「ここまで見ちゃって今更なんだけど、他人にスマホを見せるのはだめだよ。こういうのよくないよ。お兄が他の誰かにわたしとのやり取り見せてたりしたら、いやだし」

 なるほど。言っていることはわかる。
 でもお前は違うだろって。そんな寂しいこと、言うなよ。

「お前のこと、他人なんて思ったことは一度もないぞ? 変に誤解されるくらいなら、俺は何度でも信じてくれるまで見せるからな」

「ば、ばか。本当にばかだよ……。ばか……ばか!」

「な! バカバカ言うなよ! いくらお前でもな、二回以上の連続馬鹿には物申すぞ?」

「はぁい。本当にばーーかッ!」

 と、言いながらスプーンが口元に。
 パクッとしてもぐもぐ。ごっくん。

 そして夏恋も、もぐもぐ。

 なんだろうか。今の夏恋は少し、らしくなかったというか、なんというか。

「それで、どうして天使様からお兄に連絡が来るの?」

 そうか。そういう疑問を抱くのは当たり前か。
 俺は話した。特に隠すことでもないし、なにより休み時間にメッセージしてくれるって言ってるんだ! 包み隠さず、ありのままを全て!

 ◇ ◇

「彼氏のフリ……。なんだしそれ。ってことは天使様のメッセージも演技?」
「当たり前だろ。彼氏のフリなんだから。パリピなお兄さんたちを追い払う口実なだけだ!」

 だと思っているのだが、妙な引っ掛かりはある。

「ねえ、お兄。これさ、彼氏のフリはフリでも、他の誰かを欺くようなフリじゃなくて、天使様にとって彼氏的存在のフリをするっていうフリだと思うんだけど」

 待って夏恋! フリフリ言い過ぎててなにがフリなのかわからないよ!

 でも確かに聞こえた。彼氏的存在のフリ。そう考えると合点がいくなぁ……。

「つまり、偽装カップルではなく恋人ごっこか?」

「たぶんそんな感じ? ていうか恋人ごっこってなんだし」

「いやぁそれはな! ……な、なんだろうな……」

 危ない。葉月の話題を出しちゃうところだった。二人は犬猿の仲。この話だけはタブーだ。

「でもなんていうか、ややこしいことになってるね。や、やっちゃった……って誤解されてるんだもんね?」

 話したあとで後悔した。
 俺は妹となんという話をしているんだ。やっちゃったとか、やってないとか……。

「でもよく帰ってこれたね? 憧れの天使様でしょ? お兄だってもう高二だし」

 話を広げてくるというのか……。この話、早く終わらせたい。
 妹とこんな話するなんて、ダメだ!

「そんなの、一秒でも早く家に帰りたかったからに決まってるだろ。ってことでこの話は終わりな!」

「なんだしそれ。……いつ? あ……。あの日かな。なんでそんなに早く家に帰りたかったの?」

 やけに突っかかってくるな……。
 やっただのやってないだの、兄妹の会話としてあるまじき!

「あのな、お前が夕飯作って待っててくれてるからに決まってんだろ!」

 と、言い終わると夏恋は急に瞳を曇らせた。
 あれ、俺なにかまずいこと言っちゃったかな……。

「それはだめだよ。わたしはお兄に彼女ができたら………………嬉しいよ?」

 突然なにを言い出しているんだ。
 だめってなにがだ?
 あの日、家に帰ってきたことをだめって言ってるわけじゃないよな?

 考えても夏恋の言葉の意味はわからず、俺の口から飛び出した言葉は、

「俺は夏恋に彼氏ができたらいやだなー……とか思ったりするときもあったりなかったり……あったり……なかったり。ちっとよくわかんないや」

 こんなどうしようもないもので、またしても夏恋から否定されてしまう──。

「ばか! そこは嘘でも嬉しいって言うの!」
「……おう。い、いるのか好きな男とか? 彼氏とか?」

 でも、止まれない。

「さぁ、どうだろうねー? どうかなぁ。いるかもしれないなー?」

「ま、まじかよ。そりゃ、そうだよな。お、お前も……年頃の女の子だ。も、モテるもんな。俺なんかと違ってモテモテのモテモテだもん、な……」

 今まで考えて来なかったわけじゃない。
 
 そうだよな。
 夏恋だってもう、高校一年生だ。浮ついた話のひとつやふたつ……。

「わたしのことはどうでもいいの。お兄はさ、彼女作りなよ。あれだけ欲しがってたんだから。作らなきゃだめだよ。そのための予行練習なわけだし」

「だ、だよな! あははぁ……」

「ばか。お兄がそんなんじゃ、もう予行練習しないよ? つじつまが合わなくなっちゃう。予行練習の意味、なくなっちゃうでしょ?」


 つじつま──。

 その言葉は胸を抉るようだった。
 夏恋がなにを言わんとしているのか、ようやくわかった。

 いつの間にか忘れていた。どうして、予行練習をしているのか。

 夏恋は俺をからかって遊んでいるだけじゃない。もう既に、前提条件を履き違えるほどに俺は──。

 夏恋との時間に依存している──。


 言葉に詰まる。
 すぐにでも返事をしないといけないのに言葉が……出てこない。

 暫しの沈黙を経て、最初に口を開いたのは夏恋だった。

「あーあ、もうお兄は! これで案外、楽しんでるから予行練習はまだまだ続けるつもりだよ? ちなみに彼氏なんて居ないし、作る予定もなーし! これでいいかな? 少し意地悪しすぎちゃった。ごめんっ!」

 それはたぶん。俺がいま、最も欲している言葉だった──。

 これだけ毎日からかってれば楽しいだろうよ。楽しそうにしてるもんな。きっとこの言葉に嘘はない。

 と、信じて──。

「なっ、おま! 居ないなら居ないって最初からそう言えよ! 紛らわしいことしやがって!」

「ふふん。お兄の悄気げた顔見てたら、居るってことにしちゃおうかなーって思ったけど、やーめた! 可愛い可愛い箱入り娘だもんねー? シスコンのお兄ちゃん!」

「ば、ばかやろう! 誰がシスコンだ!」

 真面目な話をしていたかと思えば、シスコン認定。油断も隙もないとは、まさにこのこと。

 そうだよ。夏恋はこういうやつだ!
 ペースに飲まれたら負ける! 彼氏の影を匂わしてきたからか、ついうっかり飲まれてしまった。……気をつけねば。

 そして朝食の続きは始まる。

「ほらお兄ちゃん! 大好きな妹があーんってしてあげるよぉ~?」

 あ。完全に後手にまわってしまった。
 さっきの話の流れ的に、シスコンと言われても否定の余地はない。

 今だけは、おとなしく従っておこう。……パクッ。



 でも、今日の話は夏恋からの牽制球のような、そんな気がした──。

 俺はもっとしっかり、お兄ちゃんを演じなければならない。夏恋の期待に応えるためにも──。

 たとえそれが、俺の期待とは相反したとしても──。
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