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「とりあえず顔洗って着替えて来なよ。このままじゃ学校遅刻しちゃうよ?」

「……そうだ、な」

 その言葉を聞いてますますわからなくなった。

 起こしに来てくれた事が確定したからだ。

 そうなると……俺が寝坊したことに気付けるってこと。……たまたまなのだろうか。

 そんな偶然、あるのだろうか。

 ……ない。

 朝っていうのは眠りへの誘惑が無限大だ。
 確かな意思を持って目覚めなければ、あっという間に二度寝ワールドへご招待。スヤァスヤァは必然。

 ……そう。今日の俺のように。

 それに何より朝だっていうのに、ちっとも眠そうな顔をしていないんだ。元気そのもの。眠たさなんて微塵も感じさせない普段のカリン。

 偶然にしてたまたま目が覚めちゃった系の顔つきじゃない。

 そうなると……。にわかに信じられない。
 部屋から出てこないだけで、カリンは毎朝早起きをしていた……?

 だからこそ、俺の寝坊に気付けた……?

 毎朝、窓から俺の背中を眺めて、“行ってらっしゃいお兄ちゃん。今日も一日がんばってね”って手を振ってくれていた……? (※妄想)

 そうだよ。それ以外になにがある。
 俺は毎朝、カリンに見送られていた……!

 あの日も、あの日も、あの日さえも! (※回想)

 学校には行かないけど、毎朝普段通りに起きる。……戦っているんだ。いつの日かまた、学校に行く日を想定して。

 そうとわかれば俺が取るべき行動はひとつ。
 格好良い“兄の背中”ってやつを見せ続けること。

 遅刻なんてしてる場合じゃ、ない!

 ◇◇◇

 サッサと顔を洗い制服に着替えリビングのドアを開けるとチキンライスの風味が漂ってきた。

 匂いの先へ視線を向けると、俺は驚愕した。

「カ、リ……ン?」

「早かったね。もうちょっと待ってて。時間もないしベーコンエッグで良いかな~とか思ってたんだけど、さっきお兄ちゃんがオムライスって言ってたから。急遽予定変更~」

「なるほど、な?」

 待て待て。
 ゆで卵さえも満足に作れないカリンがオムライス⁈

 不可能だ。失敗して泣くのは目に見えている。

 俺はまた、カリンに無理をさせてしまったのか。どうしてこうも毎回気付けないんだ…………。

 クッ。気付けないことばかりじゃないか!

 でも今回は大丈夫。
 今ならまだ、間に合う!
 
 お兄ちゃんとクックしようぜカリン!

 …………そう、思っていたのだけど。

「!!」

 見事なフライパン捌き。手慣れた包丁使い。
 さらに卵を片手で割った。

 その手際の良さは一朝一夕で身につくレベルをゆうに超えていた。

 しかし、それだけに止どまらずゴミの分別も済ませてあり、あとは持っていくだけになっていた。

 さらに庭に目をやると洗濯物も干してある。

 それは同時に、俺を起こしに来るよりずっと前に起きていた事をも意味した。

 全てが衝撃的だった。
 洗濯機の回し方も今日が燃えないゴミの日だってことも、オムライスの作り方も……なにひとつ教えていない。

 いつの間に、覚えたんだ……。

 カリンの成長が嬉しいはずなのに、切なくなるのはどうしてだろうか……。
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