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「レオン君のことを侮ってました。油断も隙もありませんね」

 あ……れ?

 その言葉は背後からのものだった。

 確かにさっきまで、目の前に居た彼女が後ろから俺に抱きついていた。……空間転移?

 それと同時に身体が動かなくなった。……言葉もでない。

 精神干渉系の魔法か、はたまた重力操作系か。

 いずれにせよ俺は間違えたんだ。
 スカートの裾に掛けた鞘は脅しにすらなっていなかった。

 この期に及んで思うことは初手の段階で不意をつきスカートをめくる。そして可能な限りラッキースケベルをチャージすること。

 そうすれば、力づくで押さえられたかもしれないのに。

 ……いや、そうじゃないだろ。

 あの日から俺は何をしてきた。飲んだくれてただけじゃないか──。

「少しの間だけ眠っててください。……それから、目が覚めたらもう二度と、私の前には現れないでくださいね。迷惑なので──」

 迷惑、か……。一言、一言が胸に突き刺さる。
 そう思った瞬間、猛烈な睡魔が突如として襲ってきた。

 立っている事もままならず、そのまま地面へと崩れ落ちてしまった。

 本当、何やってんだよ……俺。


「り、リリィの姉御ぉぉおお?」

 これにはグリードファミリーも驚きを隠せない様子で声を荒げた。

「少し眠ってもらっただけですよ。……はぁ。レオン君のせいでタイムオーバーです。実は私、仕事中でして。勝手に持ち場を離れてここに来たんですよね。そのことに気付いた上官的なあれな感じの人がぷんぷくりんになって間もなく此処に到着します。ですので皆さんはお静かに願います」

「へ、へい。リリィの姉御がそこまで言うなら従いやすが。なんというかその、リリィの姉御ほどのお方でも臆する者なんすか?」

「まあ一応。『蒼龍の館』ですから」

 その名前を聞いてグリードファミリーは一斉におののいた。

 「蒼龍の館がぷんぷくりん!」
 「ぷんぷくりん……」
 「ぷくぷくりん……」

 子分たちは念仏のように唱えながら身震いしているようだった。


 合点がいった。
 この国に住む者ならそのギルド名を知らない者はいない。

 三大ギルドの一角。蒼龍の館。
 裏社会を牛耳るとも噂される、アウトローなエリート集団。

 これでますます眠れなくなった。
 皆は俺がとっくに眠っているものだと思ってるのだろうな。

 好都合だ。

 リリィ。お前は俺のことを今も尚、侮り続けている。

 普通なら確実に寝ているところだが、
 でも、俺のすぐ側にはお前の太ももが見える。

 俺の中のラッキースケベルがうねりをあげているんだよ。

 リリィほどの奴だ。魔術に干渉できない俺を眠らせる程度にはぬかりは無かったのだろう。

 でもな、すぐそこに太ももがある!!

 お前のそそり過ぎる太ももがあるんだよ!!

 これが視界に映る限りは眠れない。俺の中のラッキースケベルがそれを許さない。

 パンチーラはまだかまだかとうねりをあげる!

 ……とはいえ、今起きたところで問題の解決とは至らない。

 おそらくチャンスは一回きりだ。
 上官だかなんだか知らないが、元パーティーリーダー。しいては元上司的立場の俺が、お前を縛り付けるナニカ・・・を取っ払ってやる!


 だから今は寝たふりをして息を潜める。

 リリィの太ももを見つめながら、その時が来るのを待つ──。


 そうして程なくして、その時は訪れる──。


「みーつけた」

 それは、俺の反射速度では存在すら認識できないほどに速く、突如として現れた。

 瞬きをするよりも遥かに速く、刹那的速度で──。

 生存本能が魂に語りかける。やばいやつだ、と。

 盗賊シーフの装いで腰にクロスされるのは二本の短剣ダガー

 服装は軽量化重視なのか、とってもハレンチなものだった。

 腰に巻かれた短めのスカーフ。
 ぱっと見、一枚の布切れに見える。
 万が一その下にショーパンやスパッツの類を履いていないのなら、やってやれないことは……ない!

 すると目の前のハレンチシーフは妙なことを口にした。

「監視対象補足ぅ~」

「うぐっ──」

 リリィは首根っこを捕まれると縮こまった。

 そしてシーフの女は有無も言わさず間髪入れずにこんなことを口にした。

「歯食いしばりなさい」
「……はーい」

 なにが始まるんだ……? 監視対象ってなんだよ……?

 などと思っていると──。

  「うぐっ──」

 目を疑った。
 それはまごうことなきグーパンだった。

 現れて早々、時間にして十秒も経っていない。それでいきなり顔面にグーパンを放てる間柄。

 それは日常的に繰り返されている行為ということ。

 怒りの炎が萌え滾るもぐっと堪えた。

 とはいえリリィなら避けれたはずだ。魔術で防ぐことだってできた。
 シーフの姉ちゃんにしてもそうだ。ダガーではなく拳でいった。

 まるで体育会系。愛の鞭とでもいうのだろうか。
 でも確実にそれは行き過ぎた行為であり、リリィの唇は僅かに切れ、赤い血が垂れていた。

 ……パワハラか…………?

 そんなことを考える俺を他所に、話は思わぬ方向に進んでいく──。

「じゃあ、持ち場を離れた言い訳をしなさい」
「はーい。疲れちゃったのでサボろうと思い、逃げ出しましたぁ」

 違う。お前は俺のピンチに気付いて飛んできてくれたんだろ……?

「あらそう。素直でよろしい。普段もそれくらい素直にものが言えるなら可愛がってあげるのに」
「……はーい」

「それで? そこの大きな穴はなに? まさかあなたがやったわけじゃないでしょう?」

「……えーとですね。それは…………彼がやりました」

 なっ──? 事もあろうかリリィは地べたに寝っ転がる俺を指差してきた。

 それはさっきお前が「ちゅどーん」とか言って放ったメテオの跡だろ……!

 話の意図が見えてこない。
 どうしてリリィは嘘ばかりついているんだ……?

「へぇ~。その彼はどうして寝たふりなんてしているのかしら?」

「えっ?」

 リリィは驚いた表情で俺を見てきた。

 そんなことにはお構いなしにシーフの姉ちゃんが俺に近付いてくる。

 やるか? やっちまうか?

 しかし俺は絶望の淵へと落とされる。
 ショーパンが見えたんだ。

 考えてみれば当たり前のことだった。
 軽い身のこなしで短剣を振り回すであろう彼女が、スカーフを腰に巻いている時点で十中八九その下はショーパンだ。

 スカートですらないスカーフ。
 その下がパンツだなんて……ありえないだろう。

 ありもしない可能性に縋ってしまった。
 自分に都合の良い予想を立て、あまつさえそれを現実に起こりうるものと錯覚してしまった。


 ──戦えない。

 だったらどうする!?
 やばいだろ!? 寝たふりしないと!!

 もう、無我夢中だった──。

「……スヤァ……スヤァ……スヤァ」

 …………………………………。

 ……………………。


 暫し沈黙が流れ、寝たふりの成功を確信したとき──。


「完全に起きてるわね。スヤァなんて言いながら寝てる人、初めて見たわ」


 くまった! 
 じゃなくて、しまった──!!


 
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