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人形使い

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 佐倉は倉茂の首部写真と、小菅の首部写真をデスクの上に並べた。なるほどよく似た絞め痕だ。絞殺の場合、被害者は苦しんで、犯人の手を外そうと抵抗する。

 被害者の爪に、犯人の皮膚や血液が付着している事がよくあるのだ。だが今回の二つの事件は、被害者が爪がはがれるほど抵抗したのに、犯人の皮膚や血液は採取されなかった。

 人形が犯人。猪熊は苦笑してオカルトめいた考えを消去した。その表情を佐倉に気づかれたのだろう。佐倉は子供みたいにすねた顔になって言った。

「あ、先輩。信じてないでしょう?先輩は本当に、オカルトや神秘を信じないんだから」

 佐倉はぼやくように返す。猪熊は現実主義者だ。目に見えるもの耳で聞いた事だけを信じる。佐倉はため息をついてから言った。

「倉茂の事件で、家政婦が人形の仕業じゃないかって言ってたでしょう?」
「ああ。高齢のばぁさんだったからな」
「もう、いけませんよ先輩。女性の年齢を話題にしたら。僕は犯人は念動力者じゃないかって思ったんです」

 念動力者。超能力ときたか。猪熊は吐き捨てるように言った。

「あんなペテン師どもに殺しができるかよ!」
「そうなんですよ。念動力でケチな窃盗をして、執行猶予のついた奴に聞いたんです。人形を念動力で操って、人を殺せるかって。そしたらやっこさん、めっそうもないって言ってました。人形の手なんてハリボテだから、ナイフを持てないし、縄で手にくくりつけても、人なんかさせないし。第一念動力者は、操る物体を目視しなければいけないんですって。もし人形が人を殺したなら、その側に犯人の念動力者がいなければいけないって」

 それ見ろ。猪熊は勝ち誇ったように小さく笑った。佐倉がムッとした顔で言った。

「でも、そいつ。おかしな事を言ってました。人形使いなら、できるかもしれないって」
「人形使い?正月にやる伝統芸能か?」
「ええ。現代ではそのくらいしか露出がありません。だけど、」

 佐倉はニンマリと笑って猪熊に顔を近づけて言った。

「人形使いは平安時代から続いています。時の権力者の側で暗躍していました。中でも戦国時代は、いかに優秀な人形使いをかかえるかで戦の勝敗が決まると言われたほどです」
「歴史の勉強はいい。早く答えを言え」
「はい。人形使いの家柄はすたれ、現在では桐生家と天賀家だけになってしまいました。優秀な人形使いは、人形を遠隔操作する事が可能です」

 猪熊はピクリと身体を震わせて言った。

「つまり家政婦のばぁさんが見たのは、本当に人形だっていうのか?!」
「ええ、さっきっからそう言ってるじゃないですか。それでね、現役の人形使いからコンタクトがありました。小菅と倉茂の事件について、情報提供したいって」
「それを早く言え!」

 猪熊は力の限り大声を出した。

 
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