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第一章

同行人ロボットくんと忘れん坊ユキちゃん

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 4月26日 水曜日




 辺りはすっかり暗くなり、電柱の光が道を照らしている。

 綺麗な満月だ。

 僕はまだ帰宅できていなかった。


 今日は、バイト先から呼び出しをかけられていた。
 正確には、喫茶店の同じバイトから、

 「晄、来て」

 とだけ連絡がきて、バイト先に行った。

 いろいろあって、心身ともに疲れさせられる時間だった。


 用事を済ませた後、喫茶店から10分、高校から5分のところにある捨て猫が集まる廃墟へと赴いていた。

 バイト日は毎回ここへ来て、20匹はいる猫たち家に餌を置きに来る。

 今日はいつもの癖で行ってしまっていた。

 僕はバイト先に来る常連のお客さんから話を聞いて行くようになった。
 廃墟に住む猫たちは、近隣の人々も協力して面倒を見ている。

 その場所でここ最近、変わったことがある。
 僕や近隣の人以外の人が餌や猫の手入れをしてくれているようだ。

 正直、とても助かっている。
 その人に会う機会があればお礼を言いたい。




 僕は高校の最寄り駅に向かっている。

 ここから電車に20分乗って帰る頃には21時を過ぎそうだ。

 僕は久しぶりに夜空の下、道を歩いてることに不思議な感覚がわいてくる。


 毎日、家に帰ればゲームか勉強だけだったから、こんな日も悪くない。


 僕は気付くと高校の目の前を通り過ぎていた。


 こんなに暗いと高校も心霊スポットのように見えるな。

 僕は校舎の様子を眺めながら前に進む。
 すると、一箇所に明かりが灯っていた。
 あそこはたぶん、職員と来客用の出入口。
 その場所で見張っている管理人の部屋だろう。

 長い時間、お疲れだな。
 大人って大変だよな。

 僕は心にも無いことを思いながら、高校を後にしようと前進を続ける。


 ん?


 校門を出て一番近い電柱の下。

 誰かいる?

 僕は目を凝らして見ると、確実に人影がある。

 こんな時間になぜ人気のない場所で立っている?
 一般人とは考えずらいよな。

 そういえば、周りに人がいない。
 この状況、危険なのではないか?

 万が一、あの人影が犯罪者とかだったら。
 僕は男といっても、まだ高校生だ。
 事件に巻き込まれたくはないぞ。

 運が悪いことに、人影は僕の通り道に立っている。

 もし、近付いてきたらどうする?
 全力で逃げるしかないよな。


 僕は慎重に足を進めることにした。


 1歩、また1歩。
 この足取りは人影を刺激していないだろうか?

 いつの間にか、人影がいる横まで来た。
 数メートル進むのにどれくらいの時間が経過しただろう。

 僕は横目で人影に視線を向けた。


 低い身長でくせ毛がある長髪。そして、同じ高校の女子の制服。

 僕は首を正面に戻して、思案した。


 あれっ?


 すぐに人影の顔を確認した。


 って、林木さんだ!
 えっ、なんでこんな時間に?


 僕は自身の瞳に映る美少女の像を信じて、人影に近付いた。


 「は、林木さんですか?」
 「はっ、はい!! えっ、えっと、わ、私」


 林木さんはかなり怯えている。
 恐怖で顔色が表現できないほどに青ざめている。

 今にも逃げ出したいような。
 だが、足が震えて動けないみたいだ。


 「林木さん、僕です! ロ、ロボットです!」
 「ロボット? ・・・・・・先輩?」
 「そ、そうです!」


 林木さんは俯けた顔をゆっくりと上げ、僕を見た。

 すると、今までの顔色が徐々に消え、健康的な肌色に戻っていく。
 表情も柔らかくなり、いつも通りの笑顔に変化していく。


 「あっ、えっ、ロボット先輩! すすすいません、私、ロボット先輩のこと不審者だと思って、怖くて。すいません!」
 「いやいや、僕の方こそすいませんでした。僕が変な行動とってしまったのが根本的に悪いのですし」


 林木さんはにこっと微笑みかけてくれた。
 その瞳からは、静かに透明な雫が頬を伝う。

 緊張が解けて、感情が出てしまったのだと思う。

 僕も警戒していたが、林木さんはもっと怖かったんだろう。
 これは申し訳ないことをしてしまった。


 「ところで林木さんはこんな時間にどうしてここにいるのですか?」
 「えっと、教室に携帯電話を置いてきてしまって」
 「なるほど、それで取りに来たということですか?」
 「はい。でも、私、こんな暗い高校に行くのが怖くて・・・・・・」


 携帯電話を忘れたのか。
 それは一大事だな。
 このご時世の3種の神器の1つだからな。


 しかし、このまま1人林木さんを残して立ち去ることはできないよな。

 それに先日、逃げてしまったし――

 この答えは1つしかない。


 「僕で良ければ、ついて行きますよ?」
 「ほっ、本当ですか!? あっ、でも、こんな時間ですし、悪いです!」
 「気にしないでください。とりあえず、急ぎましょうか?」
 「はっ、はい! えっと、ありがとうございます!」


