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第8話ー① ちょっと危ない看板娘たち……。
しおりを挟む偽装カップル初日を終え、思いのほかクタクタになってしまった俺は、どうにかこうにかバイト先まで来た。
自然を感じさせる佇まいの珈琲屋さんだ。
店長自慢の一杯が売りの地域密着型、とっても温かい場所!
普段なら裏口へ周り当たり前のようにお店の中に入るのだが、どうしたものかと立ち止まっている。
その原因は学園No2の絶対的美少女、涼風さんだ。
あろうことか電柱の影からこちらを見ている。
最初は進む方角が同じだけかと思ったけど、ここまでくれば疑いは確信に変わる。
び、尾行されてる!!
ま、真白色さんに連絡を!!
と、思うも連絡先を知らない。
危機迫る感じを意識せずにはいられず、内心ドキドキだった。
俺をつけ回して何がしたいのか?
実のところ目的が見えてこない。声をかけるのならいくらでもチャンスはある。今だってそうだ。
でも電柱の影に隠れている。
なんなのこれ。真白色さんの影に隠れているとは言え、涼風さんだってS級美少女だよ?!
そんな彼女が今は電柱の影に隠れて俺をストーキングぅ?
ははは。
誰がこんな未来、想像したでしょうね?
………………………。
………………………。
って!! そんな他人事になれる状況じゃないんですけど!!
う、うん。目的はなんだろうか。
客として横暴な態度を取ってクレーム入れるとか?
店長はそういう客ならざる者には厳しい態度を取る。それこそ出入り禁止にして退店したあとに「塩撒けゴルァ!」というような、それはもう本当に怖いお人だ。
そんな、誰も得しないような状況だけは避けたい。
とはいえ俺が涼風さんに声を掛けるのも不自然だし。当の本人はあれでバレていないと思っている節があるし。
うん。俺にできることなんて何もない!
知らんぷりに徹する──!
◇ ◇
準備を済ませ、店内ホールに入ると店長がゲッソリしていた。
「夢崎くぅん……! 待ってたわ~。感謝感激ぃ! オラァ! バッチコーイ!」
そういうと手を出してきた。
バトンタッチの意味を成していて、店内での通例みたいなものだ。
“パチンッ”
お客様からは見えない位置で交わす手のひらパチンッ。
「とりあえず一服させて~、話はあ・と・で♡ うふふん♡」
夕方と言うこともあり客並みは引いているが、ポツポツと常連さんたちが居る。店内に落ちるゴミなどを見るとどれだけ忙しい時間を過ごしたのかは想像に容易い。
疲れているはずなのに、笑顔を絶やさない店長……まじパない!
俺はサッサと店内掃除に励んだ。
やがて何時間ぶりかわからない一服を終えた店長が戻ってくると、その顔は完全復活を果たしていた。ニコチン、チャージ完了。的な?
そうして俺が急遽出勤になった理由、いまお店を取り巻く一大事を知ることになる──。
カウンターに立ちながらの世間話。
「もぅねっ。今日は柊木ちゃんがお昼から来るはずだったのに、朝起きてびっくりよ!」
夜はバーテンダーの顔を持つ、二足のわらじ経営。店長と夜の仕込みをしながら話した。
「柊木さんがどうかしたんですか?」
「どうもこうもないわよ! 辞めるって! 唐突にメッセージが来てたのよ!」
「えっ……」
柊木 凛々。
俺が働く珈琲屋さんの看板娘にして、当人が通うちょっと頭の良い大学のミスだったりもする。
綺麗な見た目に反してまだどこか垢抜けない幼さをも兼ね備えるハイブリッド。
可愛いと綺麗を見事に両立させた、完全無敵の看板娘!
幼系綺麗なお姉さん!! おっと訂正。
幼系綺麗なお姉さん(巨乳)!!
