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「昨晩急に居なくなっちまったんで、探してたスよ! でもまさかこんなところで会えるなんて!」

「あ、そうなんだ」

 なんだこいつ……。
 なにがいったい、どうなってるんだ……。

 「今日の夜、酒場に行けば会えるかなってグリードの兄貴言ってましたもんね!」
 「でもレオンの兄貴さん・・がここに居るってなると……ひょっとして!」
 「これはこれはひょっとしてまさか! 兄貴さん・・! 冒険者復帰ですかい!」

 グリードの子分たちも親しげな雰囲気だった。

 レオンの……兄貴さん?

 まあ確かにお前らはグリードのことも兄貴って呼んでたよな。だから俺は“兄貴さん”……さん付けなのか?

 いや。そういうことじゃない。

 なんなんだこいつら……。
 ちょっとばかし気味が悪いぞ……。

「兄貴! 俺らあのあと酒場のおばちゃんからカツカレーご馳走になっちまいまして、うめぇのなんのって! あんな温かい飯食ったのは久々でしたよ!!」

「あ、そうなんだ」

 乾いた笑いと苦笑いを織り交ぜながら、とりあえずグリードたちと談笑していると、場に居る冒険者たちがざわつきだした。

 「おいおい冗談だろ? どうしてあのマヌケとグリードが……」
 「ありえねえだろ。どうしてあのマヌケにグリードファミリーがヘコヘコしてるんだよ」

 マヌケマヌケと言われて良い気分ではないが、言っていることはごもっとも。

 俺もそう思ってるよ。


「すいやせん兄貴。雑音がうるさくて辛抱たまらんスわ。話の途中っスけど、ちょいと失礼しやす」

 穏やかな雰囲気から一転、グリードは苛立つような表情を見せると拳を強く握った。腕からは血管が浮き出て並々ならぬ様子。
 

 「グリードの兄貴、程々にっすよ! さっきレオンの兄貴さんはやり過ぎたからお怒りになったんス!」
 「そうスよ! 俺らゴミの命すらも尊んでくれる慈悲深き御方っすから!」

「ああ。わかってる。けどなァァ!!」

 そう言うとグリードは物凄い剣幕で近くの冒険者をド突いた。

 ちょ、ちょっとちょっと!
 ツッコミどころが多過ぎて頭の中の整理が追いつかないよ?!

「もっぺん言ってみろ? だれがマヌケじゃゴルァ!!」

 「い、言ってません。俺は何も!」


 「兄貴! こいつさっき確実に言ってやしたぜ」
 「あっしも確かに聞きました」「俺も!」「ワテも!」「おいどんも!」「ワシもじゃ」

 おいおい。グリードの子分たちよ、そんな逆なでするようなこと言うなよ……!!


「ほーん。この期に及んで、嘘までつくのかテメーは! ゴルァ! もっぺん言ってみろや!」

 グリードの頭突きが嘘つき冒険者のオデコにクリティカルヒット。

 「い、言いました……レオンさんのことをマヌケと言ってしまいました……」

「よしわかった。じゃあいっぺん死んどけ」

 なにがなんだかわからない。
 わからないけど、今、グリードに殺されそうになってる奴には覚えがあった。

 こいつは先ほど俺にゴミ屑を投げて来た奴だ。

 ぶっちゃけ、ざまあみろと思った。

 そう、思った。

 ……思って…………しまった。

 それなのに、どうして俺はこうなのかな……。


「グリードォォォ!!」

 気づいたときには、名前を叫びグリードの腕を押さえていた。

「あ、兄貴! どうしてですか? こいつは、兄貴のことを馬鹿にしやした。到底許されることではないっス! ……何よりオレが、胸糞悪くて辛抱たまんねぇっスよ」

 あぁ、俺も胸糞悪いよ。
 
 それはグリード、お前に対してもだ。……とは言えるわけもなく。

 でも、はいそれと受け入れられることもできず……。

 マヌケはマヌケでも、自分に嘘を吐くような、自分に背くような、そんなマヌケにだけはなりたくない。

 だから俺は、きっとこの場では言わなくていいような余計なことを言ってしまうんだ。

「なぁグリード。お前だって昨晩、俺のことを散々甚振ってくれたよな? それなのに今、お前はどうなんだ?」

「……生きてやす……」

「だったら自分勝手なことばっか言ってんじゃねーぞ!」

 ブラフなのか抑えられない衝動なのか。
 自分がどうして熱くなっているのかもわからない。


 俺は啖呵を切るようにグリードに罵声を浴びせてしまった。

 もし、グリードが心変わりをしたら俺なんて一瞬で屠られるというのに……。

「すいやせんッ!! この通りっス。俺は兄貴のことを理解したつもりになって何にもわかってなかったッス」

 おいおいまじかよ……。

「ちょっ、グリードやめろ! 俺はそんなことをしろなんて言ってない! 顔を上げてくれ!!」

 「レオンの兄貴さん、俺らもグリードの兄貴と気持ちは同じっすよ」
 「俺も!」「ワテも!」「おいどんも!」「ワシもじゃ!」

 嘘……だろ?

