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最悪の事態

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 スキーラ子爵のあまりの荒唐無稽な言葉に、プリシラはしばし思考が停止してしまった。

 遅れて、目の前の見た目も心も醜い男の妻になれと言われた事に気づき、吐き気をもよおした。

 プリシラは何とかツバを飲み込むと、鋭い声で言い放った。

「誰が貴方のような人間の妻になるものですか。冗談にしてもおぞましい。その言葉、早急にお取り消しを」
「やれやれ、プリシラさまはお美しくてもやはり平民。私が貴女の夫になり、時期パルヴィス公爵になる事がお父上も望んでいる事なのですよ?仕方がない、エレナ。プリシラが私に惚れるように魔法をかけろ」

 父親の後ろで震えていたエレナは、突然スキーラ子爵に名前を呼ばれてギクリとした。

 エレナの魔法。歌った事が本当になってしまう強力な魔法。プリシラはゾォッと背筋が寒くなった。エレナの魔法にかかれば、この醜い男を夫として愛してしまうのだろうか。そんな事は絶対に嫌だ。

 焦るプリシラの脳裏に、照れ臭そうに微笑むリベリオの顔が浮かんだ。

 エレナが魔法を拒否すれば、きっと父親のガイオが首輪によって傷つけられるだろう。プリシラが真っ青になっていると、腕の中のタップがのん気そうに言った。

『なぁ、プリシラ。こいつむかつくからぶっ殺そうぜ?きっとパルヴィスのじじぃがもみ消してくれるぜ』
「だめよタップ。そんな事できないわ」

 プリシラは打開策を考えるが、気が動転して良い案は浮かばなかった。

 固まったまま動かないエレナにしびれを切らしたスキーラ子爵が怒鳴った。

「さっさとしろ!エレナ!また父親の苦しむ姿を見たいのか!」

 スキーラ子爵は自分の前にいる小男の魔法使いをはたいた。首輪を締める呪文を唱えろというのだ。

 魔法使いは慌ててモゴモゴと呪文を唱えようとした。それまでジッと状況をうかがっていたガイオが小さな小石を指で弾いた。小石は小男の魔法使いのひたいに命中し、魔法使いは倒れてしまった。

 倒れた魔法使いを見て、慌てたスキーラ子爵が叫んだ。

「魔法使いを動けなくしてもムダだ!ガイオ!お前の首輪は無理に外そうとしても、王都を抜け出そうとしても爆発するのだぞ!?私に従わなければ生きていけないのだぞ?!」

 ガイオはスキーラ子爵など見てはいなかった。ガイオは手に持ったランプを、トビーと手をつないでいるマージに手渡して言った。

「マージ、色々済まねぇ。あんたはいい奴だ。エレナの事気にかけてやってくれねぇか?」

 マージはガイオの意図がわからずあいまいにうなずいた。ガイオは小さくうなずいてから、娘の肩に手を置いて、エレナの目をジッと見て言った。

「エレナ。お前のその力は、神さまがくださったものだ。だから、この力は、お前が困った時と、困っている誰がを助ける時にしか使っちゃいけねぇ。誰かを不幸にするためにこの力を使う事は絶対にやっちゃいけねぇ。わかるな?」
「お父さん?」
「エレナ、返事は?」
「うん」

 ガイオは安心したように、エレナのサラサラとした銀髪をひとなでした後、素早い動きでもと来た地下道に走った。

 プリシラたちと充分距離を取った後、ガイオは自らの首輪を掴んだ。

「こんな首輪で、いいようにされるのは性に合わねぇんだよ」

 プリシラはガイオの意図がわかって叫ぼうとした。

 ガイオは愛しい娘に慈愛の笑みを浮かべて言った。

「エレナ、世界で一番愛してる。強く生きろ」

 ガイオは強靭な力で、自らの首輪を引きちぎった。バンッという音と共に、激しい爆発が起き、ガイオの頭部と身体は別れ別れになった。
 
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