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72話
しおりを挟むピッ、ガシャン。
ピッ、ガシャン。
俺は〝慰謝料〟として、最側御用達の自販機で缶ジュースを二本買った。
あれだけの事をして、これで済むのだから感慨深い。
「ほらよ! これでチャラだからな!」
「どーもです先輩♪」
さてと、俺はオレンジジュースでも買うかな。
再度、小銭を自販機に。
ピー、チャリンッ。
あれ? 最側が返却レバーを下げていた。
「先輩にわぁ、今日もわたしが奢ってあげますっ!」
先ほど慰謝料として渡した缶ジュースの内の一本を笑顔で差し出してきた。
ドクン。静かに、僅かに、一瞬だが胸が高鳴るのを感じた。
〝二本〟と言った時からこうする予定だったのか。
最側の優しさが嬉しい反面、素直に喜べない自分がいる。バイト仲間だから。何度目かわからないこの言葉で全ての感情を打ち消す。魔法の言葉。
「こういうのさ、どこで覚えてくるの?」
「はい? ……って、それ! わたしのセリフ!!」
「ははは、まぁサンキューな!」
真似するなぁ! と普段通りいつもの最側だったが、
自販機の光で僅かに照らされるその姿は、先ほどまでより光って、より鮮明に見えた。
何故だかはわからないが、景色も変わって見えた。
◆◇
昨日と同じ場所。噴水と木のベンチ。
ここは〝憩いの場〟
「じゃじゃーん! 今日はハンカチを持っているのですッ!」
最側は可愛らしいハンカチを何故か自信有り気に取り出した。
「あ、そう」
俺は短く返事をし直にベンチに腰を掛け、最側が腰掛けるであろう場所に自分のだっさいハンカチを敷いた。
「えー、なんでどーしてー? 先輩ひーどーい! なんでなんでどーしてー?!」
軽く地団駄を踏みながら耳障りな声で「なんでなんで」と続けた。
「いや、そんな可愛らしいハンカチ汚せねーよ。それにさ、そういうのは好きな男にしろよ」
「…………。あの、先輩それ……矛盾している事にお気付きですか?」
地団駄を辞め、何故か丁寧な言葉使いでポカーンとした表情で問いかけられる。
……? あ……。いやいや、ちげーよ!!
「ばっか! おまえ?! はぁ?!」
「先輩……ごめんなさい……。無理です」
「いい加減にしろよ?」
「あはっ♪」
こ、こいつ……。
わかっててやったな!! この野郎が!!
手をパーにして口を押さえ、驚いた表情を見せつつもその本質はからかっているように見えた。
最側のくせに生意気な!
でも不思議と今日は、最側の顔や表情が良く見える。
「昨日のハンカチは洗って干して今頃は乾いていると思うので、次はこのだっさいハンカチを二枚並べて敷きましょー!」
次って、また次もあるのか?
「別に俺は良いんだよ。乾いたのなら普通に返せ」
「嫌ですよー! だってこれじゃ……わたしがお姫様で先輩が下僕みたいじゃないですかぁー!」
何故、そうなる? たかだかハンカチを敷くだけで何故そうなる?!
「あのな、ベンチに自分のハンカチを敷いて座るような趣味はねーの!」
「あっ!! それならぁ、今度ハンカチを買いに行きましょうっ! 先輩が座っても大丈夫なぁ、わたしのハンカチを選んで下さいッ!!」
自信有り気に「良いこと思いついた!」と、手で餅をつくかのような仕草を見せ、とんでもない事を提案してきた。無理に決まってんだろ。だってそれは……。
「いやいや、さすがにそれは、おまえどういう意味かわかって言ってる?」
「えっ? バイト仲間じゃないですかー! それに飲み仲間でもありますしー!」
何か問題でも? と、疑問を投げかけられた。
確かに〝バイト仲間〟だ。やましい事なんてない。
逆に気にする方がおかしい……のか?
「確かにそうだな。バイト仲間だもんな!」
「ですですー!!」
最側は嬉しげに笑顔を見せると、満足そうに俺のハンカチが敷かれるベンチに腰を掛けた。
そして今夜も缶ジュースで乾杯をした。
〝〝カンッ〟〟
──俺は最側とハンカチを買いに行く事になった。
〝バイト仲間〟に〝飲み仲間〟が加わり、まともな判断を欠いてしまっているのかもしれない。
結局、ちほへの連絡はこの日も遅れてしまった。
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