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85話
しおりを挟む「じゃあ、そういう事だから。今日は悪いな。この埋め合わせは必ずするから」
「先輩は最低野郎です。見損ないました」
どうしてわかってくれないんだ。
ささっと行けっ、消えろっ! みたいな雰囲気なのに、しっかりと俺の袖を掴んでくる。
バイトも終わり、時刻は21時10分。一秒でも早くちほの元へ行かなければいけないのに、休憩室から出られない。ドアはすぐ目の前だってのに……。
──なぁ、最側。俺を困らせないでくれよ。
「とりあえず今日は悪い。今は……そのごめん。明日な。また明日話そう」
グイッと手を軽く払ってみるも、最側の手は袖から離れない。逆にグイッと引っ張られてしまった。
「わたしが先に約束してたのに。これなんて言うか知ってますか? ドタキャンですよ? ド・タ・キャ・ン‼︎」
グイッグイッと言葉に合わせるように袖を二度三度引っ張ってくる。こいつ、行かせる気ないだろ。
でも、行くしかないんだよ。
ほんと、今日の最側はおかしい。こんなに聞き分けのない子だったか。
「いや、ほんと悪いと思ってるよ。明日じゃダメなのか? お詫びに奢るからさ」
「ダメです……よ。今日じゃないと意味が無いんです」
なんだよ最側。急にしおらしくなりやがって。
おまえらしくもない。どうしたんだよ。はぁ。
「俺も行きたいのは山々なんだけどさ、わかるだろ? 今日は無理だ」
「山々って……わかりませんよっ‼︎ 先輩は彼女とバイト仲間、どっちが大切なんですか?」
何言ってんだ。その二択は成立しないだろ。
「おまえ、今日おかしいぞ? ほんとどうした?」
「なにそれ……もういいです。お疲れ様でした」
バタンッ。
掴んでいた袖を勢いよく引っ張ると、ドアの前に居た俺を押し退け、そのまま休憩室から出て行ってしまった。
なんだよ。一回飲みに行く約束を断っただけでこれかよ。いままで一度も断ったことなかっただろ。
勝手なやつ。
あー、ほんと勝手なやつだな。
俺だって、何も無ければお前と飲みに行きたいよ。でも、今日は無理だろ。どうしてそれがわからないんだよ。
はぁ。とりあえず、これでちほのところへ行ける。最側のことは明日考えよう。今はこれからに備えるんだ。
ガチャンッ。
ドアを開けると最側が居た。あ……れ? おまえ、帰ったんじゃ……?
「わたし、待ってますから。いつもの公園で」
おいおい。ほんと、もう……頼むよ。最側……ほんとに……。これ以上はやめてくれ。
「いや、だから……何時に帰って来れるかもわからないって言ったろ」
「それでも、構いません。今日じゃないとダメなんです」
「ダメだ。家に帰れ。これ以上、俺を困らせるなよ。まじで勘弁してくれ」
お互い、連絡先を知らない。待ち合わせなんかしたらあの日の二の舞だ。それだけは絶対に……ダメだ。
「こま……らせ……る? え、なんですかそれ……」
「そのままの意味だろ。良い加減にしてくれよ。早く行かなきゃいけないんだよ」
「……わかりました。困らせて、ごめんなさい。ぐすっ」
え、泣いてる……のか?
急いで謝ろうとしたけど、その言葉は最側へは届かなかった。勢いよく走り出してしまったんだ。
──俺は、最側を追い掛けることができなかった。
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