 林木さんは優しい笑顔を向けてくれた。
 やはり、林木さんのこの表情はかけがえのない天然記念物だな。

 そして、僕と林木さんは夜の高校へと足を踏み入れた。




 懐中電灯が照らすのは一寸先の足元だけだ。
 管理人に許可を取り、その際に懐中電灯を借りた。

 僕は林木さんのクラスを目指し、廊下を歩いている。


 「林木さん、大丈夫ですか?」
 「だだだ大丈夫じゃないです!!」


 声の震えが尋常じゃない。
 林木さんはお化け屋敷に絶対、入れないタイプだと思う。

 あいにく僕の携帯も充電が残り僅かなため、ライトは使うことができない。
 そのため、懐中電灯だけが頼みの綱だ。


 「ロ、ロボット先輩、な、何か話してもらえませんか?」
 「えっ? そうですね」


 唐突に会話を要求された。
 林木さんは無言になることに抵抗あるのだと思う。

 しかし、一体何を話せば良いのだろう?
 そういえば、今まで林木さんと何を話していたのだろう?

 話のネタか。

 先日の告白された件――

 いや、この内容を触れるのは最悪だろ。

 そもそも、僕が見ていたことを林木さんは知らないだろうし。


 「ロボット先輩? どうしたんですか?」
 「あっ、いや、何でもないです。ちょっと考え事を」
 「すいません! わっ、私、話をしてないと落ち着かなくて!」
 「そうなのですね」


 上手くボールを返せない。
 今まで林木さんと、どうやって話をしたんだ。


 それに、いつも以上に林木さんと距離が近い。
 暗闇に男女2人って、漫画やアニメならいろいろ起きるよな。

 って、現実的にそれはありえないか。

 歩くたび、林木さんの肩が僕の腕に、あたるかあたらないかのギャンブルになっている。

 帰るまでに、僕の心臓は持ち堪えてくれるだろうか?


 気付くと林木さんの教室、1年5組に着いた。

 教室の電気をつけると、林木さんは自分の机に駆け寄った。
 中央列の後ろから2番目の席。そこが林木さんの席らしい。

 机の中を探るように手を伸ばすと、何かを掴んだみたいだ。


 「あっ、ありました」


 林木さんの手には携帯電話がある。
 そして、林木さんは急いで僕の位置まで戻ってきた。

 この一連の動きを見ているだけでも可愛らしい。


 「ロボット先輩、戻りましょっか」
 「そうですね」




 1階に降り、管理人がいる出入口に向かっている。

 相変わらず、林木さんは声を震わせていた。


 「よよっ夜の高校ってどうしてこんなに怖いんでしょうか?」
 「雰囲気ありますよね。林木さん大丈夫ですか?」
 「だだ大丈夫じゃないです!」


 素直に返答してくれる。
 強がって嘘をつく余裕すらないのだろう。
 いや、林木さんは嘘をつくようなタイプではない。
 すると、これが本音なのだろう。

 そんな些細なことでも、僕は林木さんのことを知れているような気がしたて嬉しかった。
 何だか友達に近付けているようだから。

 しかし、先日の1件や現状の様子を客観視したら、友達とは言い難い。

 林木さんは、僕のこと友達とも思っていないだろう。


 「ロ、ロボット先輩! 何か聞こえませんか?」
 「何かですか?」


 言われるまま、僕は耳に神経を集中させる。


 ウウウー
 ウーー


 確かに聞こえる、何だこの呻き声みたいなのは。

 ‥‥‥ん?

 どこかで聞いた時あるような気がする。


 「きゃー! 無理無理!」


 僕の心臓が跳ね上がった。
 いきなりの大声に僕は体がピクっと震えた。

 それと同時に、僕のだらんとした片腕に柔らかい感触と、温もりを感じた。
 慌てて確認すると、服の上から林木さんが僕の腕を掴んでいる。

 えっ!?

 かなりまずい。
 たぶん僕の心臓も林木さんと同じくらい、鼓動が早くなっていると思う。

 今にも逃げ出したい気分だ。


 ニャァァアーー!!


 「きゃー! 無理無理、無理ですよー!!」


 僕の腕は思いっきり引っ張られた。
 林木さんは僕の腕を掴んだまま、全力で走り出す。
 かなりの力だ。

 人間は生命の危機を感じると普段以上に力が出ると聞く。
 たぶん、そういうことだと思う。


 それにしても、先程の聞き覚えのある声の正体は猫だ。
 猫同士、喧嘩でもしていたのだと思う。

 まー、威嚇する時の声は呻いてるようにも聞こえなくはない。


 この後、僕は林木さんに連行され、出入口まで辿り着いた。


 その後、僕は林木さんを家へ送り届けるところまで記憶がある。

 その間の話の内容は、緊張のあまり記憶には残っていなかったが。

 やはり、僕の心臓は持ち堪えられなかった。
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