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加奈子の危機

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 加奈子はイライラしていた。手持ちのスマートフォンには、母親からの留守番電話とメールがひっきりなし入っていた。内容は、心配だから連絡をしてという事だった。

 自分から私を捨てたくせに。加奈子は母に連絡を取るつもりはなかった。もう加奈子は人形使いの家とは一切関わりがないのだ。

 そのはずなのに、加奈子の胸の内はずっとモヤモヤしていた。頭のすみには、泣いている母親の姿がこびりついていた。

 加奈子が学校からアパートに帰ろうとすると、呼び止める声があった。振り向かなくてもわかる。従兄弟の桐生幸士郎だ。少し前まで、加奈子と幸士郎は許嫁同士だった。

 だがそれもすでに解消している。加奈子と幸士郎は、もう他人同士なのだ。加奈子は幸士郎を無視してスタスタと廊下を歩き出した。

 幸士郎は加奈子の肩を掴み、きつい口調で言った。

「おい、加奈子。無視をするな。おばさんが家に泣きながらやって来たぞ?連絡を一切していないんだってな?」
「あら、桐生くん。何かしら?私と貴方はもう他人なのよ?気安く話しかけないでくれる?」

 幸士郎は顔をしかめてため息をつきながら言った。

「俺の事を嫌おうと構わない。だがなぁ、おばさんは心から加奈子の事を心配しているんだぞ?連絡くらいは入れろ」

 加奈子は幸士郎に返事をせず、スタスタと学校を後にした。早くしないとまた絡まれるからだ。

 加奈子と幸士郎が許嫁を解消した事は、すでに学校中のウワサになっていた。そのため加奈子は男子生徒からひっきりなしに声をかけられるようになった。

 遊びに行かないか?食事に行かないか?ならまだしも。ストレートに交際を申し込む者までいた。加奈子はそれらの男子生徒をうるさそうに無視していた。

 それもこれも加奈子が美しすぎるせいだ。仕方ないが面倒くさい事この上ない。

 加奈子だけではなく、幸士郎も女子生徒に言い寄られているようだ。あんな面白味のない男のどこがいいのかしら。加奈子は幸士郎を思い出して毒づいた。

 幸士郎は良くも悪くも真面目で、話していても、一緒に行動しても、ちっともつまらない相手だった。だが、この男が自分の将来の夫だと決められていた。加奈子は幸士郎と結婚する事が必然だったのだ。

 加奈子は早い足取りでバス停まで歩いていた。誰にも声をかけられないように。

「豊田加奈子さん?」

 突然背後から声をかけられ、加奈子は思わず振り向いてしまった。そこには大人の男性が立っていた。スラリと身長が高く、少しカッコよかった。加奈子はドギマギしながら答えた。

「そうだけど?だったら何なの?!」
「それは良かった。人違いをしてはいけないからね」

 男は微笑んで答えた。その直後、加奈子は背後にいる何者かに布のようなもので鼻と口をふさがれた。驚いた加奈子は、ツンとする薬くさい気体を思いっきり吸ってしまった。

 これはまずい。加奈子がみじろぎして逃げようとすると、背後の何者かに抱きすくめられた。その手は毛むくじゃらだった。加奈子はそれきり意識を手放した。
 

 

 
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