イベリスは実らない

夕季 夕

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第4話 ピアスホールは誰のもの

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 私は、クラスで過ごす時間が苦手だ。去年はクラスに友だちがいたけれど(とは言っても、世間話をする程度の関係だったが)、彼女らとはクラスが離れてしまった。目の前の黒板に集中すればいい授業中とはちがい、周りが楽しそうにしている姿が目に入る昼休みはつらく感じる。生物室で、タツと話をしながらイベリスに水をやりたい。図書室で委員会の仕事をこなしながら、ゆっくりしたい。私が校内で心を休められるのは、人が少ない朝と、委員会のある放課後だけだ。

「純さん、また他のクラスの男子から告白されたんだって」ひとりの女子が、大きな声で同じグループの女子に話し始めた。

 ちょうど、三好さんは席を外していた。昼休み中、彼女は教室を出てどこかへ行くことが多い。
 彼女がいないのをいいことに、女子グループは会話に花を咲かせている。そんな様子を見て、近くにいた男子も会話に混じり始めた。

「えー! 今度は誰? 相手」
「1年の今泉くんって子! バスケ部で、1年の中じゃかなり人気らしいよ」
「マジ? あいつが振られるんじゃ、俺とか勝ち目ないじゃん……」
「あんたなんかじゃ、ワンチャンすらないって。レギュラー取っても無理っしょ」

 そう言われて、バスケ部の男子ががっくりと肩を落としている。

「でもさー、純さん、なんで誰とも付き合わないんだろうね? 1年のときからめっちゃ告白されてんじゃん? 他校に彼氏がいるとか?」

「いや、彼氏はいないっぽい。前に、好きな人がいるって純さんから聞いた」女子はそう言うと、少しだけ声をひそめた。

「ただ、あくまでうわさだけど、純さんは女子が好きなんじゃないかって」
「えー? なんで?」
「ほら、左耳にピアスホールあるじゃん。ああいうの、レズがやるんだってさ」
「なにそれ。そんなの、ただのファッションでしょ」

 ファッションだと一蹴されて、「そうだよねー」と彼女は納得した。それから、「好きな人って誰だろうね?」と話し始めると、すぐに慌てて話題を変えた。男子もそそくさと女子グループから離れる。三好さんが教室に戻ってきたのだ。
 さっきまで三好さんの話題で盛り上がっていたことを知らない彼女は、自分の席に着くと、頬杖をついて廊下の方を眺めている。特に誰かがいるわけでもないのに、どうして廊下の方へ顔を向けているのだろうか。私だったら、廊下とは反対側にある窓の方を眺める。校庭がある以外、特になにもないけれど。
 三好さんはどんな人が好きなのだろうと、女子グループの話の続きを考えた。彼女が男子からモテることは、1年のときから知っている。私と三好さんは別のクラスだったけれど、私のクラスの男子が告白して、彼女に振られた話を何度か耳にしたからだ。そのときは、三好さんがどんな人なのか知らなかった。だから、同じクラスになり、派手な格好の彼女を見て驚いた。
 一見、遊び人のような彼女は、スクールカースト上位の不良たちとつるんだりしない。それから、口は悪いけれど、誰かのことを悪く言うこともない。カーストなど気にせず、クラスメイトに話しかけられたら普通に答える。ただ、口数はあまり多くなく、遊びの誘いは基本的に断っている。そういう、見た目と行動のギャップが人気らしい。タツもそうだけれど、ミステリアスな人はモテるようだ。

『……姿穂は、三好と気が合うんじゃないか』

 以前、生物室でタツから言われたことを思い出す。タツはどうして、私と三好さんは気が合いそうだと思ったのだろう。同じクラスだったとき、私たちのどこかに共通点でも見つけたのだろうか。

「……三好さんの趣味ってなに?」

 移動教室で、みんながぞろぞろと廊下を歩いている中、私は三好さんにひとつ質問してみた。そうしたら、彼女は前と同じように目を丸くしていた。前回もそうだったけれど、つくづく私は質問の仕方が下手だと思う。

「どんなことが好きなのかなって、ちょっと気になって……」私は慌てて言葉をつけ足した。

 三好さんは少し考えたあと、「趣味ってわけじゃねえけど」と前置きをつけて「空」と答えた。その言葉が意外で、私は「空?」と聞き返してしまった。

「廊下じゃないんだ」
「は? 廊下が好きなやつなんているかよ」

 それから少し間を置いて、「お前は、小さい生き物だったか」と三好さんは言った。

「あ……この間の話、覚えててくれたんだ」
「意味わかんねえ答えだったから。……お前、なんで生物委員じゃなくて、図書委員になったんだよ」
「え? 私、本を読むのも好きだし……」

 私の答えに、三好さんは黙ってしまった。彼女はなぜか険しい顔をしていて、私は言葉を続けられず、口をつぐんでしまう。そして無言のまま、私たちは目的の教室へと歩いて行った。
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