 目の前に広がる光景に絶句した。

 グリードファミリーが、俺の目の前で整列するように深々と頭を下げてきた。

 そして床に両手をついた。

「やめろ! そんなことは望んじゃいねえ! それをしたらさすがの俺も怒るぞ? また、身ぐるみ剥がされてえのか!」

「あ、兄貴……ですが昨晩俺たちは兄貴に…………兄貴が…………」

 そう、俺は昨晩、土下座をする中まるでボールのように頭を蹴られた。

 でもだからって、土下座なんかされたらかえって胸糞悪いだけだ。


「顔あげろ。お前たちの気持ちはよくわかった」

 一人一人の肩を取り、顔を上げさせた。

 この場に居る冒険者たちのざわつく声も先ほどまでとは打って変わった。

 「嘘だろ……? あのグリードが」
 「これまじモンなんじゃねーの」
 「やべーよ俺。さっきマヌケって言っちゃった。こ、殺される……」

 「ほ、本物のAランク冒険者だったんだ……」

 するとグリードがこの場を締めるように大声をあげた。このタイミングだと見計らうように、小さく俺にグーポーズを向けてきた。


「ここに居らせらるは組合最強のAランク冒険者、レオン・ザ・ハート様だ! このお方は非常に慈悲深く俺たちの過去の行いすらも水に流し許してくださる! だが、俺は! このグリード様は……お前たちをぶっ殺してやりたくて未だ震えている。だが、やらん! 慈悲深き、神に等しき御方であるレオン様に感謝しろ!」

「…………」

 もはや俺は言葉が出なかった。
 なんだこいつを彼方へと通り越し、まるで夢でも見ているかのような現実味を帯びない超展開。

 まさかグリード。ここまで考えてたのか……?

 先ほどのグーポーズ。
 そしてグリードらしからぬ言動の数々。

 想像の域を出ないが、これはグリードなりの罪滅ぼしなのか……?

 …………わからない。


 
 まさにいま、グリードにヤラれそうになっていた奴らは俺を神でも崇めるような目で見てきた。

 ……やめろ。そんな目でみるな。
 これはハッタリだ。今の俺に力でグリードに勝てる術はない。


 でもあぁ、なんだろうな……。

 ちょっと気分いいかもしれない。

 油断したら顔がニヤけそう。

 って違う! だめだろ!

 俺はここに居る誰よりも弱い。それは現実でまごうことなき事実。

 だから、精一杯に強者を演じなければならない。こうなってしまった以上、もはややり通すしか……ない……。
 

 ◇ ◇ ◇

 なんとも異質な空気になってしまった場を元に戻すかのように、花のように澄んだ声が場に響いた。

「ちょっとちょっとレオンくーん! これはどういうことかなー?」

 一部始終を見ていたのかリゼさんが近づいてきた。

 しかし右手の人差し指と親指でスカートを摘んでいた。

 すぐにめくれるぞ言わんばかりの臨戦態勢。

「だ、大丈夫ですから! リゼさん。もう、心配には及びません……!」

 俺はそっとそのスカートをつまむ指を握った。

 この花園を……拝んではならない。……決して。


「……れ、レオン君!! もぉ~!」

 そんなやり取りをグリードの子分たちがニヤニヤしながら見ていた。

 「わかりやすぜ。兄貴のカッコよさは俺らの心も鷲掴みですぜ!」
 「俺も!」「ワテも!」「おいどんも!」「ワシもじゃ」


 このこのぉ~と行った様子で茶化してるのがわかった。

 “慈悲深き、神に等しき御方“


 とか言ってる割にはちょっと馴れ馴れしいな。とは思うも、これくらいの距離感のほうが楽かもしれない。

 なんせ、今の俺にはこいつらが必要だ。
 
 言葉は悪いが、利用させてもらおう。

 昨晩のことは昨晩のことだ。
 水に流したことになっているようだが、俺はそこまでお人好しじゃない。
 

 このままじゃ、リゼさんはきっと引き下がらない。一緒に“魔獣討伐“に行くことになってしまう。

 リゼさんの身を守るか、こいつらを利用するか……天秤にかけるまでもなく答えは一つだ。


「なぁ、グリード。良かったら一緒に仕事しないか?」

「い、いいんですか兄貴?! それはもう願ってもない申し出っスよ!! 是非に!」
 「俺も!」「ワテも!」「おいどんも!」「ワシもじゃ」

 内心、断られたらどうしようと思ったが即答だった。恩に切るぜグリードファミリー!

 
「さんきゅーな、じゃあさっそく行こうか! くま退治!」

 先ほどは危険だと思い断ってしまったくま退治の依頼書を手に取り、グリードたちを誘うと、


   「「「……え?」」」


 一斉に的を得ない表情を向けられた。


 あ、くまった!

 この人数でくま退治じゃ割に合わないか!

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