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桃香

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 加奈子はしゃがみこんでいる桃香を驚かせないように、ゆっくりと背中に手を当てて言った。

「井上さん、大丈夫?」

 桃香はハッとした顔になると、加奈子に叫ぶように言った。

「わ、私に触らないで!」
「?。どうして?」

 桃香は泣き出しそうな表情になってから言った。

「私、テレパスなの。だから、豊田さんに触られたら、貴女の心を読んでしまうの」

 桃香はそう言って、両手で顔をおおってしまった。加奈子は、桃香が恵理子たちにいやがらせをされていた原因がわかったように思えた。おそらく恵理子は、桃香が自分の秘密を知ってしまったと思ったのだろう。だから桃香をおどしたのだろう。

 加奈子はだんだん腹が立ってきた。恵理子の残忍な行為も、桃香のオドオドした態度にも。加奈子は桃香の両手を掴んで一気に彼女を立ち上がらせると、きつい声で言った。

「ちよっと!私の事豊田って呼ばないでくれる?!私は家を出たの!加奈子って呼びなさいよ!」

 桃香は大きな瞳をパチクリさせながら言った。

「か、加奈子ちゃん?」
「よろしい。桃香は長いわね、私は貴女の事を桃って呼ぶわ。よくって?」
「う、うん」

 加奈子は桃香を見下ろした。桃香は加奈子よりも背が低く、小柄な可愛らしい少女だった。大きな瞳を隠すようにフレームのふといメガネをかけている。メガネを外して、コンタクトレンズにした方が可愛いのではないかと加奈子は思った。

 桃香はなおも加奈子に対してオドオドしている。加奈子は厳しい声で桃香に言った。

「桃!私の手を握りなさい!」
「えっ!?でも、加奈子ちゃんの心を読んじゃう・・・」
「桃。貴女私の事どう思う?」
「えっと。美人で、頭がいい」
「そう!私は美しいわ!才色兼備で文武両道。私は完ぺきなの!だから桃に心を読まれても何も問題ないわ。桃を傷つけようとする奴は、心が汚いのよ!だから桃に心を読まれたくないの。桃は何も悪い事ない!」

 加奈子のきつい大声にドギマギした桃香だったが、ゆっくり加奈子の手を握った。桃香の手はとても小さくて柔らかかった。加奈子は瞬間的に彼女を守ろうと決めた。

 桃香は加奈子の気高い心を読んだのだろう。彼女は控えめ微笑んだ。加奈子は大きくうなずくと、桃香に命令口調で言った。

「いい事、桃!もし貴女が危険な目にあったら、必ずテレパスで私を呼ぶ事!できる?!」
「う、うん。私のテレパスに範囲はあまり無いみたいだから、加奈子ちゃんの心に私の声を届ける事はできる」
「そう、それならいいわ。桃、カバンを取りに教室に帰るわよ。一緒に帰りましょう」

 加奈子の提案に、桃香は一瞬ほうけたような顔をしてから笑顔でうなずいた。つられて加奈子も笑う。

 加奈子は高校生になって初めて友達と一緒に下校する事になった。
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