大切なところがひとつ抜けていた。
週末になれば柊木さん目当てに遠方から訪れるお客さんも居るくらいだ。
しかし店長自慢の一杯に皆、心を奪われる。
意外と繁盛していてウッハウッハなんだとか。
平日週三日勤務の俺はあまりよくは知らない。
店長はしっかり還元するタイプで、柊木さんには一家が十二分に暮らしていけるくらいにはお給料を出していると言ったのを聞いたことがある。
「あの子がうちを辞めるなんてよほどのことよ。大学行きながらうちよりも稼ごうなんて思ったらね、夜の世界しかないもの」
と、まぁ。そう思うのは当然なわけで。
「だからね、待ってるから落ち着いたらいつでも来なさいって送ったのよ。でも返事がないのよ~。柊木ちゃんみたいに勤務態度も真面目な子がいきなりこんなことになるなんて、ズバリ。男絡み意外考えられないでしょぉ」
まさか、あの柊木さんに限ってそんな理由で仕事に来ないわけが!
「ちょっとなによその顔? これだから男は嫌よね。本当にっ! 夢崎きゅんには幻滅ちゅっちゃよ!」
ひぃ……!
「女はいつだって恋がしたい生き物なのよ。それゆえに、恋がすべてと言っても過言ではないわ。長いこと珈琲屋の店主としてね、従業員を見てるとわかることもあるのよ。男絡みで仕事を手放す。普通にあることなの。特に若いうちは尚更ね」
「そう、なんですか……」
「そうよ。お酒に逃げたり自暴自棄になったり。恋が終わりを告げでも日常は訪れる。それって頭で考えるよりずっと辛いことなのよ。あの子の場合は結婚も考えていたと思うし、尚更の尚更よ」
そういえば柊木さんは遠距離恋愛で中学だか高校からずっと付き合っている彼氏が居るって聞いたことがある。
ずっと片思いをしていて振られるのとは訳が違うの……かな。
「それでね。私は待ちたいと思っているの。あの子は真面目で強い子だから。……だからねぇ、脆いのよね。きっと」
なるほど。それを俺に言ってくるって事はつまりはそういうことだ。
「いいと思います! 柊木さんにはお世話になってますし、居なくなるのは寂しいです。なので俺、がんばります!」
柊木さんは手際も良くて要領もいい。
誰にでも分け隔てなく優しくて、ホールに舞い降りし天使様のような存在だ。
俺がミスをした時に「いま店長居ないから、二人だけの秘密にしちゃおっか」なんて言ってくれたこともある。
その時々に、欲しい言葉を掛けてくれる気遣いにも長けた天使様のような人だ。
俺が一時的にバイトを増やすだけで、戻ってこれる可能性があるのなら、断る道理はどこにもない──。
「夢崎きゅん……。好きよ! 好き好き! 手当は特盛りに弾むわ!」
「手当とかいらないですよ! 困ったときは頼ってください! 俺にできることなんて限られてるんですから!」
「もぉ。惚れちゃうわね。イイ男。きゅん♡」
正直、内心は揺れていた。
それでも俺は一言返事で期待に応える。
高校に慣れ始めたら夏恋はバイトをすると言っていた。そろそろきっと、始める頃。
我が家を取り巻くお財布事情はそこまで余裕があるわけではないから。
詰まるところ、そう遠くない未来。夏恋と過ごせる時間が少なくなる。
バイトのある日は時間が合わなくて一緒に夕飯だって食べれないし。
だからなんだって話なのだが……。
そもそも、こんな感情を抱くこと自体、間違いなのだから──。
◇◇
「それにしてもさっきからあの子、通りを行ったり来たりしているわねぇ! これってもしかして! そういうことなんじゃなぁ~い?」
誰かと思えば涼風さんだった。
電柱の影から見るだけでは飽き足らず、通りをうろうろをしているようだ。
とはいえガラス張りというわけではなく、小窓が二つあるだけ。その小窓から中を覗くように行ったり来たり。……あ、怪しすぎる……。
店長は両手をパチンッと叩き、外へと出て行ってしまった。
ほどなくして涼風さんと一緒に戻ってきた。かと思えば──!
