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29話

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 キキーーッ!

 ピンクゴールドの可愛らしい車が少々荒い運転で目の前のロータリーに止まった。

 ガチャン。勢いよく助手席のドアが開く。

 可愛いらしい一人の女の子が出てきた。ちほだ!!

「りっくぅぅぅん!!」
 公衆の面前にも関わらず抱きつかれた。可愛い可愛いワンピース姿だ!

「ぎゅーーーー! くっつき虫ぃぃ!!」
 あぁ、この温かみ。落ち着くな。そしてこの甘い匂い。安らぐなぁ。


 ──駅前ロータリー。帰宅ラッシュのこの時間。

 なぁに。構うことはない!


『な、な、な、な、なにを考えとるんじゃぁぁぁ!!』
 妖精さんの驚いた声が脳に響く。

『妖精さん。こんなんで驚いていたらこの先やっていけないぞ』
『なんじゃ……と?』
 驚くのも無理はない。妖精さんにこの手の話はしていないのだから。実際に見て理解すればいいだろう。これこそが二見ちほにいみちほだ。


「すぅぅぅ。りっくんの匂いだぁ!」
 可愛らしい顔で俺を見上げてくる。着替えもせず、シャワーも浴びず、制服のまま来てしまったのは失敗だな。
「汗臭いよな。悪い」
「ううん。りっくんの匂い好き! 落ち着くぅ。ぎゅーーーー!」
 笑顔で首を横に振り、ぎゅうっとして顔を俺の胸元に。すぅすぅしてるのが伝わる。少しこそばゆいが、ちほらしいと言うか、可愛いッ!


 しかし、10秒も経たずにギュッとされていた手が離れてしまった……。

「充電完了♡ りっくん乗って!!」
 強引に手を引かれ、後部座席のドアを開けた。


 えっ、待って。どこか行くの? 話違くない?!

 
 あまりの強引な手引きに、あっという間に車に乗せられてしまった。──唖然。


「ぎゅーーーー!」
 車の中に入るやいなや、ギュッとされキスをされた。

 人通りの多いロータリーだったからか、キスは我慢したのだろう。所構わずな子かと思ったが、良識は持ち合わせているようだ。一安心。

 ずっとこうして居たい。俺は瞳を閉じてちほの唇を受け入れた。


「小僧。シートベルトはしたか?」
 ドスの効いた低い声。気のせいかな。今はちほの温もりを。

『り、りく!! しっかりしろ!!』
 妖精さんの叫び声? 閉じたこの瞳を開ける事は出来ないよ。ちほの温もりを……。
『今、いいとこ』
『あ、あほじゃ……。まぁええ。今回はお勉強じゃ』


「おい小僧」
 ん? またこの声。ちほにキスをされたままだ。返事なんか出来るわけがない。

「おい!!」
 俺はようやく気付く。ちほパパだ。キスにうつつをぬかし、すっかり忘れていた。

 俺は瞳を開けた。目の前に映るのはちほの可愛い顔。

 絶賛奪われ中の唇を離そうとした、まさにその時、運転席から大柄の男が後部座席を覗き込んで来た。


 目の前に飛び込んで来たのは、とても人類とは思えない。いや悪魔の形相。そうガーゴイルのようだった。


 う、嘘だろ? 俺は震えた。目が合う……。


「な、何をしている……?」
 ちほパパは慌ておののき、ハンドルにもたれ掛かってしまった。

 〝〝ブブゥーーーーーーーー〟〟

 クラクションが鳴り響く。

 ちほはハッとしたのか、唇が離れていく。

「もぅ! パパ! うるさいよー! 空気読んで!」
 人間味のある怒り口調。俺には甘ったるい口調。他の人には冷たい口調。きっとこれが普段のちほなのだろう。うんうん。

 などと分析している余裕はない。今はそれどころじゃないだろ。
 はぁ。思考の優先順位がおかしくなっている。


 この感じ、久しぶりだ。秋月さんの時もそうだった。

 俺はちほに、秋月さんと同じくらい

 ──恋、しちゃってるんだな。
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