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第9話ー③

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 店の外に出ると、ひと際輝く天使様の姿があった。商店街の一角にあるため、人通りはそこそこ。道行く男たちの視線を釘付けにして、二度見三度見は当たり前。

 そんな様子には慣れているのか、特に気にする様子もなく、何をするわけでもなく、夜空を眺めていた。

 どことなく、うつろな目をしている。

 俺はダッシュで駆け寄り声を掛けた。

「おそーいぞ?」
「す、すみません!」

「じゃあいこっか!」

 そう言うと手が出された。
 その光景には見覚えがあった。……予行練習?

 ほとんど無意識にその手を取ると、ぎゅっ。

 そうして普通に歩きだし、普通に会話が始まる。……おや?

「ご飯まだだよね? 何食べたい?」
「あ、えっと。家で妹が待ってるので!」

「あぁ! そっか。そういえばそうだった。妹と二人暮らしなんだっけ?」

「はい!」

 頭の中はふわふわしていた。
 もはや、ここに今自分が存在しているのかすら、その認識すらも怪しい。

 ふわふわりん。まるで夢でも見ているかのような気分。

 ひょっとして俺は今、ご飯に誘われてるのか?

 というか、なんだこの手。あれ、あれぇ……?

「じゃあ頼りになるお兄ちゃんだぁ!」
「ってほどでもないのですが……。がんばってお兄ちゃんやってます」

「そかそか。じゃあ公園でいいかな?」
「は、はい?」

 そういえば、少し話そうと言われてた。
 でもなんだ。本当に、あれれ?

 あれって気持ちに拍車をかけるように、現実は待ってはくれず。ますます、あれあれあれ? な状況になっていく──。

 公園のベンチに腰掛けると、またしてもあれあれあれ? を連発する。

 距離が異様に近い……。ど、どど?! どういうこと?

 天使様の肩が当たってる!
 軽く五人は座れるベンチ。それでいてこの距離感!

 近い。近すぎる!

「あ、あの……!」

「本当はね、もうバイトには行かないもりだったの」

「は、はい?」

 唐突に始まる会話はこの不思議な状況の答え合わせを示唆しているような気がした。

「でも、店長が言うから。夢崎くんがね、わたしが戻ってくるのを信じてバイト頑張ってるって」

「はい……!」

「このまま、知らないフリするのがいいかなって思ったんだけど。それってやっぱり夢崎くんにも悪いし、はっきりさせないとって」

 いったいなんの話だろう?
 と、思ったら天使様の手が俺の太ももに!

「もしかしてだけど……。その……しちゃったのかな。って。……いいの。しちゃったんだよね。わかってるから」

 ……え。
 全俺が一斉に疑問符を醸し出す!

 えっえっえっ、えっえっえぇー?!

「ごめんね。でもこういうのはハッキリさせておきたいから。わたしって、そういう女なの」

「しちゃったって、ナニヲデス?」

「……わかるでしょ?」

 え。待って。待って。
 待って? ねえ、一旦落ち着こう。

 ひぃひぃふぅ。ひぃひぃ──。

「えっち……。しちゃったんだよね?」

「ひぃ!!」

 なにがどうしてこうなった!
 て、天使様の口から「えっち」だなんて卑猥な言葉を吐かせるなんて、俺はもう最悪だ! 人類の敵だ!

 って、それどころじゃない!!

「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。怒ってるわけじゃないから。……むしろ、その逆」

 手握られちゃった?!
 トキメキ最高潮! 天使様の加護の祝福を受けた的な?!

 ちょちょちょ! ちょっ! 待つんだ。待つんだ、俺!!

「してません! なにもしてません!! あの日のことをよく思い出してください!」

 そう。ここには大きな誤解がひとつある。
 
 やってない!! 
 
「うーん、正直ね、記憶は曖昧だけど……。トイレから出て夢崎くんにもたれ掛かっちゃって。そしたらものすごい勢いで抱きかかえられて……ベッドに押し倒され……た?」

 最後だけ猛烈に違う──!
 最初も少し違う……!

「そこから先の記憶がなくて……」

 すぐに寝ちゃったんだから、そこから先の記憶なんてあるはずない……。

 あれぇ……。これ、あれぇ……?

