上 下
103 / 106

103

しおりを挟む

 頬にめり込んだ人差し指はそのまま。
 首を僅かに動かせば済むだけなのに、驚きのせいで動いてくれない。

 ……振り向きざまに合った目も、そのまま。

 「「…………」」

 固まる俺に対し秋月さんは「うん?」と首を傾げてきた。人差し指をぐりぐりと回しながら「元気ない顔してるぞー」と続けた。

「んにゃ、にゃんのことかな」

 ようやく口が開いたかと思うも、戸惑いと焦りを隠せない。それどころか、少し、噛んでしまった。

 ……いや、そんなどころじゃない。
 頬に指が押し当てられてるせいで……上手く喋れなかったんだ。

 なにしてるんだよ俺。

「ふっふっふぅー、正義のヒーローは多くは語らないと。そういうことですか! 格好良いやつめ~、このこのぉ~!」

 頬から人差し指が離れると、そのまま背中をポンポンされた。

 と、同時にぴょこんと隣にくっ付き、俺の顔を覗き込んできた。

 初対面なのにこの距離感。

 俺が元気ない様子だから、気遣ってる?

 ……ありえない。

 ここはかつての世界とは違う。
 俺と秋月さんは友達でもなければ知り合いですらないんだぞ。

「秋月さん、なんていうかその……近いよ」
「わぁ! わたしの名前知ってるんだぁ! うっれしぃなぁ♪」

 そう言うと、今度はそのまま正面へと回ってきた。

「ねえ、友達になってよ!」

「……ちょっと待って。さっきから唐突過ぎるよ。どうして俺なんかに構うの? 他の誰かと間違えてない?」

 あれ、俺なに言ってるんだろう。
 あの秋月さんが友達になろうと言ってくれてるんだぞ。

 ここは思考を停止して手放しで喜ぶ場面だろ。
 ……なのに、どうしてかな。喜べない。

「それはねぇ~、見ちゃったんだよ。昨日七組であったことを!」
「……え」

「委員会の仕事でね、隣の教室に残ってたのさ。そしたら拍手の音が聞こえてきて。これは、いったい、なにごとかぁー! と思ってね、見に行ったの」

「……そっか。あれを見られちゃってたんだね」

「へへ、そだよ。でも今日、学校来たらびっくり! 何がびっくりって、誰も君のしたことを知らないの! 龍王寺くんが二見さんを守ったヒーローのように噂されてるし。本当のヒーローは君なのに、君はそれを良しとしてる。これを格好良いと言わずなんと言う! って思ったら居てもたってもいられなくって。この気持ちを伝えに来た!」

 そういうことか。そりゃそうだ。
 俺みたいなおまんじゅうを格好良いと言うなんて、おかしいと思った。

 結局、この先には何もないことがわかっているんだ。友達になったところで未来は知れている。

 だから、嬉しくもならないしこの場から早く消えたいとも思う。

 いつからだろう。
 諦めとは少し違う。吹っ切れ……とも違う。

 悟り……というのだろうか。

「おーい、聞いてるかなぁ?」
「……聞いてる、よ」

「つまりだよ、格好良かったよ。八ノ瀬陸くん! わたしはこれが言いたかったのだ!」

「……それって男として格好良いってわけじゃないよね。誤解されるようなことは、言わないほうがいいと思う」

 期待するだけ無駄なんだ。
 スパッと切り捨ててくれたほうが楽だ。

「……思うよ。男として格好良いなって。……って、ちょっとちょっと君ぃ~! な、なんてこと言わせるのかなぁ。言ってるこっちが恥ずかしくなっちゃったよぉ!」

 なんだよ……これ?
 あの、秋月さんが目の前で頬を赤く染めもじもじしている。それはまるで俺に照れているとしか思えない光景だった。

 蓋をしていたはずのかつての想いが掘り返される。
 長い長いタイムリープ生活が走馬灯のように駆け巡る。

 好きで好きで好きで好きで仕方がなかった。
 好きだった。好きだった。大好きだった。

 死を賭しても……構わないと思った。

 それがいま、手を伸ばせば届きそうな距離にある。

 ……もしかして俺は、秋月さんと付き合えるのか?

 ……報われるのか?


 ──ドクンッ。

 違う。そうじゃないんだ。

 
「え、えぇぇーー?! ど、どうしたんだね君ぃ! あっ、えっ、えーと、そうだハンカチ‼︎」

 ◇

 気付いたら俺は、涙を流していた。

 自分の気持ちと向き合うのが怖くて、耐えられなくなってしまったんだ。

 少しも嬉しいと思えなかった。
 俺の中での秋月さんは、とっくに決着がついていたんだ。

 ──そのことに気付いてしまった。

 俺が好きなのは……。
 心の中ですら言葉にしてしまうと、全てが壊れてしまいそうで、ただ涙を流すことしかできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

処理中です...