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「お前が心配するようなことは何もないよ。無駄な心配かけさせて悪かったな」

 マジ顔で怒った様子のかつてのパーティーメンバー、後輩女子を前に俺の気持ちは頑なだった。

 俺は泥臭い冒険者でリリィはギルド勤めのエリート。

 ここにはどうしたって埋めてはいけない壁がある。

 大切に思うからこそ、元パーティーリーダーとして人生の先輩として、この子を……リリィを正しい道へと導く義務がある。

 こんなところで寄り道なんてしたら、だめだろうが。

 だから誤魔化す。
 自分の気持ちを隠して、体のいい言葉を並べる。

 それを見破られないほど、浅い付き合いじゃないと、わかっているのに──。


「レオン君らしいと言うかなんというか。……たまには、弱音吐いてもいいんですよ。そうしたら、私──」

 そこまで言いかけて口をつぐんだ。

 リリィはふざけたやつだけど、誰よりも人の心に敏感で優しいやつ。

 だからきっと、俺の気持ちを察してくれたんだよな。そういうの全部わかってるから、そこまで言いかけて、やめたんだよな。
 
 あとは俺が、その気持ちに応えるのか答えないのか。たぶんそういうことなんだ。


 ◇ ◇ ◇

 ──これが全部間違いだった。
 このときもし、もっとリリィと話せて居たのなら、また違った未来になったのかもしれない。

 俺はリリィのことをわかったつもりになって何もわかっていなかった。

 本名や素性すらも知らずに、知った気になっていたんだ──。

 ◇ ◇ ◇


 結局俺は、なにも言わなかった。
 いや違う。言えなかった。

 言えなかったんだ──。

 そんな沈黙に等しい気まずさの中で、幸か不幸か。タイミングが良いのか悪いのか、すぐそこまでグリードたちは来ていた。

 互いに肩を支え合い、英雄の帰還のような出で立ちでこちらに向かってくる。

 それに気付いたのか、リリィはこんなことをこぼした。

「あーあ。困っちゃったな。本当に……困っちゃったな。どこで間違えちゃったんだろう」

 会話の続き的にあながちなくはないその言葉は、少しだけおかしかった。

 リリィの視線はグリードたちに向いているように見えるが、遠くを見るような目をしていた。

 その先へと目を細めてみるもなにもない。ただ、荒野が広がるだけ。


「……ねぇレオン君。二人でどこか遠くに行っちゃいませんか?」

 意味がわからなかった。
 その言葉の真意がわからない。

 何がどうして今、こんなことをリリィが口に出しているのか、わからない。

 でもふざけた様子などどこにもない。
 それどころか、どこか儚げでリリィらしからぬ表情をしている。

 その表情からは、初めてリリィと会ったときのような儚さを感じた。

 なにかが……おかしい…………。


 今にして思えば、ほとんどナンパだった。

 ただ、あの頃の俺は爺ちゃんが無茶なスケベをして牢獄に囚えられ、再びお日様を見ることなくお空に旅立ったから、少しだけ荒れているときだった。

 今思い出しても不思議なのだが、どことなく俺と同じ匂いがした。

 その時は魔術適正、上位1%のエリートだなんて知らなかった。放っておくとどこかに消えてしまいそうな、そんな雰囲気を漂わせている女の子だと思ったんだ。

 自分と似ていて、放っておけなかった。

 ──だからなんとなく、声を掛けた。

 それから。今日に至るまで。
 当たり前に笑顔を振りまき流れる日常に、なにか大切なものを見失いかけてるんじゃないか、と。

 そんな嫌な予感が脳裏を過ぎった。

 だから俺は……。

「いいぜ。お前とならどこにだって行く!」

 無責任にこんなことを言ってしまった。
 
 先程までとは真逆のことを言っているのだから笑えない。
 でも、およそ適切ではないとわかっていても、ここで離してしまったら二度と会えないような、そんな不安に駆られた。

 俺はずっと、お前は元気にやっているものだとばかり思っていた。

 一端の冒険者風情が、ギルド勤めのエリートを引き止めるなんて間違っている。

 間違っているけど……。

 今のお前を放っておくのはもっと間違っている。

 でも、その想いはどうしようもなく遅過ぎて、もう、届かない──。

 そんな無責任な返答を聞いて、リリィは驚いたような顔もみせると、微笑んだ。

「じょーだんですッ! 真に受けちゃって~レオン君は馬鹿だな~! どんだけ私のパンツが好きなんですか~? ヘーンターイさーん! 見せませんよーだ!」
 
 あぁ……いつものリリィに戻った。
 なにも解決していないのに、リリィはいつもの仮面を被った──。
 
「なにか困ってることがあるなら言えよ」
「ははーん。そう来ましたか。そう来ちゃいましたか! 言いたいことがたくさんあるのはこっちなのに、そうですかそうですか! そー来ちゃいましたかー!」

「当たり前だろうが!!」

 つい、声を荒げてしまった。
 自分のことを棚に上げて──。

 それでもリリィはまたしても優しく微笑んだ。

「じゃあわかりました。レオン君のもとに戻りましょー! でも! リリィは掃除も洗濯もしません。なんなら働きもしません! それでもいいんですかぁ~? 毎日アジトに居座ってごろごろして、飯はまだかー! って催促までしちゃいますよー!」

「いいぞ。お前がそれでいいなら飯くらい作ってやる! 三食昼寝付きだ!」

「ななっ! もぉ……。冗談も通じないレオン君とはお話しませんッ!」

 絶対何かあるんだ。絶対に。
 こういうときのリリィならいつもどうしてる? 普段ならどうしてる……?


 ……あぁ。そんなの決まってる。
 最初からわかってたことだ。わかってたことじゃないか。それなのに、俺は……!!

 バカヤロウ!!


「戻ってこいよ! ギルドなんてやめちまえ!!」

 あの日からずっと、言えなかった言葉をようやく言えることができた。

 でも──。

「お断りしますッ!」
「……な……に?」

 笑顔で即答する彼女に言葉を失った。

 でも、それと同時に──。
 確信した。リリィを縛り付けるなにかがあることに。

 だってこんなの、ぜんぜんリリィらしくないから。

 無理しているのが、痛いほどに伝わってきたから──。

 そして、思ってしまったんだ。
 そんなもの、俺がぶち壊してやるって。


 魔術適正上位1%。
 トワイライトなんとかドラゴンすらも余裕で跳ね除ける彼女が、抗えず従う相手だとは考えもせずに──。


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