「でね、起きたら服着てなくて……」

 それは知らないよ?! 
 ……ん? パジャマに着替えさせるとかせず、そのままの服装でおふとゅんにINさせちゃったんだ。

 思い返してみると、寝るには少し窮屈な服装だったかもしれない。……で、苦しくなって脱いじゃったのかな?

 あながちなくはなく。ありよりのありだった。

 あれぇ……。これ、あれぇ……?

「でねっ、テーブルの上に書き置きがあって。……彼もよく、ドアポストから鍵入れてたの。もうだいぶ昔だけど。懐かしくなっちゃって」

 な、懐かしくなって……信憑性も増しちゃったってことですか? 思い出補正ですか?

 あれぇ……。これ、あれぇ……?

 ど、どど、どーしてこうなった?
 なにもなかったのに、それを証明するすべがない……?

 でもだからって!
 そもそもの前提が間違えてるんだ!

「いやいや! なにもなかったですし、俺と柊木さんじゃ釣り合わないですよ! 俺、身の程は弁えてる男なので!」

「……そうかな? それって誰が決めるの? 私? 夢崎くん? それとも関係ない他の誰か?」

 どどど、ど、どーしよ……。

「よく覚えてないんだけどね、わたしを二次会に行かせないとがんばる君の姿、可愛くて……格好良かったよ?」

 ななな! なななななな!!

「あとはなんだろうなぁ……ベッドに押し倒されたあと、すごい久々に幸せな気持ちになれたような気がするの。そこだけはしっかり覚えてて」

 そ、そりゃ!
 とっても気持ちよさそうに寝てたからね!

 ぐーすかぴーのスヤァスヤァだよ?!

「あっ! それとね! 足とかガクガクに震えてるのに、必死にわたしのことを守ろうとしてくれて、最後は尻もちついちゃうの!」

 は、恥ずかしい。そんなところだけしっかり覚えてるなんて……。

「少し幼くて可愛い、王子様に見えたなぁって」

「……え? あの……? えっ?」

「君のことだぞ~? 夢崎くん」

「は、はい!」

 何だこの神的超展開。
 天使様が俺のことを褒めてる? あの天使様が?

「なんだろうなぁ。一回抱かれちゃってるからなのかな? ここ、すごい落ち着く」

 俺の胸に顔を当ててきた!
 やばい、やばいよ。心臓が破裂する!

「ドキドキしてるのわかるよ。すごい脈打ってる」

 ど、どどど、どどどど、ど?!

「でもね、いまわたし、誰かと付き合うとか考えられなくて。もう、あんな思いするの嫌だから……。ごめんね。今はまだ、ね?」

 ……あ。あれ。振られたのか?
 告白もしてないのに、振られたのか?

 あ、あぶなーい!
 危うく勘違いしてしまうところだった。

 だよね、そうだよね!
 なぁんだ! 平常運転じゃないか!

 現実、入りましたッ!

「いえ。謝らないでください。柊木さんはなにも悪くないですから!」

「ありがとう。君は本当にいいこだ。でもね、大学では夢崎くんを彼氏ってことにしちゃってて。あの人たちしつこいからさ。だから、そのね……」

 なるほど。この感じには覚えがあるぞ!
 偽装カップルだ! 付き合ってるってことにするだけで、柊木さんが守られるのならお安い御用さ!

「はい! あのときみたいので良ければいつでも俺を使って下さい!」

「本当に? 本当にいいの?」
「はい。もちろんです!」

 とっても可愛い笑顔で聞き返されたからなのか、俺は笑顔で即答した。

 でもそれは、偽装カップルとは少し違くて恋人ごっこのような雰囲気になっていく──。

「夢崎くんの下の名前って、れんやだよね?」

 まさかの名前呼びにドキッと脈打つ。

「は、はい!」
「じゃあ、れんやくんって呼ぼーう! わたしのことは凛々りりでよろしくー!」

「ひ、柊木さん!」
「もぉ。彼氏のフリする気あるのぉ~?」

 なんだかいろいろやばい。
 もう、心臓が五回くらい破裂してる。

 するとまたしても俺の胸に顔を当ててきた。

「ここは、わたしだけの場所」

 か、彼氏のフリ? 始まったのか?

 よ、よし! 猫シリーズ、発動!

