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194、竹の皮の包み

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「よう! ロファーシル。お前もいたのか?」

 ロファーシルは、俺の方を振り返ると頷いて言った。

「おお、勇者殿。丁度いい所にお見えになられましたな」

「がはは! 勇者殿これを見てくれ」

 ファーロイはそう言って、俺に一本の剣を手渡す。

「こいつはまるで……」

「おうよ! 勇者殿の剣は特別製だが、一部の士官用にあの剣の量産タイプを考えていてな。この工房で作るための試作品として、向こうの工房で作らせた見本が届いたって訳よ」

 ファーロイから受け取った剣は、まるで日本刀のようである。
 俺が今日ファーロイから受け取った物に形がよく似ていた。
 その柄を俺は握って構えてみる。

「へえ、いいじゃないか! 見事な刀だぜ」

「がはは! そうかい、勇者殿に太鼓判押してもらえりゃあ言うことないな」

 俺はふと首を傾げながら尋ねる。

「しかし、誰か希望者でもいるのか? 日本刀は俺の故郷の武器だからな、わざわざ使いたい奴もいないだろ」

「それがそうでもなくてな。勇者殿の新しい武器を作っているという噂が流れてから、同じタイプの武器が欲しいって言う連中が多くてよ。まあ、連中からしたらあんたは国を救った英雄だからな。憧れってやつだ」

 ナビ子が肩をすくめながら言う。

「憧れってカズヤさんをですか? 意外ですね!」

「……意外で悪かったな」

 ロファーシルが笑いながら答える。

「英雄に憧れるというのは、時にして強くなる動機を作るもの。能力のある士官の中には十分に使いこなせる者もいるでしょうからな」

「まあ確かに、アルーティアやオルフェレントには優れた武人が多いからな」

 俺が英雄かどうかは置いておくにしても、それで強くなる者がいるのなら歓迎だ。
 帝国との戦いでは優れた戦士が大いにこしたことはないからな。
 ファーロイは俺が手にした剣を眺めながら言う。

「オリハルコンと精霊銀の量は勇者殿の剣には敵わないが、量産型として恥ずかしくないものが作りたくてな」

「はは、やっぱりファーロイさんは職人だな」

 俺の言葉にファーロイは豪快に笑った。

「がはは! そうだろうが。一流の職人ってのは素材を大事にするからな。この日本刀ってやつは不思議と闘気をよく通す、余程の職人たちが研究を重ねて作り出した剣に違いねえな。魂ってのを感じるぜ」

 闘気か。
 向こうの世界にこちらと同じ魔法や闘気が存在するわけではないが、確かに日本刀ってのは職人の魂を感じる。
 ドワーフのファーロイにそう言ってもらえると、日本人として少し誇らしく思えるな。
 俺は剣を鞘にしまうと、ファーロイに手渡す。

「いいと思うぜ。この工房で作ってくれよ」

「おうよ! 承知した」

 ファーロイは満足そうに笑いながら、ふと俺が傍のテーブルに置いた物を見た。
 例の日本酒と弥生さんからのお土産である。

「ん? そういやあ勇者殿、そいつは何だ?」

「確かに、気になりますな」

 ロファーシルも頷く。

「ああ、こいつはお土産だ。俺の新しい武器を作ってくれるって話を聞いてたからな、その礼にと思ってさ。俺の故郷の酒だよ」

「なに! 勇者殿の故郷の酒だと!?」

「ほう、それは興味深い」

 工房には数人の職人たちがいる。
 この時間だ、他の職人たちはもう上がったのだろう。
 ファーロイが声をかけると、こちらにやってきた。
 そして、酒瓶をしげしげと眺める。
 酒飲みのドワーフたちだ、興味津々と言った様子で目の前の一升瓶を見つめると言った。

