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結と恭子のお茶会

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 結は喫茶店の仕事の休けい時間に、恭子が空いていれば一緒に食事を取るようにしていた。

 結は幸士郎の手作り弁当を持たされ、恭子に盛大に冷やかされていた。

「結ちゃんたらお熱いわねぇ。愛妻?弁当だなんて」
「もう!恭子さんたらからかわないでくださいよ。幸士郎くんは自分のお弁当を作るのに、一つ作るのも二つ作るのも変わらないからって作ってくれているんです!」
「あはは。ごめんごめん。でも、とっても美味しそう。幸士郎くんのお弁当」
「はい、とっても美味しいんです」

 結は顔を真っ赤にしながら幸士郎の作ってくれたお弁当をかっこんだ。本当に美味しい。じゅわっとダシがしみだす、だし巻き玉子。小さなハンバーグ。ゆでたブロッコリーとミニトマトが彩りをそえている。ご飯にはふりかけがかけてあってとてもカラフルだ。

 結はもくもくと弁当を食べながら数日前の事を思い出していた。幸士郎は、自分は母に怨まれていると言っていた。幸士郎も結と同じ、幼い頃に母を亡くしているのだ。

 結は幸士郎に親近感を覚えるとともに、母を亡くした時の悲しみを思い出し、泣き出してしまった。今思い出しても恥ずかしい。

 小さな子供のように泣きじゃくって、年下の幸士郎に慰められてしまったのだ。

 結、俺がずっと側にいるよ?

 今でも結の耳から離れない。幸士郎の甘やかな声が。

 幸士郎は、大人なのに泣きわめく結を仕方なく慰めただけなのだ。他に意味はないはずた。

 結が恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしていると、恭子は真面目な顔で結に言った。

「でも結ちゃん。幸士郎くんにプロポーズされたんでしょ?」
「プ、プロポーズなんかじゃないです。幸士郎くんも、兼光さんも、私の人形使いの能力だけが必要なんです。もし私より優秀な人形使いの女性があらわれれば、私との婚約は解消されると思います」

 結の脳裏に加奈子の姿が浮かぶ。加奈子は人形使いではなかったために婚約を解消されてしまったのだ。加奈子は、地味な結と違って、華やかな美人だ。きっと大人になったら、もっと美しくなるだろう。

 そんな加奈子は、幸士郎と並ぶと美男美女のベストカップルなのだ。地味な結が幸士郎のとなりに立つなどおこがましいと思った。

 結の思考はどんどん下降気味になっていく。昨日の父の電話もおかしかった。あれだけ桐生家に関わる事に対して、桐生家に世話になるなら仕事を辞めて帰って来いと激怒していたのに。昨日の電話では、身の安全が保証されるまで、桐生家にやっかいになるようにと言われたのだ。

 結と幸士郎の婚約についても、もう大人にんだから自分で判断しなさいという事だった。

 結の答えはもうすでに決まっている。幸士郎とは結婚しない。将来有望な若者と結ではつりあいなど取れるわけがない。

 ふと結が顔をあげると、恭子が妹を案じる姉のような表情で口を開いた。

「結ちゃんは幸士郎くんの事を子供だと思っているかもしれない。だけど、私が見ていると、幸士郎くんは結ちゃんを真剣に守ろうとしているのが伝わってくるわ?その気持ちだけはわかってあげて?」

 結は小さくはいと答えると、ふたたびうつむいた。恭子の言う通りだ。幸士郎は、どうしようもない大人の結のために一生懸命なのだ。幸士郎が結を守ろうと一生懸命になればなるほど、結は申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだ。

 


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