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236、死への前奏曲

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「……来るぜ」

 ライアンは、この領域の支配者を見つめながら大槍を構えた。
 静かに広がったクイーンの翼。
 その瞬間、広間の空間自体が振動するような感覚をエイジは感じた。

 ギィイイイイイイイイイ!!

 それと合わせるように、数十体のパラサイトアントが一斉に鳴き声を上げる。
 その声は明らかに殺意に満ちていた。
 アンジェはそれを見て身構える。

「エリク!」

「まだです、アンジェ」

 一方で、オリビアは冷静な瞳でクイーンの巨大な羽を見つめていた。
 大気の振動はそこから作り出されている。
 人の耳には届かないほどの高い音。
 その超音波が群れを支配しているのだ。
 リザードドラゴンの背に張り付いている寄生生物たちは、宿主に大量の分泌液を注入し始める。
 それによって、小型のドラゴンたちの目が真紅に染まっていくのが見えた。

「宿主に理性を失わせるほどの分泌液を注入しているわ。あれはもうただの殺戮マシーンよ」

 ライアンが大槍を握りしめた。

「おい、あいつら俺たちを殺す気満々だぜ。そろそろいいんじゃねえか? エリク先輩」

「待ちなさいライアン。もう少しです」

 宿主たちの瞳から完全に理性が消えていく。
 だが、まだ動く気配はない。
 その時、大気の振動がやんだ。
 女王の羽の動きが止まったのだ。
 そして、次の瞬間──!
 先程よりもさらに大気が激しく振動する。
 今までクイーンの羽が奏でていたものが死へのプレリュードだとしたら、これはまさに殺戮を命じる組曲と言えるだろう。
 エリクが叫んだ。

「今です! ライアンとオリビアは右、エイジとアンジェは左へ回り込んでください!!」

 疾走する四つの人影。
 左右の先陣を切ったのは、アンジェとオリビアだ。
 ライアンとエイジもその後に続く。
 殺戮マシーンと化したリザードドラゴンたちも、一斉に動き始める。
 クイーンが羽音で命じたからだろう。

『侵入者を皆殺しにせよ』、と。

 エイジたちは走りながら先程の小さな筒を手に握り、その先にあるピンのようなものを抜いた。
 その筒の表面には魔法陣が描かれている。
 ピンを抜いた瞬間に筒の表面に描かれているそれは、光り始めた。

「気を付けて! 魔方陣が光を放ったら、三秒後には発動するわよ!」

 オリビアが走りながらそう叫ぶと、それを群れの頭上に向かって投げる。

「言われなくても、分かってるわよ!」
 
 ほぼ同時に、アンジェも反対方向からそれを魔物の集団の上に放り投げた。
 エイジとライアンもそれに続く。
 まるで魔物の群れを四方から囲むようにして、それを投げ込んだ四人。
 手りゅう弾のように投げ込まれたその四つの筒は、空中で閃光を放つ。
 爆発するように弾けると、筒の中から霧のような蒸気が辺りにまき散らされる。
 その光景を見てリアナが言った。

「あれが……」

「ええ、クイーンが放つ特殊なフェロモンを凝縮して封入した魔具を群れの上空で破裂させたんです。霧状になって彼らの頭の上に降り注ぐようにね。もちろん別のクイーンの分泌物ですが、それに意味があるんです」

 エリスが、群れの様子の異変を見て取った。

「見て! あれを!!」

 凄まじい咆哮がいたるところから上がった。
 隣の魔物の首に喰らいつくリザードドラゴンの姿が、そこら中に見て取れる。
 エリクは頷く。

「パラサイトアントは一つの群れに二匹の女王の存在を許さない。万が一にも他の女王が誕生した時は、その抹殺が群れの最優先事項になるんですよ」

 シェリルはそれを見つめながら同意する。

「宿主に寄生するパラサイトアントはみんなメスにゃ。連中は別の女王の匂いがするメスを、絶対に許さにゃいにゃ!」

「女王の羽音は殺戮を命じている。ですが、そのターゲットは私たちより優先順位の高い存在に切り替わったわけです。絶対的な支配を誇る彼女としてみたら、許しがたいことでしょうね」

 目の前で次々に同士討ちをする魔物の姿。
 殺戮マシーンと化したことが、寧ろ仇になったと言えるだろう。
 あっという間に群れは自らの手で殲滅されていく。
 そして僅かに生き残った数体の魔物を、巨大な赤い尾が横薙ぎに吹き飛ばした。

 ギィイイイイイイイイイイイ!!

 巨大な女王蟻がそう咆哮すると同時に、その宿主である真紅のドラゴンはエリクに向かって突進した。
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