モラトリアムの猫

青宮あんず

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体質と迷惑

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俺の作ったご飯を頬張る朔也くんが可愛い。さっきまで泣いていた目元は少し赤く潤んでいる。ひとまず泣き止んでくれて良かった。が、つい抱き締めてしまったのは反省する。強引な態度で嫌われたくはない。
「今日はどこか出かけようか」
「……いいんですか?仕事……」
「うん、今日は休み。明日もね。行きたいところある?」
「いえ、思いつかないです。伊吹さんの行きたいところならどこでも」
「そっか、わかった。考えておく」
反応を見るに、まだ多少引きずっているらしい。気にするなというのも無理な話か。この家に来てから既に二回も粗相をしているが、20歳という年齢は一般的にいえば粗相を繰り返すような年齢ではない。それでもこうなっているのは、昨夜も考えていた通り体質的な問題があるからなのだろう。
「あとで、ちょっと話したいことがある。出掛ける前に時間ちょうだい」
朔也くんの粗相について、今話したっていいけど食事中だ。なにより、俺が話を切り出すのに心の準備をしたい。面倒だからと会話を必要最低限にしてきたばかりに、対話が苦手なのだ。朔也くんと出会うまでの生活に少し後悔。朔也くんが気まずそうに俯いたのを見てまた後悔。

一言目、なんというべきか。怖がらせないように怒っていると勘違いさせないように、上手い言葉を探すが見つからない。
「あ、の……俺の、おねしょとか、おもらしの話……ですか?」
「……あー、まぁ、そう……」
なんとも歯切れの悪い会話だ。俺が何も言わないから、察したのであろう朔也くんが聞いてきた。言わせてしまった。
「まず、俺は怒ってない。でも、三日で二回もやっちゃったのが心配で、体調悪かったり緊張してたり理由があるのか知りたいんだ」
「っ、体調、悪くないです。緊張もない。だけど、その……」
「うん、ゆっくりでいいから言える?」
「おれ、おねしょ治ってなくて……」
「なるほど。言いづらいかもだけど、それは一週間に何回くらい?」
「家にいたときは、寝ないようにしてたからわかんないです。でも、寝ると毎回出ちゃってて……っ」
だから寝ないようにしていたのか。と納得しつつも、そんな無茶な対策をしなきゃいけない環境にいたと思うと胸が痛い。毎回するなら片付けは大変だろう。メンタルだって削れるはずだ。
「昼のトイレはどう?」
「……狭いとこ、嫌いで、いっぱい我慢しちゃって……あと、急にしたくなったり、長く我慢できない、とか……気をつけてるのにぃ、っふ」
目に涙を溜めてなんとか零れないように唇を噛み締めている。そんなに泣きそうなら泣けばいいのに……いや、泣かれたらそれはそれで焦るけど。まあ、膀胱が弱いっていうのは予想通り。
「そっか……もうちょっとだけ話を続けていい?」
「んっ、なんですか……?」
「昨日の夜、寝るのが嫌いって言ってたから理由が知りたいんだ。嫌いだからって寝ないのは身体に良くないから、」
「えっと、怖いんです。寝たら、その、やっちゃうし……寝てる間は何をされても抵抗できないから」
「怖いから、っていうのは狭い場所が嫌いなのも?」
「そう、です。あ、でも大丈夫ですよ。トイレはちゃんと行くので!っ、まあ、それが普通ですよね。っは、はは……」
無理やり笑って誤魔化している。そして堪えきれなかった涙を強引に拭った。この場合、なんと声をかけたらいいのだろうか。
「あー、ほら、無理に笑うなよ。トイレ、怖くて苦手なら声掛けてくれれば一緒に行けるし、寝てる間なにかされないか怖いなら朔也くんの部屋に鍵をつけることもできるから……」
「っ、めーわくになるじゃないですか。そんなの」
「朔也くんは、そんなこと考えなくていいよ。迷惑とか俺は一切思ってないわけだし、むしろ俺の都合で人間を買って家事をやらせてるってことの方が世間的に見たら迷惑かけてるってことになるし」
改めて言葉にしてみれば迷惑どころではないな。やっていることは誘拐犯と何も変わらない。なんなら軟禁に近い。……怖くなってきた。いやいや、二人で落ち込んでどうすんだ。
「教えてくれてありがとう。このことを俺に言うの怖かったでしょ。俺は朔也くんになんでもしてあげたいと思ってるよ」
「なんで怒んないんですか。伊吹さんは不良品を買ったようなものなのに」
「ええ……なんで、って、朔也くんは何も悪くないからね。でも、次に自分のことを不良品って言ったら怒るよ」
「ぅ、ごめんなさい……」
許すような言葉を吐く自分を想像したらなんとなく嫌で、何も言わずに頬を撫でた。
「出掛けよっか。特に行きたいところないけど、気晴らしにドライブでも、ね?」
そうだ、濡れた布団の代わりにベッドを買いに行こうか。それならおねしょ対策グッズも一緒に買っておこう。
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