「可愛い子猫ちゃんだ。頭を撫でてあげようね」

「にゃんっ。って、どこでそういうの覚えてくるのかな? お姉さんちょっと気になっちゃうかも」

「あっ! えーと……妹が教えてくれます!」

「ほほう。妹ちゃんか! ならよし! ねえ、もう一回して?」

 なんかその言い方とっても卑猥。

 ね、猫シリーズ! は、発動!

「よしよししてあげようね。子猫ちゃん」

「にゃん。……この場所は私だけのもの。誰にも渡さない」

 真に迫る演技力だ。
 本気にしたらだめなやつ。でもすごいな。さすが天使様だ。心を一瞬持って行かれそうになる破壊力。

 わかってるんだ。下界に住むただの人間が、天使様の彼氏になれるなんて、ないことくらい。

 大丈夫。葉月との恋人ごっこにも耐えてる。
 幼馴染とは言えど葉月も立派な天界人だ。できる。俺なら、できる!!

 でもあれ、二人きりの今、彼氏のフリをする必要ってあるのか?

 デモンストレーション的なやつだろうか。……う、うん。

 そうして、連絡先を交換してとりあえずのお別れの時間は訪れる。

 しばらくバイトもないし、次会うのはいつだろうか。お役目果たせるかな? なんて思っていると、

「わたしね、そんなに重い女じゃないから束縛したりしないけど、おはようとおやすみのメッセージだけは欠かさないで。これだけは約束できるかな?」

「は、はい。おはようとおやすみですね! 任せて下さい! 彼氏のフリ!」

「うん。彼氏のフリをしてくれればいいだけだから」

 あれ。なんか微妙に話が噛み合ってない気がするな。

 彼氏のフリ、だよね。

 ……彼氏のフリってなんだっけ?

 それはどことなく、恋人ごっこに対する違和感にも似ていた。

 柊木さんとお別れをすると、時刻はまたしても十時をまわっていた。

 ◇ ◇

 家につくと夏恋に帰りが遅いと軽くドヤされるも、なんなく就寝Timeに突入~。

「お兄ぃ~、まだぁ?」
「おう、今行くから」

 俺の部屋をノックして早くこっち来いと急かしてくる。

 夏恋の温もりTimeも最初こそドキドキしてどうにかなってしまいそうだったが、慣れてくると不思議と安心するもので。

 これが彼女の温もりだと言うのなら、大切にしたいと思っている。

 で、今日は夏恋の部屋のベッドで寝る日。
 枕とスマホを持って妹の部屋にお邪魔する。

「おいで、おにぃ!」
「お、おうよ!」

 ベッドに横たわる夏恋のおふとゅんになんなく入る。

 慣れたとはいえ、やはりこの瞬間だけはドキドキする。ただ、おふとゅんに入ってしまえば落ち着く──。

 ドキドキする気持ちとか兄としての葛藤とか、色々ある。でもそれよりも、温かくて心地が良い。

 ……………………………。
 ……………………………。

 ハッ!
 おっとと。危ない危ない。忘れるところだった。柊木さんにおやすみメッセージ!


 『おやすみなさい!』 23:05


「眩しいよ~。寝る前にスマホとか珍しいね。なんだっけあれ、メルルちゃんだっけ? 更新通知でも来てた?」

 部屋は真っ暗。就寝モードを演出する室内で、スマホの明かりは時に目の毒。

 メルルちゃん。それは俺が唯一愛するVの者!

「ばか! そんなんじゃねーよ。バイト先の先輩におやすみって送っただけ!」
「なんだしそれ。もっと意味不明~。ふぁ~あ。もう寝るよー」

 妹のおふとゅんで眠るなんて、きっと許されないこと。それでも、予行練習だから。

 都合よく言い訳をして、その温もりに安眠を求めスヤァへと旅立つ──。
 

 そうして翌朝起きて、驚愕する──。

 新着メッセージ6件──。
 不在着信──。


 『え、それだけ?』  23:06
 『ねえ聞いてる?』  23:12

 着信 不在──。   23:24

 『未読スルー?』   23:24
 『寝たふり?』    23:30

 『寝たふりだったら許さない』 01:14
 
 着信 不在──。     02:35
 通話 32秒──。     03:55

 『起きたら連絡して。話あるから』 03:57


 夢の中にでも居るのかと思い、何度も目をゴシゴシしてスマホを確認するも……それは、紛れもなく柊木さんからのメッセージだった──。
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