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新たな王の誕生です

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 巨大な狼は私の声に反応して、二メートル近い大男の姿になった。私はトールの姿に、ギャッと叫び声をあげた。トールが全裸だったからだ。獣人は獣に変身すると、元に戻った時に裸になってしまうのだ。子供のセネカとヒミカなら気にならないが、成人男性のトールが全裸だと、私は目のやり場に困ってしまう。すると先ほどまで戦っていたアランが、自身がはおっていたマントをトールに差し出し、トールに何か言った。トールは顔をしかめたが、しぶしぶ腰にマントを巻いてくれた。私はホッと胸をなでおろした。トールが私の側まで近づいてくる。身につけているのは腰布だけで、プロレスラーのような筋肉隆々の身体が私を威圧する。私は負けてなるものかと、トールをにらんだ。トールが私を見て言う。

「お前が聖女だったのか?だとするとこの王の指名とやらは茶番に過ぎぬな。お前は半獣人の仲間だろう」

 私は内心ギクリとした。トールの言う通り、私は半獣人のユーリを王さまに指名しようとしている。だがこの展開も予想済みだ、ユーリには私の計画をあまり話していない。ただ私の言う通りに従って、とお願いしているだけだ。ユーリは良くも悪くもとても素直な性格で嘘がつけない。私が包み隠さず計画を説明したら、感情が顔に出てしまい、ユーリの指名はおりこみ済みだと言う事がトールにわかってしまい、納得してもらえないだろう。ここが私の正念場だ。私はゴクリとツバを飲み込んでからトールに言った。

「いいえ、私は天より遣わされた使者にすぎません。このトーランド国の新たな王を決めるのは天の意思なのです。見てください、この夜空を彩る光を。これは私の光の魔法、花火です」

 トールは夜空に咲き乱れる花火をまぶしそうに見上げた。この花火が私の魔法だとトールにも理解してもらえれば目標は達成だ。私は取り出した懐中電灯を大きく振る。夜空に光の線ができる。しばらくして花火は止んだ。アスカたちが、私の懐中電灯の合図を見て、花火を終わらせたのだ。私はトールに舞台に上がる階段へとうながす。トールはフンッと鼻を鳴らしてから舞台にあがった。私もトールに続く。舞台にはメグリダ王子、ユーリ、トールと三人が並んで立っている。私はトールの隣に立つと、拡声器でトーランド国軍の兵士と、獣人、半獣人たちに語りかけた。

「皆さん、舞台にご注目ください。今からトーランド国の新しい王が天の意思により決定します」

 辺りがドヨドヨと騒がしくなり、そして静まった。私はまるで、保育園の子供たちに、絵本の読み聞かせをしている気持ちになった。子供たちは、私が熱弁をふるって役になりきってお話をすると、固唾を飲んで聞き入ってくれるのだ。私が冷めた口調でお話をしてもきっと真剣には聞いてくれないだろう。舞台の下に集まってきた人たちは、新たな国王が誕生する瞬間を、今か今かと待っていた。私は芝居がかった声で言葉を続ける。

「この場には三人の国王候補がいます。一人は現トーランド国王の第一王子、メグリダ王子。もう一人は、現トーランド国王の第二王子、ユーリ王子。三人目は獣人の王、トール。この三人の中の一人に、王の証が現れます。さぁ、三人とも手のひらを前に出してください」

 ユーリもトールも両手のひらを前にだす。メグリダ王子だけは右手のひらだけを出す。私はすうっと息を吸ってからゆっくりと言う。

「さぁ念じてください、王を決める赤い光を手に出現させた人が新たな王になるのです」

 私の言葉にユーリがハッとした表情になる。メグリダ王子もトールも神妙な顔で念じているようだ。そしてユーリの手から赤い炎が出現した。その瞬間を目撃した人々は大声で叫んだ、ユーリ国王陛下バンザイ、と。人々の興奮が冷めやらぬ中、トールは悔しげに顔をゆがめた。トール、と舞台の下から声がした。トールの妻アスカだ。どうやらアスカとヒミカとティアナは、花火を終わらせてこの場にやって来たようだ。トールは呟くようにアスカに言った。すまない、と。アスカは泣きながらもういいの、と答えた。ユーリは自分よりはるかに大きなトールに向き直って言った。

「偉大なる獣人の王よ、私はこの国を獣人も、半獣人も、人間も、皆が幸せになれる国しにしたいと願っております。どうか、若輩者の私に力を貸していただきたい」

 トールは真剣なユーリの顔をひとにらみしてから、一つため息をつき、差し出したユーリの手を握った。私はほうっと安堵の息を吐いた。戦争が終わったのだ。足がブルブル震えだし今にもその場にしゃがみこみそうだったが、太ももを両手でパンッとたたいて姿勢を正した。これからやらなくてはいけない事が沢山ある。

 先ずは怪我人の治療だ。私はヒミカとティアナを舞台に呼ぶと、沢山の空の香水瓶を出した。そしてまな板に包丁に玉ねぎ。ヒミカとティアナの目にはゴーグルをつけさせる。そして私はもうぜんと玉ねぎをみじん切りにし出した。鼻の奥がツーンとして、私の目からは涙がボロボロあふれてきた。ヒミカとティアナは心得たように、香水瓶に私の涙を入れていく。トーランド国軍の兵士が二千人、獣人が四十人。少なくとも二千個の香水瓶を作らなくてはいけない。私は目から涙を、鼻から鼻水をだしながら玉ねぎを切り続けた。しばらくすると、ティアナが持っていた香水瓶を落とした。目にしていたゴーグルを外し、目を大きく見開いた。私が心配して、どうしたの?と聞くと、ティアナは震える声で答えた。

「セネカが、セネカが死んだ」

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