冒険者になれなかったので花屋始めました

メロディ

　ベックは身構えた。きっと花屋の女はベックを怒るだろう。そして盗んだ花の代金を払えと言ってくるだろう。だがベックは銅貨一つだって持っていない。

「何だよ！こんな所まで追って来やがって！」

　女はベックのどう喝にはまったく反応せず、ニコニコ笑って言った。

「ベックは足が速いねぇ。こんな所まで来てたんだ。あ、洞窟がある。ここで暮らしてたの？ガッツあるねぇ」

　女はのん気に話しをし出した。ベックはあっ気にとられてしまった。するとベックの腹がキュルルと鳴った。空腹すぎて音が鳴り出したのだ。女はあははと笑って言った。

「ねぇ、ベック。りんご好き？」

　ベックは空腹すぎて反射的にうなずいた。女は笑ってうなずき、地面に手をついた。女の手が光る。すると驚いた事に、地面からニョキニョキと植物が生え出してきた。植物はみるみる大きくなり、大木になり、花をつけ、やがて真っ赤なりんごが沢山なった。

　ベックは口をポカンと開けていた。女はりんごを一つもぎ取ると、ベックに手渡した。フワリとりんごの甘い香りがした。ベックはりんごにかじりついた。とても甘くてみずみずしかった。女はニコニコ笑ってりんごをもいでいた。

　女の側には小さなドラゴンがいて、女がりんごを渡すと、嬉しそうにかじっていた。ベックはりんごを三つたいらげ、ようやくひと心地ついた。

　女は名を名乗った。女はメロディと言った。抱っこしているドラゴンは、ウェントゥスというらしい。

　ベックはぶっきらぼうにメロディに言った。

「俺の事、怒らないのか？」
「何で？ベックに怒るの？」
「だって俺はお前の店の商品を盗んだんだぞ？」

　ベックの質問に、メロディは微笑んで答えた。

「ベックはかりんの木を返してくれたじゃない。怒ってなんかないよ？」

　ベックは急に腹が立って、叫ぶように言った。

「俺はすごく悪い奴なんだぞ？！盗みだってする。物だって壊す！」

　激ごうするベックに、メロディは悲しそうに笑った。メロディの笑顔がマザーの笑顔に重なった。メロディは穏やかに答えた。

「そうだね。ベックは沢山悪い事をして、町の人たちをいっぱい困らせたね？だけど町の皆は知ってるよ？ベックがおじいさんを亡くして、とてもとても悲しんでいる事を。だから皆待っているんだよ。ベックが悲しみから抜け出してくれるのを」

　メロディの言葉に、ベックはカチンときて叫んだ。

「俺の悲しみは一生消えない！じいちゃんを忘れるくらいなら、ずっと悲しいままでいい！」

　メロディはベックの話しをジッと聞いていた。ベックはなんだか感情のコントロールができなくなって、涙をボロボロ流しながら、メロディに当たり散らすように言った。

「マザーはじいちゃんは空の上の天国に行ったって言ってた。マザーはウソつきだ！俺はいっつも、じいちゃんに言ってるのに。会いたい、会いたいって。でも姿どころか声さえも聞こえない！」

　それまで黙っていたメロディが突然叫んだ。

「ベック！おじいさんに会いに行こう！」