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妖精姫の準備
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エステルは解呪師ではありますが、本業は貴族が通う王立魔法学園の生徒であります。
卒業に必要な単位は既に取っていますが、図書館には読み切れていない本もたくさんあるため真面目に通います。
解呪をしながら王太子妃になるための勉強と、学園の勉強を行うのは大変ですがもうそんな生活も終わりです。
数日後には卒業を迎えます。
卒業を迎えれば、王太子妃としての勉強もより時間を割かれ、エステル・フォン・タリグとしての時間も徐々に減って行くことでしょう。
仕方がありません。
エステルの魔力目当ての政略結婚ですが、政略だろうが恋愛だろうが結婚とはそういうものです。
王太子との結婚が決まった時には、幼かったエステルですが、幼いなりに覚悟を決めたのです。
覚悟を決めたので、王家と侯爵家との間で交わした契約書にも一筆書かせてもらいました。
『エステルに相談なく妾または側室を作った場合、双方に報いを受けさせる(命・心身に問題ない程度)』
命や心身に問題ない程度と書いたことで問題なくエステルの要求は通り、そのまま王家と契約して王太子とは婚約者となったのです。
男性として好きかと問われれば、タイプではないのですが、幼馴染としてそこそこ居心地がいいので妥協します。
結婚は未だにいまいちピンと来ませんが。
欠伸を一つしたところで、馬車は学園に着きました。
「いってきます」
御者とメイドに言って、学園の中に入ります。
ここを通るのも、後数回かと少しだけしんみりします。
王太子妃の勉強と解呪師の仕事に忙しいエステルは、生徒会には入っていません。
卒業パーティーは、卒業生の生徒会メンバーがサポートしつつ、生徒会を引き継いだ在校生が中心になって準備します。
関係がないエステルはパーティーを楽しみにしながら、図書館へと向かいました。
「エステル様!」
明るい声に呼び止められて振り向けば、エステルよりも背の高い少女がこちらに向かってくるところでした。
明るい茶色の髪とオレンジ色の瞳の少女は、エステルの一つ下の後輩のトーマス伯爵令嬢のミリアです。
トーマス伯爵は領地経営も問題なく、人柄も良いため気兼ねなく付き合える貴族の一人と言えます。
ただ、彼には困った趣味があります。
アンティーク、中でも魔法具の類が好きで定期的に呪いをもらってくるのです。
死に至るような呪いは本能から避けているようですが、十キロ痩せないと外れない呪いの重いアクセサリーとか、夜中に啜り泣く絵画とか、花を生けるとあっという間に枯れる花瓶とかを購入してきてはエステルに泣きついてきます。
ある意味お得意様で、その娘であるミリアは入学してすぐにエステルに挨拶に来ました。
それ以来親子共々懇意にしています。
「おはようございます。ミリア様」
「おはようございます。エステル様、今日も図書館ですか?」
「ええ、もうすぐ卒業ですもの。卒業する前に出来るだけ本を読んでいたくて」
「ご立派です。わたくしはどうも本は苦手で…」
「人間誰でも苦手なものはありますわ。かく言う私も絵を描くのが下手くそですもの」
「まぁ」
エステルが慰めるようにいうとミリアはコロコロ笑います。
「エステル様、もうすぐ卒業パーティですわね」
伺うように切り出します。
様子を伺いながら切り出されることに心当たりしかないエステルはおっとりと、そうですねと頷きました。
「その、エステル様、クライブ殿下のことは…」
「そうですわねぇ。困りましたわ」
解呪師としてはできる女を目指しているので、なるべくハキハキ喋るように意識しているのですが、友人の前だとつい気が抜けてのんびりとした口調になります。
本当に困っているのですが、困っていないように聞こえるのです。
しかし、コレでもエステルは人並みに、婚約者に対して怒ってもいるし、困ってもいました。
「卒業寸前に、フラれるとは思っても見ませんでしたわぁ」
「あの、でも流石に殿下もエステル様フルことはないのでないかと浅慮しますが…」
「どうでしょうねぇ。どうも昔から殿下は私ことを苦手に思っているようなので」
そう言って目を伏せるエステルはどこからどう見ても、儚げです。
キラキラと午前の光が美しい金髪を彩り、伏せた瞼が白くまつ毛が頬に影を落としています。
その儚げな様子にミリアの心に、この美しい先輩を守らねば、という騎士のような気持ちが湧き上がりました。
