上 下
17 / 28

しおりを挟む
 グリードたちと仕事を始めて一週間が過ぎた。

 “兄貴に手間は取らせませんぜ!”

 などと言われ、俺は特等席で眺めるだけのポジションを確立していた。

 はっきり言って居ても居なくてもいい存在だ。

 それでもこうやって依頼をこなすことには大きな意味がある。日銭を得られることは勿論だが実績にもなる。

 仮にも俺はAランク冒険者だ。
 ある程度の実績を残さなければ降格の可能性も出てくる。

 可能性とは言ったが、貴族様の依頼をバックレたことでいつ降格してもおかしくない状況だったりもする。

 俺一人だったら素直に受け入れたが、そう遠くない未来にエリシアが帰ってきてくれる。

 だから、できることなら守りたい。

 分不相応だとしてもAランク冒険者でありたい。


 ──きっと、そう思ったことが間違えだった。
 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「兄貴、あいつは信用ならねえす。腹黒たぬきっすよ」

 その日、珍しくグリードが俺に意見をしてきた。俺の手には一枚の依頼書。

 冒険者組合から少し離れたカフェテラスに二人、軽めの朝飯がてら、それをグリードに見せていた。

 《はぐれドラゴンの討伐》

 この依頼書は冒険者組合の所長直々に手渡されたものだ。

 ここで生きていく以上、断るという選択肢はないに等しいのだが、グリードにはそういったことは関係ないらしい。

 本来、敬うべき相手を“腹黒たぬき“なんて呼んでるくらいだもんな……。


「でもな、所長からの直々の依頼だぞ?」

 とはいえ、戦うのはグリードだ。
 俺は特等席でその様を観戦するだけ。

 そのグリードが行かないと言うのなら、断るしかないだろう。

 俺の問いかけに対し、グリードは顔を曇らせた。

「兄貴の居場所を教えてきたのはあの腹黒たぬきなんすよ。受付の姉御に聞いても一切教えてくれなかったのに、あいつはしたたかに笑いながら酒場の場所まで丁寧に教えてきたんす。俺らとレオンの兄貴が衝突すればどうなるかくらいわかってたでしょうよ」

 所長が……?
 所長は俺と貴族様の仲介に入ってくれて違約金をとことんまで値切ってくれたんだぞ。

 それこそぎりぎり払える額まで。

 殆どスッカラカンになってしまったけど、もし足りなかったらと思うと今でも悍ましくなる。

 とはいえ。
 とはいえだ。

 俺は観客席から眺めるだけ。

 おそらくグリードと所長との間には何かしらの確執があるのだろう。だったら無理する必要もないか。


「わかった。今回は断っとくよ。悪かったなつまらない話しちまって」

「つまらない話だなんて、そんな! 兄貴のお気遣いに感謝っすよ!」

「ははっ。いいってことよ」


 強者を演じるのにも慣れてきた今日この頃。

 とりあえずくまたんの討伐でも十分金にはなるし実績も作れる。

 これ以上なにを望むというのか。

 所長には悪いが丁重にお断りしよう。


 ◇ ◇ 

 グリードと共に冒険者組合に入ると、珍しく所長がエントランスに居た。

「おぉ~やっと来た。遅かったじゃないか!」

 どうやら俺を出迎えるために待っていたらしい。これが意味することは間違いなく“はぐれドラゴン“の討伐に関してだろう。

 それなら早いほうがいいな。

「所長……非常に申し上げにくいのですが、先日お話いただいた件ですが、辞退いたします」

「なんだって?!」

 温厚なイメージが強い所長が突如として声を荒げた。

「ええ。ですがパーティーの意思ですのでこればかりは」

「君が行かなかったら他に誰が行くというのだ? 困るよ今更。君はまたそうやって放り投げるのかい?」

 ……待ってくれ所長。
 今回と貴族様の時とでは、状況は全然違うだろ……。とは思うも、それを意見できるような雰囲気ではない。

 確かに依頼書は受け取ったのだから。
 

 言葉に詰まる俺の様子を察したのか、隣りに居たグリードが口を開いた。

「そもそもこの依頼書はなんだよ? 依頼内容はBランク程度。それでどうしてレオンの兄貴を指名するんだ?」

 所長はグリードに冷たい視線を向けるもやれやれと話し始めた。

「この依頼書はな、三大ギルドの一角《銀翼の宴》がドラゴンの群れの殲滅を試みた際に討ちもらした一体なのだよ。それがどうやら近くまで来ているということでな。無論、あそこのギルドと関わりたがるギルドなどこの王都にはない。でもね、冒険者組合としては恩を売っておきたいのだよ」

「……銀翼の宴………」

 グリードはその名前を聞いて少しおののいているようだった。

 銀翼の宴。その名前をこの王都で知らない者はいない。武闘派で自由奔放。辺境の地に大きなギルドタワーを構え、国の一切に関与しない。

 国からの要請に応じることもなく、懲罰や厳罰を下そうものならいつでも戦争をする構えだとか、なんだとか……噂の耐えない尖ったギルドだ。

 戦闘に関してはスペシャリストの集団。

 ……………………。

 いやいや。無理だろ!
 聞けてよかった。こんなの一端の冒険者が関わっていい案件じゃない!

