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しおりを挟む──魔王室。
「魔王様。お気を確かにお聞きください」
「なんだい改まって。唐揚げ食べるか?」
あぁ、だらしない。
あまりにもだらしなさ過ぎる。
ベッドの上で食事はするなと何度も言っているのに……。そしてこの部屋の散らかりっぷり。
ベヒモスが無自覚にも時間を稼いでくれたのは幸いだった。もし今、勇者と一緒にこの部屋を訪れていたのなら、きっと魔王様は泣いていたことだろう。
この好機、逃すわけにはいかない。
「勇者が魔王城に来ております」
「…………?」
あぁ、魔王様。唐揚げを口に頬張る直前で箸が止まってしまった。
「ま、またまたぁ~。ルー君は冗談のセンスがないなぁ~」
「冗談などではありません。まごうことなき事実です」
「う、嘘だ!」
「本当です」
「嘘だ!」
「魔王様。お気を確かに。本当です」
「えっ。なんで。どうして? どういう展開?」
「順を追って話している時間はありません。まずは現実を受け止め、成すべきことを優先して下さい」
「あっ。あ。あ。あ。あーー!!」
もはや言葉になっていない。
しかしながら時間はない。魔王様にはすぐにでも御決断と御覚悟を決めていただかなければ。
「魔王様、落ち着いてください」
「おめかししないと。おめかし、おめかししないと! あっ、その前にお風呂。お風呂が先だ! あーッ、部屋の片付けもあるッ」
バタバタとお忙しくなさって。
致し方ありません。ここは壁ドンの出番です。
魔王様。失礼いたします。
〝ドンッ〟
「落ち着きなさい。魔王様ァッ‼︎」
「はぅ。…………もう寝ちゃったからまた今度って言ってきてよ。無理だよ……」
「もう手遅れです。願わくば、お泊まりさせるつもりで呼びましたので。プランBですよ魔王様。匙は投げられたのです」
「…………る、る、ルー君‼︎ どうしてそんな勝手なこと‼︎」
「話すと長くなります。端的に申し上げますと、ダメ元で勇者にお声掛けしたのです。そしたら一言「行く」と。プランBの好機と判断いたしました」
「くぅ。だとしてもプランBなんて聞いてないぞ。勇者には帰ってもらうように伝えるんだ。嫌だと言うならあれ使っちゃうからな、もう使っちゃうからな! 魔王命令だ! ルー君GOだ!」
「御託はいいから早くお風呂へ行きなさい‼︎」
「……はぅ。ま、魔王命令なのに……」
「魔王様。これは添い寝チャンスなのですよ? おわかりですか? 魔王様の夢、添い寝が叶うのですよ?」
「そ、そそそそ添い寝チャンス……?」
「ええ、そうですとも。ここで逃げて添い寝を逃すか、それとも立ち向かい添い寝を遂げるか。選びなさい魔王様‼︎」
「……わかった。行ってくる‼︎」
〝バタンッ〟〝タタタタタタタッ〟
まったく。世話のやける魔王様だ。
さて、この隙に部屋の片づけをせねば!
◇◇
──5分後。
「ただいま!」
「早過ぎでしょう? ちゃんと体は洗ったのですか?」
「ゴシゴシ超特級! へへん!」
「確かに。しっかり髪も洗われてますね。ですが、そんな乱暴に洗ったらキューティクルが取れてしまうのではないですか?」
「キューティクルより、いまこの瞬間を紡ぐ!」
ま、魔王様……なんと勇ましきこと。
ご立派に成長されて……。さしづめ、恋の力とでも言うのでしょうか。
「魔王様の御覚悟、しかと受け取りました。それでは準備に取り掛かりましょう」
「うむ!」
◇◇
「おぉ! これはいけない。ツノをすっかり忘れておりました」
「勇者は付け角だって知ってるぞ。決闘中に何度か取れたからな」
「よろしい! それは好都合! 今日は付けずにいきましょう」
「へ。どうして?」
「普段と違う魔王さまになるためです」
「ふだんとちがうわたし?」
「そうです。オフな魔王様の姿をさらけ出すのです。それでいて、普段よりも美しく」
「オフなのに、美しくなれるのか?」
「なるのですよ。いいえなれます」
魔王様はロリなので美しいとは離れた存在ですが……ロリというと怒るので。仕方ありません。
「いつも着てる部屋着のジャージでいいのか? さすがにちょっと恥ずかしいかも」
「あぁ、言葉を誤りましたね。オフと見せかけたオンです。本当にオフになってどうするのですか」
「ルー君。もっとわかりやすく頼むよ。わたしにもわかるように!」
ゴホンッ!
「オフのような緩さを兼ね備えた攻撃的な…………オン!」
「ほ、ほう。なるほど」
「それでは魔王様、善は急げです。ほんの少しヨレたTシャツに着替えましょう」
「……え?」
「ただお洒落に着飾るだけではダメなのです。オフとは生活感。しいては緩さに繋がります」
「なるほど。緩さとはTシャツのヨレのことだな!」
「そうです!」
「さすがルー君! その着眼点は無かったぞ!」
「いえ。これしきのこと」
◇◇
「どうだ、着替えて来たぞ! ヨレヨレのTシャツにヨレヨレの短パンだ!」
あぁ……なぜヨレがヨレヨレとなってしまったのか。とりあえずヨレヨレならいいと誤解なさってますね……。
「魔王様。違います。上着は上質なものを。インナーのみちょいヨレです。つまりはTシャツだけヨレていれば良いのです」
「ねえ、ルー君。思ったんだけどさ、これ趣味嗜好入ってない?」
「な、なにをおっしゃいますか。悪魔大執事、このルシファーがそのようなこと!」
「……ならいいけど。ルー君が言うことなら信じるけど」
いささか疑われているようですね。
ここはもうひと押し、魔王様にヨレの素晴らしさをお伝えしときましょうか。
「凛として美しく、しかし儚げに。上質な上着が凛を演出し、ヨレたTシャツが儚さを演出する。この黄金比、魔王様にはわかりませぬか」
「わ、わかるもん!」
「……さすがは魔王様」
「と、とーぜんなのだ!」
これは……わかっていないですね。
しかし、準備は整った。
さあ、勇者よ!
今宵は一匹の狼になりなさい!
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