「大丈夫ですわ!殿方とは火遊びをするものとうちの祖母が言っておりました。きっとすぐにあの女のことなど、殿下も忘れます!」
「…でも、初恋は美しいとも言いますからねェ…」
そうなったら私は、と呟き、顔を上げるとエステルはニコっと微笑みます。
「真実の愛とやらも流行っているみたいですし、そうなったら私は悪役令嬢と言うものみたいですわね」
「そんな…エステル様が悪役だなんて似合いません」
「でも、あの方達からすれば恋の障害みたいに思われているかも…」
「障害なければ盛り上がらない恋など、真実の愛でも何でもありませんわ!」
「そうでしょうか?」
「そうですとも!障害があることに酔っているのであれば、早々に破綻します!」
言い切るミリアのあまりの勢いにエステルは目を瞬きます。
恋と言うのはよく分かりませんが、真っ直ぐなミリアが言うならそうなのでしょう。
「でも、真実の愛だったら、それはそれで見てみたいものですね」
そう言って笑ったエステルは、人とは思えぬほど美しいのでした。
「どう、似合うかしら?」
爪先から毛先まで整えたエステルは見惚れるほどの出来上がりです。
メイド達は芸術品のような姫君を満足げに見ながら口々に「お美しいです」「誰もが振り返りますわ」「国一番の美姫です」と褒め称えます。
「嬉しいわ。でも私が美しいと言うなら、それだけ貴方達がいい仕事をしてくれたのね」
そんな、滅相もない!とメイド達の声が揃いました。
それにフフっと笑って、エステルは椅子から立ち上がり「行ってくるわ」と告げます。
向かう先は卒業パーティーです。
やはり婚約者である王子からの誘いはなく、婚約者に贈るのが通例であるはずのドレスも届きません。
最も婚約者が用意するドレスは趣味じゃないので、パーティーが終わったら二度と袖を通したことはないのですが。
コレで終わりですわね。
長かったような、短かったような王太子の婚約期間。辛くなかったと言えば嘘になります。
けれど、充実した実りある時間だったのも確かです。
「さぁ、参りましょうか」
エスコート役の弟に笑いかければ、複雑そうな顔をします。
これから起きる騒動を笑いたいのか、こんな事態を引き起こした義兄になる筈だった男に怒りたいのか、姉がコレから引き起こすことに頭が痛いと思っているのでしょう。
「きっと、今日のパーティーは良いものが見れるわよォ」
「…姉様の良いものは人にとって良いものとは限りません」
「うふふ、大丈夫。みんな、好きでしょう。真実の愛」
だって、ほら、大衆演劇になるくらいですもの!
卒業に必要な単位は既に取っていますが、図書館には読み切れていない本もたくさんあるため真面目に通います。
解呪をしながら王太子妃になるための勉強と、学園の勉強を行うのは大変ですがもうそんな生活も終わりです。
数日後には卒業を迎えます。
卒業を迎えれば、王太子妃としての勉強もより時間を割かれ、エステル・フォン・タリグとしての時間も徐々に減って行くことでしょう。
仕方がありません。
エステルの魔力目当ての政略結婚ですが、政略だろうが恋愛だろうが結婚とはそういうものです。
王太子との結婚が決まった時には、幼かったエステルですが、幼いなりに覚悟を決めたのです。
覚悟を決めたので、王家と侯爵家との間で交わした契約書にも一筆書かせてもらいました。
『エステルに相談なく妾または側室を作った場合、双方に報いを受けさせる(命・心身に問題ない程度)』
命や心身に問題ない程度と書いたことで問題なくエステルの要求は通り、そのまま王家と契約して王太子とは婚約者となったのです。
男性として好きかと問われれば、タイプではないのですが、幼馴染としてそこそこ居心地がいいので妥協します。
結婚は未だにいまいちピンと来ませんが。
欠伸を一つしたところで、馬車は学園に着きました。
「いってきます」
御者とメイドに言って、学園の中に入ります。
ここを通るのも、後数回かと少しだけしんみりします。
王太子妃の勉強と解呪師の仕事に忙しいエステルは、生徒会には入っていません。
卒業パーティーは、卒業生の生徒会メンバーがサポートしつつ、生徒会を引き継いだ在校生が中心になって準備します。
関係がないエステルはパーティーを楽しみにしながら、図書館へと向かいました。
「エステル様!」
明るい声に呼び止められて振り向けば、エステルよりも背の高い少女がこちらに向かってくるところでした。
明るい茶色の髪とオレンジ色の瞳の少女は、エステルの一つ下の後輩のトーマス伯爵令嬢のミリアです。
トーマス伯爵は領地経営も問題なく、人柄も良いため気兼ねなく付き合える貴族の一人と言えます。
ただ、彼には困った趣味があります。
