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二人の娘

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「お父さま、お母さま。遅くなりまして申し訳ありません」

 エスメラルダはベルニ子爵と妻に対して、いけしゃあしゃあと形だけの詫びを入れた。

「エスメラルダ!何故もっと早く来なかったのだ!もう会も終わりにさしかかっているではないか」
「申し訳ありません。冒険者の仕事が立て込んでおりまして。先ほどまで盗賊団を締め上げていたところです」

 ベルニ子爵は娘を怒鳴り散らしたい衝動にかられたが、何とか飲み込んで言った。

「それはもういい。エスメラルダ、あそこの娘を見ろ」

 ベルニ子爵はプリシラを指さした。エスメラルダは首をかしげてプリシラを見た。

「まぁ、パルヴィス公爵さまのご令嬢ですね?何て美しいのでしょう」
「何言ってるのエスメラルダ!あれはプリシラよ?!」

 ベルニ子爵夫人はたまらず大声で言った。近くにいた貴族たちがベルニ子爵たちに好奇の視線を向ける。まるで見せ物だ。ベルニ子爵は屈辱を感じながら娘に言った。

「プリシラは、生意気にも私たちに腹を立てているのだ。エスメラルダ、プリシラに声をかけて、パルヴィス公爵ご夫妻に、私たちがプリシラの実の両親であると言いなさい」

 エスメラルダはまるで死人に出会ったような驚きの表情で答えた。

「お父さま、お母さま。一体何をおっしゃっているのですか?公爵令嬢のプリシラさまを自分の娘だなんて」

 これにはベルニ子爵も驚いた。エスメラルダは妹のプリシラをとても可愛がっていたというのに。存在すら忘れてしまったとでもいうのだろうか。ベルニ子爵は気を取り直して言った。

「エスメラルダ。お前は妹をとても可愛がっていただろう」
「妹?ああ、お父さまとお母さまが無慈悲にも捨てたプリシラの事ですね?」
「むっ!捨てたのではない!げんに召喚士養成学校に入れてやったではないか」

 そうなのだ。ベルニ子爵は次女のプリシラを、安くない学費を払って学校に入れてやったのだ。ここを証明すれば、きっとパルヴィス公爵はベルニ子爵夫妻を、プリシラの実父母と認めてくれるだろう。

 ベルニ子爵の自信満々の言葉にエスメラルダは首をかしげた。

「召喚士養成学校でのプリシラの保護者は、お父さまではありませんよ?」
「な、何故だ?!」
「だってお父さまは、いくらわたくしがプリシラの保護者の欄にサインをしてくれと頼んだのに、書いてくださらなかったではありませんか」

 そういえばそうだった。ベルニ子爵は、捨てたプリシラの学費を払う事がもったいなくて、このままうやむやになればいいと、保護者の欄のサインを書かなかったのだ。召喚士養成学校は入学金が金貨三百枚、年間の学費が毎年百枚、合計額にして金貨八百枚もしたからだ。

 だがどういうわけか、プリシラは十三歳になった年に召喚士養成学校に入学してしまった。エスメラルダは出来の悪い生徒を見る教師のような表情で言った。

「お父さまが保護者のサインをしてくださらないので、わたくしは考えました。新たなプリシラの保護者を作ろうと。そこで執事のロナルドの孫娘にする事にしたのです」

 ロナルドは三年前に引退したベルニ子爵の屋敷に長年いた執事の事だ。表情も変えず、無駄口を叩かないので、引退するまで働かせていた。エスメラルダは言葉を続ける。

「ロナルドはプリシラの事を、自分の孫のように可愛がっていましたからね。わたくしの提案を快諾してくれました。プリシラは身寄りのない孤児として、ロナルドの息子夫婦の養女になり、召喚士養成学校に入学させました。ですから、保護者の欄にはロナルドの息子の名が記されています。お父さまはプリシラを養育していたのではなく、捨てたのです」

 ベルニ子爵はううむとうなった。ここまできて、エスメラルダがベルニ子爵に対して反感を持っている事がわかった。エスメラルダは、ベルニ子爵夫妻がプリシラを捨てた事を恨みに思っているのだ。

 何と愚かな娘だろう。優秀な魔女であるのに、思考が稚拙すぎる。魔法使いとは、もっと崇高な精神を持つべきなのだ。愚かなエレメント使いは切り捨てなければいけないのだ。

 ベルニ子爵は考えた。プリシラの高額な学費はベルニ子爵家の財産から支払われているのだ。やはりベルニ子爵はプリシラの面倒を見ていたのだ。ベルニ子爵はニヤリと笑ってエスメラルダに言った。

「だが学費は私が払ったのだぞ?この年までプリシラを育てたのはこの私だ」
「いいえ、お父さま。プリシラの学費、しめて金貨八百枚は、わたくしが冒険者の仕事をして稼ぎました。そしてすでに返金を済ませています。ベルニ子爵家の財産台帳には、プリシラの学費ではなく、湯水のように使われるお母さまのドレス代としてあります。ですのでお父さまがプリシラの学費を工面した事実はありません」

 エスメラルダは生意気な言葉を言い放つと艶然と笑った。

 
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