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③
しおりを挟む「おっ待たせ~!」
リゼさんが花のような笑顔で戻ってきた。手には四枚の依頼書。
こんな俺にもこなせる仕事があるのか……と、少しだけ期待をした。
そのうち三枚を受付の机に並べた。
《猫探し》
《クマ退治》
《猪刈りの補助》
猫探しは報酬10万Gと破格だが、見つからなければ報酬はなし。百の夜もあればゼロの夜もある的な、一種の博打的依頼だ。
クマ退治は1万G。魔物ではない普通のクマなので危険度は低いが、野生のクマと言えど確実に俺よりも強い。しかも神出鬼没。猫探し同様、見つけられなければ報酬はなし。
猪刈りの補助はあくまで補助的雑用なので一日拘束されて5000G。この中なら、最も現実的な仕事だろう。
でも、これなら薬草採取とそう大差はない。
駆け出しだった頃は明日食う飯にも困ってて、エリシアとよく一緒に薬草を摘んでいた。
摘むスピードに関して言えばそこそこの腕前だと思う。
でもそうか。
わかっていたけど、俺は一人じゃ冒険者をすることもままならないのか。
最初からわかっていたことじゃないか。
今日はここに薬草採取の許可証をもらいにきた。
実力も伴わないくせに、なにかに期待した。
本当に俺って……哀れな、存在。ははは。
「リゼさん……せっかくですが……」
と、俺が言いかけたところで遮るようにリゼさんは「ふふっ」と笑った。
「それともこれ行っちゃう?」
そう言って差し出してきたのは一枚の依頼書。
《魔獣の討伐》
「……え?」
「午後休もらうからさ、一緒に行こ?」
リゼさんも俺と同じく魔術適性はない。
加えて剣術というか、そういう武術の類は一切やらない。
言ってしまえば普通の女の子だ。
そんなリゼさんが、俺を誘うなんて……それはもう、そういうことだ。
「だ、だめですよそんな!」
「いいの。レオン君が大変なときだもん。もっとお姉さんのこと頼りにしてもいいんだぞ~?」
リゼさんは俺の秘密、ラッキースケベ流のことを知っている。そして理解もしてくれている。
しかし俺はただの一度もリゼさんでスキルを使ったことはない。
「ダメですよ……できません……」
「いーのいーの! 気にしないで。それにほら、わたしにはこれくらいしかできないし」
優しく微笑むと俺の目を見つめてきた。
その瞳には確かな覚悟が垣間見えた。
だめだよリゼさん……。
あまりにも危険過ぎる。それに、こんな俺がリゼさんにスケベなことをするなんて……許されるわけが、ない。
「これくらいって、そんな……絶対にダメですよ。俺はリゼさんになにも返せないですから」
その言葉を聞いて、リゼさんは少し言葉に詰まるような表情を見せた。
「うーん。ていうかさ、レオン君が飲んだくれてたのは知ってたんだよね。何回か様子を見にも行った。でも……なにもできなかった。なんていうか……声かけづらい雰囲気でさ……」
知らなかった。まったく気付かなかった……。
「少し叱り過ぎたかなぁ……とか、これでもね責任感じてるんだぞ? だから今日は午後から一緒に冒険だぁ! レオン君! ごーごー!」
そう言うと握った拳を交互にあげた。
その姿はとても可愛げがあり、反射的に「ごーごーしましょう!」と言えるだけの魔法じみたなにかがあった。
……でも、だめなんだ。
これはリゼさんにとって懺悔なのだろうか。
リゼさんが背負う責任なんて一切ない。あるわけがないんだ。
こんなのは間違っている。
「ダメですよ。俺……俺は……」
正直、喉から手が出るほどに嬉しい申し出だ。
はっきりと断らなければいけないのに、言葉に詰まる。リゼさんのこの申し出には優しさも含まれているから。
その優しさを真っ向から踏みにじるのはきっと違う。
でも、スケベだけはだめだ。
私利私欲のスケベだけは、だめなんだ。
「もぉ! レオン君は頑固だなぁ~。黙ってお姉さんの言うこと聞く! いい? 返事は?」
「……はい! って……ダメですよ……それだけは……!」
こんなやり取りを何度かしていると、ものすごい勢いで冒険者組合の扉が開いた。
バタンッ!!
勢い良く扉が開く音ともに、場は一瞬にして静まりかえった。
いったいなにごとだ? と、思うと聞き覚えのある声が鳴り響いた。
「クソザコナメクジがァ、道開けろゴラァ!」
う、わぁ……。
それは昨晩、一悶着あったあの男だった。
……グリード。
「あ~、来ちゃったかぁ……」
リゼさんは呆れるような口調でこぼした。
「レオン君たちが来なくなってからさ、妙に幅を利かせてるっていうか、威張っちゃってるのが居るんだよねぇ~」
「あぁ、はい」
なんとなくそれはわかっていた。
冒険者組合の中でこんな怒鳴り声を聞くのは今日が初めてだからだ。
「従業員用の裏口案内するからさ、とりあえず一旦帰ろっか」
「はい……」
薬草採取の許可証……。とは思うも、こればかりは仕方ない。
「じゃあ、中央の広場に12時半待ち合わせで、どう? お弁当持って来てるからさ、一緒に食べよ? って一人分なんだけど。どうかな?」
って、なんでそうなるの!
ちょっとリゼさん……!
グリードがすぐ後ろにいる。
一刻の猶予もない……。
「……で、でも……」
「はいはぁい。じゃあ待ってるからね? ちゃんと来ること! わかった?」
それでも、だめなんだ。
リゼさんにスケベなことをするなんて、とても……。
「待ってくださいリゼさん!」
「はい、これ以降返事はしなくていいでーす! ってことで決定!」
「り、リゼさーん……!」
そんな会話をだらだらとしていると、先ほどとは比べ物にならない怒鳴り声が響いた。
「おいゴラァ! てめー今なんつったよ? ああーッ?」
「ま、マヌケが……」
「ああ? ゴミ野郎がァ!! 一回死んどくかゴラァ!!」
なにやらとんでもなくまずい雰囲気だった。
グリードの怒りは頂点に達している、そんな感じが見てとれた。
「ちょっとまずいかも。レオン君、話は後
、とりあえず裏口から逃げて」
俺の手を掴み裏口へと走り出した。
言わずともリゼさんは知っているようだった。
俺がグリードに恨まれていることを。
だからこうして、慌てているんだ。
……逃げる。確かにそれがこの場において最もお利口な選択肢だ。
でもおそらくグリードは昨晩の一件で苛立っている。リゼさんのこの慌てようをみればわかる。
今日のグリードは、普段と違う。
そんな危険な男が居る場所に、リゼさんを置いて俺一人逃げる?
……できるわけないだろ。
「ごめんリゼさん。俺、あいつを止めてくるよ」
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