アンティーク、中でも魔法具の類が好きで定期的に呪いをもらってくるのです。
死に至るような呪いは本能から避けているようですが、十キロ痩せないと外れない呪いの重いアクセサリーとか、夜中に啜り泣く絵画とか、花を生けるとあっという間に枯れる花瓶とかを購入してきてはエステルに泣きついてきます。
ある意味お得意様で、その娘であるミリアは入学してすぐにエステルに挨拶に来ました。
それ以来親子共々懇意にしています。
「おはようございます。ミリア様」
「おはようございます。エステル様、今日も図書館ですか?」
「ええ、もうすぐ卒業ですもの。卒業する前に出来るだけ本を読んでいたくて」
「ご立派です。わたくしはどうも本は苦手で…」
「人間誰でも苦手なものはありますわ。かく言う私も絵を描くのが下手くそですもの」
「まぁ」
エステルが慰めるようにいうとミリアはコロコロ笑います。
「エステル様、もうすぐ卒業パーティですわね」
伺うように切り出します。
様子を伺いながら切り出されることに心当たりしかないエステルはおっとりと、そうですねと頷きました。
「その、エステル様、クライブ殿下のことは…」
「そうですわねぇ。困りましたわ」
解呪師としてはできる女を目指しているので、なるべくハキハキ喋るように意識しているのですが、友人の前だとつい気が抜けてのんびりとした口調になります。
本当に困っているのですが、困っていないように聞こえるのです。
しかし、コレでもエステルは人並みに、婚約者に対して怒ってもいるし、困ってもいました。
「卒業寸前に、フラれるとは思っても見ませんでしたわぁ」
「あの、でも流石に殿下もエステル様フルことはないのでないかと浅慮しますが…」
「どうでしょうねぇ。どうも昔から殿下は私ことを苦手に思っているようなので」
そう言って目を伏せるエステルはどこからどう見ても、儚げです。
キラキラと午前の光が美しい金髪を彩り、伏せた瞼が白くまつ毛が頬に影を落としています。
その儚げな様子にミリアの心に、この美しい先輩を守らねば、という騎士のような気持ちが湧き上がりました。
「大丈夫ですわ!殿方とは火遊びをするものとうちの祖母が言っておりました。きっとすぐにあの女のことなど、殿下も忘れます!」
「…でも、初恋は美しいとも言いますからねェ…」
そうなったら私は、と呟き、顔を上げるとエステルはニコっと微笑みます。
「真実の愛とやらも流行っているみたいですし、そうなったら私は悪役令嬢と言うものみたいですわね」
「そんな…エステル様が悪役だなんて似合いません」
「でも、あの方達からすれば恋の障害みたいに思われているかも…」
「障害なければ盛り上がらない恋など、真実の愛でも何でもありませんわ!」
「そうでしょうか?」
「そうですとも!障害があることに酔っているのであれば、早々に破綻します!」
言い切るミリアのあまりの勢いにエステルは目を瞬きます。
恋と言うのはよく分かりませんが、真っ直ぐなミリアが言うならそうなのでしょう。
「でも、真実の愛だったら、それはそれで見てみたいものですね」
そう言って笑ったエステルは、人とは思えぬほど美しいのでした。
「どう、似合うかしら?」
爪先から毛先まで整えたエステルは見惚れるほどの出来上がりです。
メイド達は芸術品のような姫君を満足げに見ながら口々に「お美しいです」「誰もが振り返りますわ」「国一番の美姫です」と褒め称えます。
「嬉しいわ。でも私が美しいと言うなら、それだけ貴方達がいい仕事をしてくれたのね」
そんな、滅相もない!とメイド達の声が揃いました。
それにフフっと笑って、エステルは椅子から立ち上がり「行ってくるわ」と告げます。
向かう先は卒業パーティーです。
やはり婚約者である王子からの誘いはなく、婚約者に贈るのが通例であるはずのドレスも届きません。
最も婚約者が用意するドレスは趣味じゃないので、パーティーが終わったら二度と袖を通したことはないのですが。
コレで終わりですわね。
長かったような、短かったような王太子の婚約期間。辛くなかったと言えば嘘になります。
けれど、充実した実りある時間だったのも確かです。
「さぁ、参りましょうか」
エスコート役の弟に笑いかければ、複雑そうな顔をします。
これから起きる騒動を笑いたいのか、こんな事態を引き起こした義兄になる筈だった男に怒りたいのか、姉がコレから引き起こすことに頭が痛いと思っているのでしょう。
「きっと、今日のパーティーは良いものが見れるわよォ」
「…姉様の良いものは人にとって良いものとは限りません」
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