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第七話

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「何をしている」
「あっユリウス様! もう少しで出来上がるので、食堂でお待ちください」

 厨房で調理をしているリリアーヌの姿を認めると、ユリウスは奇妙なものでも見たかのように顔を顰めたものの、特に何も言わなかった。
 もう完全に日が落ちたのか、と慌ててリリアーヌは手を進めるのだった。

「お待たせいたしました」
 
 席に着いていたユリウスの前にリリアーヌが皿を置くと、ユリウスは少しだけ驚いたように目を瞠った。

「サルマーレか」
「お好きだと伺いましたので」
「なに? 誰にだ」
「エイダに」

 昼間に会った使い魔の名前を出すと、ユリウスは苦い顔で頭を抱えた。

「会ったのか」
「可愛らしい子でしたよ。私がうろうろしていたせいですから、怒らないであげてくださいね」
「……気味が悪いとは、思わなかったのか」
「え? 何がですか?」

 きょとんとした顔のリリアーヌに、ユリウスは一つ息を吐くと「なんでもない」と言った。
 カトラリーを手にすると、サルマーレをカットして、口に運ぶ。
 リリアーヌは緊張しながらその様子を凝視した。
 ユリウスが静かに咀嚼して、飲み込む。何を言うかと口を開くのを待つが、開いた口はまたサルマーレを含んだ。
 肩透かしをくらった気分で、もくもくと食べるユリウスを見つめる。
 これはこちらから聞かない限り何も言わないだろう、と諦めて、リリアーヌから尋ねる。

「いかがですか? 初めて作ったので、お口に合えば良いのですが」
「悪くはない。俺が作った方が美味いが」
「う……それは、ユリウス様の故郷のお味ですから、ユリウス様の方が慣れていらっしゃるでしょうけど」
「こちらにも似た料理はあるだろう」
「シュー・ファルシですか? 確かに似ていますけど」
 
 キャベツに肉を詰め込んでいる、という点では同じだが、形状はかなり異なる。シュー・ファルシはキャベツで包むというより、覆うと言った方が近い。肉とキャベツを交互に重ねて、最終的に一塊のドーム状にする。それを人数分に切り分けて食べるのだ。味の面でも、酢やトマトで酸味を利かせるサルマーレと違い、少ない水で素材の味を引き出しハーブで香りづけをするシュー・ファルシは、素朴な味と言えた。
 ユリウスには慣れ親しんだ味があるであろうから、リリアーヌがそれを再現することは難しい。ユリウス本人から教わるか、もしくはユリウスにそれを教えた人物に教わるか。
 今回は好物だと聞いたので作ったが、相手の得意な料理よりも、自分の得意な料理を作った方が粗が目立たないかもしれない。
 リリアーヌは貧乏貴族なので、調理をすることには慣れているが、美味しく拘った料理を手間暇かけて作ることには慣れていない。どちらかといえば、食材を無駄にせず、手早く作れる料理を好む。
 けれどこれからは舌の肥えた旦那様に食べさせるのだから、とリリアーヌは気合を入れ直した。

「次はもっとうまく作りますね」
「料理は無理にしなくてもいい。今までは自分で作っていた。二人の食事が重なるのは夕食くらいだしな、俺が用意しても構わない」
「それでは本当にわたしがすることがなくなってしまいます。せめて食事の用意くらいはさせてください。それだって全ては作れないんですから」

 作り置きをしておくこともできなくはないが、メニューが限られてしまう。それにできるだけ温かい料理を食べられた方がいいだろう。当人が料理ができると言っているのに、わざわざ冷や飯を食べさせることもない。

「なら、交代にするか」
「え?」
「二人で共に食事をとれるのは、夕食くらいだろう。なら、交互に担当した方が公平だ。それにお互いに自分の慣れた料理を作れば、相手の味の好みも把握できる。俺は起きてから用意をするから、時間は少々遅くなるかもしれないが」

 とても貴族の男性から出る言葉とは思えなかった。けれどそれ以上に、ユリウスがリリアーヌの好みに合わせて料理をする気があると知って、リリアーヌは顔を綻ばせた。
 やはりあのフリカッセは、自分のために用意してくれたものだったんだろう。
 優しい人だと思ったのは間違いではなかった。予想外のこともあったが、この結婚は存外悪いものではなかった。

「何をニヤけている」
「いえ、ユリウス様がお優しい方で良かったと」
「……優しく接した覚えはないが」
「いいえ。十分です」

 微笑むリリアーヌに、ユリウスは居心地悪そうに視線を逸らした。
 その仕草を可愛らしく感じて、リリアーヌはますます笑みを深くした。
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