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捕らわれの加奈子

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「おい、起きろ。いつまで寝ているんだ」

 加奈子は、自身の頬をペチペチ叩く手の感触で目を覚ました。ここはどこだろう。みじろぎしようとすると、身体の自由がきかなかった。加奈子は、自分の手足が縛られている事に気づいた。口にはさるぐつわの布を噛まされて、声も出せなかった。

 加奈子は何者かに拉致監禁されてしまったのだ。一体どこの誰が加奈子を誘拐したのだろうか。加奈子はそれまで豊田家のお姫さまとして丁重に扱われていた。だがもう加奈子はお姫さまでも何でもない、ただの女子高生になってしまったのだ。

 親に金を要求したところで、父親はビタ一文払わないだろう。加奈子は不自由な体勢で、自分の頬を叩いた相手をにらんだ。

 相手は若い男だった。加奈子を誘拐するために声かけた男ではなかった。男は軽薄そうな笑みを浮かべて加奈子に言った。

「初めまして、豊田家の加奈子姫。天賀勝司といえばわかるかな?」

 加奈子は顔をこわばらせた。天賀勝司、天賀家の現当主だ。本来ならば、加奈子は天賀勝司に嫁ぐはずだった。だが幸士郎が反対したのだ。加奈子を自分の妻にしたいと。

 今思えば幸士郎は、人形使いではない加奈子を必死に守ろうとしてくれていたのだ。加奈子は幸士郎の事を思った。これから自分はどうなってしまうのだろうか。

 勝司は加奈子の両頬を大きな手で掴んで言った。

「一度君に会って不満を言いたかったんだよ。優秀な人形使いだなどと、よくもだましてくれたねぇ。君のようなクズを嫁にしなくて本当に良かった。君には俺の花嫁を捕らえるためのエサになってもらうよ?」

 勝司は話しているうちにさらに怒りが増したようで、加奈子の頬を掴む手の力が強まった。加奈子は痛みのためにうめき声をあげた。

「おやめください、勝司さま。相手は子供ですよ」

 勝司がいまいましそうに後ろを向く。そこには、加奈子を誘拐した男が立っていた。勝司は吐き捨てるように男に言った。

「何なの?伊織。お前こんなのが好みなの?ロリコンじゃん」
「勝司さま。豊田加奈子は、松永結をおびき出すための大事な人質です。彼女が傷ついていれば、松永結の心象が悪くなります」

 勝司は伊織と呼ばれた男の言葉に腹を立てたようだが、一理あるとでも思ったのだろう。フンッと鼻を鳴らして言った。

「俺、車で待ってる。松永結が来たら教えろ」

 伊織は黙礼して勝司を見送った。加奈子は再び冷たいコンクリートの上に寝かされた。どうやらここは古い倉庫のようだ。

 加奈子がモゾモゾとしていると、伊織が側に近づいて来た。加奈子が恐怖に震えていると、伊織は片ひざをついて、加奈子のさるぐつわを外してくれた。加奈子は拍子抜けしながら伊織を見上げていると、伊織はバツが悪そうに苦笑した。
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