「可愛い子。うふふん。うちの看板娘になれちゃうわよ? 今日はゆっくりと見学していくといいわ」
えっ。どういう展開?!
スカウトしちゃったの? えっ。その子はだめだよ店長!
看板娘枠なら今雇ってもコストは別計算になるのだろう。柊木さんを失うかもしれない、この状況下においては棚からぼたもち的な?!
涼風さんは驚いたような顔をすると、サッサッと髪の毛を整えるような仕草をした。
「あのぉ……アルバイトをする場合はお父様に相談して……それから、ぇっと。学校からの許可も降りないと働けないので……ど、どうしたらいいのぉぉ……」
え……。えぇ……?
イメージと違って、お上品さこそあれどどうにも可愛い感じの口調だった。少しおどけた様子も感じ取れる。
しかもなんか押したらいけそうな、優柔不断さまで垣間見える。
もっとこう、「お前をころす。絶対許さない」的なのを勝手に想像していたからなのか、ズコーッとなった。
店長はそんな涼風さんの様子をジッと見つめ。やがて口を開いた。
「あなた、よく見たら雨の降るネオン街を一人寂しく歩く、猫ちゃんのような目をしているわね」
「…………?」
「待ってなさい。一杯作ってきてあげるから。あなたが今日を、明日を乗り越えられるだけのおまじないをかけた、最高の一杯を」
「は、はぁい……?」
返事をしつつも首を傾げた。
俺を殺さないにしても、もっとこう「生意気な三軍ベンチね。跪きなさい!」みたいなそういうのじゃないの?!
え。なにこれ。どういうこと……。
とりあえず何かを誤解してしまっている店長に伝えなければ──!
「て、店長!」
「あれは失恋ね。化粧で誤魔化してはいるけれど、目が腫れているわ。さんざん泣いて、うちのお店に迷い込んで来たのね」
店長の見解は殆ど当たっているような気がした。ただひとつを除いては──。
“俺のことをストーキングしていたら、ここに辿り着いたんです!”
すぐそこまで出掛かる言葉は、喉元で止まる。
三軍ベンチでモブな三等兵をS級美少女の涼風さんがストーキングぅ?
ないない。絶対ない!
そうして事態はますます謎に包まれていく──。
「……美味しい。美味しいよぉぉ」
席に座り店長自慢の一杯を飲む涼風さん。
「たんとお飲みなさい。これはね、あなたが明日も頑張るための一杯なのよ」
「はぁい……うぅ……」
あまりにも可愛い感じの口調に涙まで流していた。
それから少し話すと涼風さんは次第に笑顔を取り戻していった。
その姿はなんだかとっても良い子に見えてしまい……。
ストーキングする悪い子だというイメージは完全に消え去っていた。
そもそも、ストーキングされてるって俺の勘違いだったんじゃ……?
不思議と今だけは、そう思えてしまった。
飲み終わるとニッコリ笑顔で席を離れた。
「ありがとうございましたぁぁ!」
「いいのよ。アルバイトの件も考えておいてね♡」
「は、はぁい……」
そこははっきり断らないと涼風さん!
なんだかこのままじゃ、冗談抜きでこのお店で働いてしまいそうな危うさがあった。
店長に深々と頭を下げると俺の元にも来た。
ドキッとして身構えると、同じく深々と頭を下げてきた。
ちょっと待って。涼風さん……。どういうことなの……。
「ま、またのご来店お待ちしておりまーす」
とりあえず店員としての挨拶をすると、
涼風さんは“うんっ”と首を縦に下ろし店を後にした──。
待って待って。どういうことなの本当に……。涼風さんの目的がわからず、頭の中はクラッシュしそうだった。
「確実に看板娘になれるわね……。欲しいわあの子……欲しい……」
店長の目はギラギラしていた。
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