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王さまです

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 王の間にはたくさんの兵士が整列していた。その先の玉座に王さまが座っていた。イケメンは私の前で王さまに膝をついて黙礼をした。私もイケメンにならい同じように膝をつく。セネカとヒミカにも目配せをして同じようにさせた。王さまは私を一べつしてから言葉を発した。

「この者が聖女か、なんとも貧相な女だのぉ」

 私はカチンと来た。何よ自分で呼んでおいてその言い方、それが人にものを頼む態度かしら。私がイライラしているのをおかまいなしで王さまは偉そうに言う。

「これ、聖女とやら余に近づく事を許してやる。余の病を早く治すのじゃ」

 私はイライラしながら、ツカツカと王さまの側まで行った。王さまは顔色が悪く、そしておかしな事に、ブカブカの服を着ていた。とても豪華な衣装なのにサイズが合っていないのだ。私は王さまに質問した。

「病というのはどういった症状なんですか?」
「喉がかわくのじゃ、そして何を飲んでも喉の渇きはおさまらん。そして小水が絶えず出るのじゃ。それに身体がだるくてたまらんのじゃ」

 私は少し思案してから王さまに言った。

「王さまの主治医の話は聞けますか?」

 王さまはうなずくと、サッと手をあげた。すると整列していた兵士の後ろから、小柄な老人がやってきた。この老人が王さまの主治医なのだろう。私は主治医に話しかけた。

「王さまは以前は太っていましたか?」

 私の質問に主治医はコクコクとうなずいて同意し、話し出した。

「はい、王さまは美食家でいらっしゃいますから国内外の美味な食べ物を多く召し上がっておられました。ですがこの所、いくらお食事をされてもどんどん痩せてしまわれるのです」

 私の中で一つの病気の可能性が頭をもたげた。私は主治医にさらに質問をした。

「王さまの具合が悪くなった時、甘いものを食べると具合が良くなったりしませんか?」

 私の質問に主治医は笑顔でうなずく。きっとその通りなのだろう。私の疑いは確信に変わった、この王さまは糖尿病だ。そして六十歳代の王さまの年齢から考えても、二型糖尿病だろう。何故私が王さまの病気が糖尿病だと気づいたかというと、私の受け持ちの子供に、進藤歩くんという男の子がいる。その子は、恵太くんとは違った意味で目が離せないのだ。歩くんは一型糖尿病で、定期的にインシュリン注射を行わなければいけないのだ。最初歩くんが一人でインシュリン注射をしているのを見た時、私は泣きそうになってしまった。歩くんのお腹は注射痕の青いアザでいっぱいだったからだ。だけど部外者の私が歩くんを可哀想だなんて思うなんて、おこがましいと思った。歩くんのご両親も、歩くんの治療費を工面するために必死に働いている。歩くんもそんなご両親の気持ちを理解して、血糖値の検査も、インシュリン注射も全て自分で行うのだ。

 私は血糖値測定器、検査チップ、穿刺器せんしき穿刺針せんしはりを取り出す。私は穿刺器せんしきに針をセットして、王さまの手を取り指に突き刺した。王さまは痛みのあまり、無礼者と叫んだ。私は無視。真っ赤な血が丸く出てきたのを、検査チップに急いで吸わせる。そして血糖値測定器にかけて血糖値を確認する。主治医にも一連の流れ、血糖値の見方を説明する。この血糖値ではインシュリン注射が必要だ。

 私はインシュリン注射を取り出し、王さまのダブダブの服を引っ張ってお腹を出させ、ペンシル型のインシュリン注射をお腹に突き刺す。王さまがギャアッと叫んで暴れるが、私は王さまを抑え込み十秒間そのままでいる。私は心の中で怒鳴った、それくらいで騒ぐんじゃないわよ!歩くんは、歩くんはあんなに小さいのに、小さな手で自分のお腹に自分で注射をするのよ。大人のあなたが、一国の王さまのあなたが騒がないでよ。私は怒りの中で、この世界では歩くんのような一型糖尿病の子供は生きる事ができないのだと思った。

 私が騒ぐ王さまを無視して主治医にインシュリン注射の仕方を説明していると、王さまの身体の具合が良くなってきたようだ。王さまは不思議そうにしている。すると王の間に一人の太った男が入って来た。太っているせいで王さまの元まで来るのに大分時間がかかった。その太っちょは王さまの前まで来ると、父上。と王さまに呼びかけた。どうやらこの太っちょは王さまの息子、つまり王子さまのようだ。二型糖尿病は遺伝性だ、この太っちょの王子さまも、不摂生な生活を続けていれば、いずれ王さまのようにインシュリン注射をしなければいけなくなるだろう。

