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1 聖女エリシア、脱退

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「えっと、エリシア。その格好は……?」

「ふふっ。新調しちゃった! どうかな? 似合ってるかな?」

 そう言うとくるりと一回転。
 その姿は可憐でとても美しいのだが、呑気に感想を尋ねてくる彼女に、俺は首を傾げずには居られなかった。

 これから魔獣の討伐に赴くというのに、デニムパンツにブーツインスタイルでアジト・・・に現れたのだ。

 彼女は聖女エリシア。
 俺……レオン・ザ・ハートがリーダーを務めるパーティーのヒーラー担当だ。

 郊外から徒歩30分。
 寂れた物静かな一角に、俺たちパーティーのアジトはある。仕事前はここに集まり支度やミーティングなどを行うのだが……。

 まさかの、ブーツインスタイル。

 その艶やかな髪に青い瞳。スタイル抜群のエリシアならではのコーデだ。道行く男たちが見たのなら、すれ違いざまに二度見、いや三度見してしまうことだろう。

 だが、魔獣討伐。お洒落をして命を落としてしまうのであれば、こんな本末転倒なことはない。

 緊迫感のない彼女に、なんと声をかければ良いかと考えていると、ムッとした威圧を感じた。

「ねえ、レオン! 聞いてるのぉ~? これ、今季のトレンドなんだって!」
 
 トレンド……だと?
 これからピクニックにでも行くつもりか?
 勘弁してくれ。これではパンツはおろか、太ももすらも拝めない。

「なあ、エリシア。似合ってるとか、そういう問題じゃないだろ。それでどうやってパンチラするつもりだ?」

 俺が喋った直後、場が僅かに凍るのを感じた。
 隅でネイルを塗っていたレイラお姉さんの手は止まり、こちらへ視線を向けた。

 隣の部屋で着替えをしていた黒魔術師のリリィも聞き耳を立てていたのか、そーっと扉を開けこちらを覗いてきた。

「なに……そ……れ。そんなことしか言えないの?」

 エリシアはひどく驚いた様子だった。
 それは俺も同じだった。なぜブーツインスタイル。もはや、驚きを通り越して呆れていた。

「馬鹿なこと言ってないで着替えてこい。依頼主との待ち合わせに遅れちまうだろ。今日は貴族様の護衛も兼ねてるんだ」

 エリシアの瞳孔が広がる。

 何やらまずいことを言ってしまったと思うも、ここで引き下がるわけにはいかない。

 暫し、睨み合いが続いた。
 緊迫した空気。しかし、ブーツインスタイルを許すわけにはいかない。これはエリシアの危機にも瀕すること。

 魔獣の討伐。なにが起こるかはわからない。

 彼女の身を案じるからこそ、引き下がるわけにはいかない。パンチラなきブーツインスタイルでは、いざというときに守ってあげられないのだから。

 頼む、ここは折れてくれ。一度帰宅してスカートに履き替えてくれ……。
 しかし、その願いが届くことはなかった。

「あーー、もうほんと無理ッ‼︎ こんな変態とパーティーなんて組めない。わたしもう帰る」

 そう言うと、テーブルの上にパーティーの証である銀プレートの首飾りを〝ドンッ〟と叩き置いた。

「……え」

 それは、パーティーの脱退宣言だった。

 あまりに唐突過ぎた。
 なにがどうしてこうなったのか、およそ理解は届かない。

 ふざけたことを言うな。
 冗談にしては笑えないぞ。
 なんていうかその、ごめん。

 かけたい言葉の数々が脳裏を駆け巡る。


 ……しかし。
 こういう時は素直に受け入れろと、今は亡き爺ちゃんから口を酸っぱくして何度も言われていた。

 〝スケベは決して強要してはならない〟

 〝スケべをする際は同意の上で〟と。

 俺は『ラッキースケべ流』を司りし者。
 それは、スケベをしながら剣を振るう摩訶不思議なスキルだ。

 それゆえに、道理を外れた者に訪れるのは破滅。

 爺ちゃんの最後は……牢屋の中だった。

 爺ちゃんからこのスキルを受け継ぐ際に、いくつかの盟約を立てた。それは誓約となり、俺の魂に刻まれている。

 剣術の才もなく、魔術適性もない。

 しかし、スケべの才能だけはあった。

 俺には通さなければいけない信念が、ひとつだけある。

 ──私利私欲のためのスケべだけは……しないこと。

 エリシア……ごめん。
 引き止めたりは……しないよ。

 震える唇を必死に抑え、俺は静かに返事をした。
 
「わかった。今までありがとう」

 エリシアとはパーティー結成以前からの古い馴染みだった。苦楽を共にし、これからもずっと、当たり前に一緒に居るものだとばかり思っていた。

 でも、それは独りよがりだったのかな。
 今日までよくスケベに耐えてくれた。感謝しかないよ、本当に。

 何かひとつ、願いが叶うのなら。もっと早くに気付いてあげたかった。エリシア、いったい君はいつから、嫌々スケベに付き合っていたと言うのか。

 ……考えると、ドグマの底へ落ちてしまいそうだ……。

「許せない。今まで散々スケベしてきたくせに、言うことはそれだけって。もうあんたの顔なんて二度と見たくない。バカッ‼︎ 三回死ね‼︎」

 そう言うとエリシアの手が俺の目前に……。

 〝パチンッ〟

 痛烈なビンタが俺の頬を直撃した。

 当然の……報いだと思った。

「……すまない。今まで気付いてやれなくて。好きなだけ叩いてくれ。気の済むまで」

「なにそれ……。そんなつもりで叩いたわけじゃないのに……もうやだ。ほんと最低。……このドスケベ‼︎」

 二発目のビンタを覚悟し、目を瞑った。

 しかし、待てどもビンタは飛んでこない。そして、

 〝バタンッ〟

 扉の閉まる音がした。

 なにごとかと思い、目を開くと……そこにはもう、エリシアの姿はなかった。

 テーブルの上には、このパーティーの証である銀プレートの首飾りが、置かれたままだった。
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