「勇者殿の故郷の酒か!」

「族長! こりゃ、飲まずにはいられませんね」

「おうよ!」

 ファーロイはそう言って、盃を用意させる。
 俺はその盃に酒を注いでいく。
 ドワーフの族長は注がれた酒を見て目を細める。

「こいつは美しい。見事に澄んでやがる」

「最上級の大吟醸の中でも、中々手に入らない代物だからな。ドワーフの酒にも負けない逸品だぞ」

「がはは! デカく出たじゃねえかよ勇者殿。どれ頂くとするか」

 ファーロイの言葉を合図に、豪快に盃を飲み干すドワーフたち。
 その喉がゴクリと動くと、彼らは目を見開いた。

「こ、こいつは……」

「族長!」

 ファーロイは盃を眺めながら呟いた。

「うめえ……まるで研ぎ澄まされた剣のようだぜ」

「はは、大吟醸は素材のコメを磨き上げることから始めるからな」

 米を磨く、つまり精米には度合いがある。
 通常の食用の白米は精米度10%程度だが、大吟醸ともなるとそれが50%になるほど米の内側の部分しか使わない。
 それによって雑味のない研ぎ澄まされた酒が出来る。
 もちろん米自体も専用の酒米だ。

「おっと、こいつはお土産だ。酒の肴にしてくれよ」

 俺はそう言って弥生さんが渡してくれた紙袋から、容器を取り出すとドワーフたちが用意してくれた皿に並べる。
 ファーロイはそれを見て首を捻った。

「こりゃあ、只の野菜を切ったものじゃねえか? しかも萎びてやがる」

「まあ試してみろよ、族長」

 いぶかしげな顔をしながらも、ファーロイはそれをつまむ。
 そしてシャクリと音を立てて口に入れると叫んだ。

「なんだこりゃ! うめえ!!」

「だろ? 今、こんな本格的なぬか漬けを出してくれる店は少ないからな」

 俺も一口胡瓜のぬか漬けを口にすると、大吟醸を一杯くいっと飲み干した。

「はぁ、やっぱ弥生さんのぬか漬けは最高だわ!」

 胡瓜や茄子、そして大根。
 どのぬか漬けも絶品である。
 ロファーシルや、ドワーフたちも大いに盛り上がってそれを口にしていた。

「そして、とどめはこいつだな」

 俺はそう言って紙袋の中から、竹の皮で包まれたものを取り出した。
 弥生さんが俺にぬか漬けを出す時に、いつも一緒にだしてくれるものがこいつだ。
 ファーロイが俺の手元を覗き込む。

「なんだいそいつは?」

 酒とぬか漬けがすっかり気に入ったのだろう。
 その目は明らかに期待に満ちている。

「おむすびさ」

 俺が竹の皮の入れ物を開けると、そこにはおむすびが入っている。
 海苔も具もない只の塩むすびだ。
 ファーロイが俺に尋ねる。

「おむすび? そいつは前に勇者殿の故郷の店に行った時に食べたライスを、ただ握り固めたものではないのか? 確かにライスは美味かったが、それも合わせるおかずがあってのことだろう?」 

 弥生さんの店で最初に出された時に俺も拍子抜けしたものだ。
 だが──

「食べてみれば分かるさ。マスターとはタイプが違うが、これを作ったのは俺が知る限り超一流の職人だぜ」

 半信半疑の顔でおにぎりを手に取ると、それを口にするドワーフの族長。
 するとその目が大きく見開かれる。

「こ、こいつは……塩か」

「ああ」

 厳選された米、そして選び抜かれた塩。
 さらには絶妙な握り具合。
 これはただの塩むすびだが、最高峰の料理の一つだと俺は思っている。
 ぬか漬けと合わせて食べたらまさに天国だ。
 ファーロイが俺に言った。

「只握り固めたとは、これを作った職人にずいぶん失礼を言っちまったな。この間行った店の主人も凄まじい料理人だったが、こっちはタイプが違う。素材の良さをそのまま、最大限に引き出すタイプの料理人だな」

「はは、弥生さんが聞いたら喜ぶぜ。そうだ、今度一緒に店に行かないか?」

「ほう! そいつは楽しみだ!」

 結局その夜は、日本酒と弥生さんのお土産で大いに盛り上がった。
 そしてすっかり酔った後、自分の部屋に戻り眠った。
 朝起きた時に、思わぬ事件に巻き込まれることになるのをまだ知りもしないで。
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