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逃避行

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 クレアたちが城に戻ると、国王は待ちかねていたようにクレアたちを迎えた。部屋にはクレアたちの知らない人物がいた。その人物は五十代くらいのがっしりとした男で、鎧を着ていた。どうやら騎士のようだ。

 国王はクレアたちに騎士を紹介した。

「この者は余が最も信頼する男だ。このギュンターに王子をたくす。クレア、メロディすまないが・・・」

 クレアは国王の言葉を引き継ぎ答えた。

「お任せください、国王陛下。必ずギュンターどのと王子さまを安全な所に送り届けます」
「ありがとう。この子の名はバスチャンだ」

 国王は王妃の肩を抱きしめながら言った。王妃の腕には生まれたばかりの赤ん坊がスヤスヤと眠っていた。王妃はエレノア王女を呼んだ。弟に別れのあいさつをするように。

 エレノア王女は目に涙を浮かべながら言った。

「バスチャン。貴方のお姉さまよ?大好き」

 エレノア王女はバスチャン王子のおでこにキスをした。メロディは王女に言った。

「エレノアちゃん、バスチャン王子は絶対大丈夫だからね?」

 メロディの言葉にエレノア王女は泣きながらうなずいた。国王は自身が身につけていたペンダントを、幼い我が子にかけた。このペンダントがバスチャン王子の身分を示すだろう。

 国王は王妃からバスチャン王子を受け取り、ギュンターに渡した。ギュンターはうやうやしく赤ん坊を受け取った。クレアはギュンターをうながして、王族へのあいさつもそこそこにウェントゥスの背中に乗り込み飛び立った。

 先頭にメロディが乗り、真ん中が王子を抱いたギュンター、最後がクレアだ。クレアはギュンターに聞いた。

「ギュンターさん、これからどこに向かいますか」
「まずは東に飛んでくれ。おそらく大公の手の者が我々を尾行しているだろう」

 クレアは考えこんだ。やはりジョスト大公は生まれた王子を見逃してはくれないのだろう。クレアたちは大公の追手を巻くために東に逃げる事にした。

 だがその道のりは簡単にはいかなかった。バスチャン王子にミルクを飲ませなければいけなかった。クレアたちが産婆のマーサを帰して城に戻る間に、王妃はガラスの密閉容器に乳を絞っていたのだ。

 クレアたちは時間になると、平地に降り立った。火をつけてミルクのガラス容器を湯煎にかけて人肌の温度にし、バスチャン王子に飲ませるのだ。

 騎士のギュンターは小さな木のスプーンで、王子にミルクを飲ませていた。クレアがギュンターに話しかけた。

「ギュンターさんは赤ちゃんの世話が上手ですね?」

 ギュンターは柔和な笑みを浮かべて答えた。

「ああ。私の妻は病弱でな、よく私が子供の面倒を見ていたのだ。だからこの大役を私がたまわったのだ」

 ギュンターは妻と二人の子供たちがいるのだそうだ。だが王妃が身ごもると、万一王子が生まれた時、ジョスト大公から守るためにギュンターが選ばれたのだ。

 ギュンターは国王の頼みを受けるにあたり、妻と子供たちを城から逃したのだ。ギュンターの家族がジョスト大公の手に落ち、人質にならないためだ。ギュンターはバスチャン王子を育てるために、二度と家族に会わない覚悟をしているのだ。
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