「所長の気持ちはお察ししますが、やはり辞退させていただきます」

「ならば報酬は十倍だそう。100万Gでどうだ」

 なんだって……?
 それは目からウロコが出るような金額だった。

「怪しい。その討伐報酬はどこから出すつもりですかぁ~? 所長~!」

 聞き耳を立てて居たのかリゼさんが話に割って入ってきた。

「なんだ君か。それは無論、私のポケットマネーから出すつもりだ。さっきも言ったがな、銀翼の宴に恩を売っておきたいのだよ。なにかと都合が良いからな」

「そういうことでしたか。レオン君。この依頼断りなさい! 絶対に行ってはダメよ」

 いつもの花のようなイメージから一転。リゼさんから鋭い眼光が向けられた。

 ……こんなリゼさんは初めて見る。

「はい、わかりました。絶対に行きません」

 だから俺は即答した。

 「うん。いい子だねレオン君!」とリゼさんから頭を撫でられ、これにて一件落着。と思ったのだが……。事は思わぬ方向へと発展した。

「そうか。ならレオン・ザ・ハート。君をたった今、Aランク冒険者から降格とする。今後のランクに関しては後日通達する」

 その言葉は思いもよらぬものだった。

 ……どうして…………?
 
 そう、俺が心で思うのと同時にリゼさんは所長に食ってかかった。

「ちょっと所長! どうして?!」
「当たり前だろう」

 所長は冷めた声色でリゼさんを煙たがった。
 それでもリゼさんは負けじと食い下がる。

「こんなの職権乱用じゃないですか?」
「Aランクとはうちの花形だ。それがなんだ? ここ最近は低級の魔物を狩って日銭を稼いでいるだけじゃないか」

「それはパーティーメンバーの入れ替えがあってですね」

「だったら尚更だ。降格は然るべき処置ではないのかね?」

「あー! じゃあもういいです。レオンくん私と行こ? いいよね?」

 そう言うとリゼさんは俺の手を取り、強く握った。

 その瞬間、俺は悩んでしまった。
 いつもなら“ダメです“と即答している場面なのに、それができなかった。




 ──でも、それすらも…………。


「なにをわけのわからないことを言ってるのだね君は! ダメに決まっているだろう。行くならここを辞めて冒険者免許を取得しなさい」


 所長の言っていることは、どうしょうもなく全て正論だった。



 ──そうして、強く握られていたリゼさんの手は……ゆっくりと力が抜け、離れていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組

瑞多美音
SF
 福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……  「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。  「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。  「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。  リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。  そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。  出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。      ○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○  ※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。  ※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。

婚約破棄されなかった者たち

ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。 令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。 第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。 公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。 一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。 その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。 ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』 こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。 私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。 私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。 『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」 十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。 そして続けて、 『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』 挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。 ※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です ※史実には則っておりませんのでご了承下さい ※相変わらずのゆるふわ設定です ※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません

【完結】あなただけがスペアではなくなったから~ある王太子の婚約破棄騒動の顛末~

春風由実
恋愛
「兄上がやらかした──」  その第二王子殿下のお言葉を聞いて、私はもう彼とは過ごせないことを悟りました。  これまで私たちは共にスペアとして学び、そして共にあり続ける未来を描いてきましたけれど。  それは今日で終わり。  彼だけがスペアではなくなってしまったから。 ※短編です。完結まで作成済み。 ※実験的に一話を短くまとめサクサクと気楽に読めるようにしてみました。逆に読みにくかったら申し訳ない。 ※おまけの別視点話は普通の長さです。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

聖女なので公爵子息と結婚しました。でも彼には好きな人がいるそうです。

MIRICO
恋愛
癒しの力を持つ聖女、エヴリーヌ。彼女は聖女の嫁ぎ制度により、公爵子息であるカリス・ヴォルテールに嫁ぐことになった。しかしカリスは、ブラシェーロ公爵子息に嫁ぐ聖女、アティを愛していたのだ。 カリスはエヴリーヌに二年後の離婚を願う。王の命令で結婚することになったが、愛する人がいるためエヴリーヌを幸せにできないからだ。  勝手に決められた結婚なのに、二年で離婚!?  アティを愛していても、他の公爵子息の妻となったアティと結婚するわけにもいかない。離婚した後は独身のまま、後継者も親戚の子に渡すことを辞さない。そんなカリスの切実な純情の前に、エヴリーヌは二年後の離婚を承諾した。 なんてやつ。そうは思ったけれど、カリスは心優しく、二年後の離婚が決まってもエヴリーヌを蔑ろにしない、誠実な男だった。 やめて、優しくしないで。私が好きになっちゃうから!! ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。誤字もお知らせくださりありがとうございます。修正します。ご感想お返事ネタバレになりそうなので控えさせていただきます。

元妃は多くを望まない

つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。 このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。 花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。 その足で実家に出戻ったシャーロット。 実はこの下賜、王命でのものだった。 それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。 断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。 シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。 私は、あなたたちに「誠意」を求めます。 誠意ある対応。 彼女が求めるのは微々たるもの。 果たしてその結果は如何に!?

処理中です...