「おお、メグリダよ。来てくれたのか、聖女とやらの力で余の病は治ったぞ」

 王さまは私の話をちっとも聞いていなかったようだ。血糖値が安定しない限りインシュリン注射は必要だし、これからは厳しい食事制限と運動をしなければいけない。メグリダと呼ばれた王子さまは喜びの言葉を王さまに述べたが、私が見た限りメグリダ王子は王さまの病気が治った事をあまり喜んでいるようには見えなかった。メグリダ王子は王さまではなく、横にいる私を気味の悪い目でジッと見ていた。私は背筋がゾッと寒くなった。私は王さまに必要な検査器具、インシュリン注射を大量に出して主治医に渡した。私は王さまに言った。

「それでは私はこれで失礼します」

 私の言葉に、王さまは心底信じられないという顔をして言った。

「何を言っておる。聖女、そなたはずっと余の側にいて、余のために働くのじゃ」

 この言葉に私はものすごく腹が立った。権力を持つものの傲慢な思考回路。私は極力冷静に言い返した。

「注射器が無くなったらまた作りに来ます。今はこの子たちのお母さんを探さなければいけないので」

 私は王さまから目線だけセネカとヒミカに向けた。そこで初めて王さまはセネカたちに気づいたようだった。

「なんと、そこにいる汚らしい子供は獣人ではないか。兵士よ、即刻始末しろ」

 私は王さまの言った言葉が信じられなかった。まるでお茶を持って来いとでもいうようにセネカたちの殺害を命令したのだ。セネカたちの側にいた兵士たちがセネカたちを囲むように剣を構えた。セネカは唸り声をあげて威嚇している。ヒミカは可哀想に身体を縮めていた。私はセネカたちの側に行こうと走り出した。すると私の側にいた兵士が私の腕を掴んだ。

「離しなさい!」

 すると驚いた事に私の手を掴んでいた兵士がギャアッと叫び声をあげて尻餅をついたのだ。私が兵士を見ると、兵士の手はまるで火傷をしたように赤くただれていた。だけど兵士なんかに構っていられない。私はセネカたちの元に駆け寄る、兵士が剣を振り上げてセネカに斬りかかろうとする。間に合わない。

 その瞬間、私の身体がフッと軽くなった感覚がした。私の目の前には驚いて瞳を大きくしているセネカとヒミカがいた。間に合った、私は安堵して二人を抱きしめた。その直後、背中に焼けるような痛みが走った。私は痛みのあまり息を詰めた。セネカとヒミカが口々に私の名前を呼ぶ。私は安心させるように、震える声で、大丈夫よ。と言った。だけど本当は全然大丈夫じゃない、痛すぎる背中を感じながら、ヒミカとセネカを助けるにはどうしたらいいか考えていたら、私の身体が急に光出した。すると、今まで感じていた焼けつくような背中の痛みが嘘のように消えていた。私はゆっくりと息を吐いた。そしてセネカたちを助けるにはこの方法しかないと心を決めた。すがりついてくるセネカとヒミカを抱きしめて、二人に言った。

「セネカ、ヒミカ。絶対助けるから私の側から離れないで」

 二人は目に涙を浮かべながらうなずいてくれた。私も大きくうなずいてから王さまに向き直った。私は大声で王さまに言った。

「王さま、もしこの獣人の子供たちに傷一つつけたなら、私はここで自害します!私がいなくなれば王さまの薬を作る事ができなくなり、あなたはいずれ苦しみなが死ぬでしょう。もしこの獣人の子供たちに危害を加えないというなら私たちを牢屋にでも閉じ込めておきなさい!」

 私は自宅で愛用している刃渡り15センチの出刃包丁を取り出して、自身の首すじに当てた。ヒヤリとした金属の感触を感じる。勿論私は死ぬ気はない、でもセネカたちの安全を確保するにはハッタリをかますしかない。私は王さまを睨みつけた。王さまはウウッと唸り声をあげてから大声で言った。

「リュート!この不敬な者たちを牢屋にぶち込め!」

 王さまの命令に、私を案内してくれたイケメンが黙礼した。あのイケメンはリュートって言うのね。優しい人かと思ったけど、やっぱり王さまの味方なのね。私は出刃包丁を掴んだままその場にへたり込んだ。どうにかセネカとヒミカは殺されずにすみそうだ。リュートは私の側まで来て、私から出刃包丁を取り上げると、囁くように言った。

「今は大人しくしていてください」

 私がリュートの顔を見ると、優しい笑顔を浮かべていた。兵士たちがセネカとヒミカに触ろうとする手を私ははたき落とし、セネカたちの手を掴んで歩き出した。

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